マーダークラスメイト
ティリト
クラスの中の狂人
僕は今年の四月に高校に入学した。
地元の進学校で、友達に入学した学校の名前をいえば「お前って頭がよかったんだな」と言われるような高校である。
好きなものはアニメ、ゲーム、音楽。嫌いなものはない。あだ名はアフロだが、本当の名前は浅葱優である。
ここまで言われると、僕という人がわかるだろう。ただし、僕の個性を表しているかと言われると微妙だ。
個性とはなんだろう。そんな悩みは思春期の男子も女子も多くの人間が持つものだろう。急に自分とはなんだろうと悩み、個性があるのだろうかと苦しんでしまう。
僕も例に漏れずそんな思春期男子の一人である。
前に個性について調べたところ、広辞苑には「個人に具(そな)わり、他の人とはちがう、その個人にしかない性格・性質」とあった。
しかし、「他の人」とは誰を基準にしているのか。
めいめいが完全なオンリーワンだなんて毛頭思ってないが、全く一致しているとも言えない。
ただ僕がその意味から掬ったのは「人と違う部分を共有したいと思った過去の人間が、人と違う部分を個性と呼んで素晴らしいものだとしたのだろう」ということだった。
このように自己解釈をすることは僕の「個性」の一部だ。
どんなにわからないことでも、自分独特の理論と想像によって補完してしまうので、わからないことはないのだ。
このように文字でまとめてみると、いっそ宗教的ですらあるように感じる。
宗教では、生命の神秘や宇宙については神様や魔法などの不思議な力で補完することによってわからないことでもわかってしまうのだ。
やはり似ている。ただし、補完したところが他の人と異なっていたら不安だ。だから、人には言わない。きっと誰もがそうなのだろう。
そう確信する。
さて話を戻して、思春期に入った人の大勢が個性とはどこから身につけるものであろうかとも考えるだろう。
誰かから、特に親などから受け継いだものは個性と言えるのだろうかと思ってしまうのだ。
他の人というのが、誰とも被らないものということなのではと考えてしまうのである。
ただ、自分の個性はなんだろうと思って書き出したものは大概が今まで見てきたものの真似でしかなかった。
ここまで、考えてから思考を放棄した。
疲れてボーッとする。
いつも通り、朝ごはんを食べて学校に行く。課題をやったか不安になりながら席に着く。
そこでようやっと周りがいつもより少し騒がしいことに気がついた。クラスメイトであれば騒がしくない日の方が少ないので気にすることもないが、今回、主に慌てているのは先生なのだ。
その気に当てられてクラスメイトもどうしたのかと騒がしい。
ガラガラと教室に入ってきた先生が顔に焦りが張り付けたまま朝のショートホームルームを始める。
だがしかし、それはショートホームルームではなかった。
「まず顔を伏せ、今から聞かれた質問に正直に手を挙げるんだ」
ザワザワと生徒が訝しそうな顔をして周りを見渡すが、先生の焦りだけではない鬼気迫る表情に一人、また一人と顔を伏せていった。
僕は早く終わらせたかったからかなり早くに伏せていた。
「さて、お前たちに聞かなきゃならないことがある。この中でイジメに加担していたやつは手を挙げろ」
衣擦れの音一つ聞こえない。
「次、イジメを見たっていう奴も手を挙げろ」
しばらく静かな時間が過ぎた。
「よし、顔を上げていいぞ」
その時の先生の顔は筆舌に尽くし難いものがあった。怒りと、悲しみと、かすかに感じる喜びからは先ほどの問いに手を挙げた生徒はいなかったということがわかる。
「よーくわかった。じゃあ、これから先生は話し合いがあるから先生が来るまで自習しててくれ」
そういって、廊下に出ていった。
それから、数分後に1時間目の途中から開始されて、いつもどうりに過ごした。
放課後、僕は忘れ物を思い出して部活終わりに教室に向かった。
教室に入り、忘れ物をとって帰ろうとした。
何気なく視線を向けた教卓の中に1枚のプリントがあった。
普段は宿題があると、帰る前に宿題の存在を通達してから、教卓の中にプリントが置かれる。
今日はあまりにも眠くて聞いていなかったから、僕の分が残っているのかと思い手に取った。
中に書いてあったのは国語でも、数学でも、英語でも何でもなかった。どころか、課題ですらなかったのだ。
そこに書かれていたのは、「容疑者リスト」という文字、その下に……「霧咲家殺人事件」
今日休んでいた霧咲律葉さんの家だ。
その先に細かい内容が書いてあるようだったから読もうとしたが、廊下から足音が聞こえてきたため急いで紙をもとに戻してドアを出る。
ドアを出たときにすれ違った先生に「さようなら」と言ってから走り去る。
少し訝しげな顔をされたがさようならと返されてそこで別れた。
家につき、落ち着きを取り戻してから考え直す。
「霧咲家殺人事件」とはつまり律葉さんが殺されてしまったのだろうか。
そう考えたところでなんとも言えない気持ちになってくる。あんまり喋らない人が死んでも結構心に来るものがあるな……。
その日、寝る前になんとなく外を散歩しようと思った。頭を冷やしたかったし、なんだか特別に感じた日は普段しないようなことがしたくなるものだから。
僕は近くの神社を目的地に定めて歩き出す。朝に考えていた個性について考えつつだ。傍から見るとただボーッとして歩いているだけのように見えるから気味悪がられることも多かったが、やはりこんな時には考えにふけるのが一番落ち着く。
5分後には目的の神社についていた。親には長めに見て1時間ほど散歩すると伝えているので50分までならここにいられる。
鳥居をくぐり、階段を登る。いつも通りの神社の軒下に……霧咲さんがいた。
僕はとりあえず驚いた。色々な考えが頭をよぎった。幽霊か、彼女だけ生き残ったか……。
何があったにしろ、教卓の中に入っていたプリントの話を聞くいいチャンスだ。
霧崎さんは柱に身を委ねて目を閉じていた。
僕が少し近づくと目を開けて身構える。が、すぐに力を抜いた。
「こんばんは」彼女はそういった。
「こんばんは。こんなところで何をしているの?」僕は訪ねた。
授業の内容に追いつくのが大変になって、他の人と話すことなんて最近はあまりなかったから少し他人行儀になってしまったかと内心で思っていたが、霧咲さんはそんなことを気にも留めない様子でいる。
「何をしてるかと言われたら……昼寝かな?」
「もう夜だよ」
突っ込んで良かったのだろうか、対人経験の少なさがこんなところで足を掬うとは思ってもなかった。
これじゃ、あの紙の内容が聞けないじゃないか。
「今日、学校で変わったことあった? 私、風邪で休んでたからなんかあったら覚えとかないと」
「あったかな、二つぐらい。一個目は朝に先生がいじめのアンケートを取ってた」
彼女はなるほどというかの様に首を縦に振って先を促す。
「二つ目は……教卓の中に「霧咲家殺人事件」って書かれた紙が……あったよ」
彼女は話の途中にものすごい速さで音を立てずに迫って来た。
「それで?中は読んだの?」
「いや、それが誰かが廊下からやってきたみたいだったから悪いことしてる気分になって逃げてきちゃったよ」
そして少しおどけるような仕草を見せてから真面目に問う。
「霧咲家って君の家で合ってるんだよね? もしそうだったとしたら何があったのか教えてくれない?」
「知ってどうするの」
彼女は目を細めて、だが不思議と睨まれているような気持ちにはならない目でこちらを眺めてきた。ただ、睨まれてなかろうとドスを聞かせた声が僕を少し萎縮させたが。
「知りたいっていうのはただの好奇心だから、どうすることもないかな。ただ、どちらかというと想定の範囲外だと少し嬉しいかなってぐらい」
そう言うと、彼女はキョトンとした目で僕を見る。
「え、範囲内?」
こんなことを言ってしまうだなんてイタイやつだ。
「うん、最近の悩みごとを解決する一助になればいいなって」
恥ずかしくなった僕は少し早口でまくし立てるように言った。
「ふーん、そんなものにはならないと思うけど……まあ、いいや」
そう言って彼女は軒下に座り直し、いつの間にか手に持っていたホームセンターに売っているようなサバイバルナイフを柱の後ろに置いた。
「何があったかだよね?」
彼女が質問の内容を問い直す。僕は無言で頷いた。
「それはね……私が両親を殺したの」
瞬間、沈黙があたりに広がる。神社であるというのに神聖さの欠片もない静寂だった。
「……ハハッ、なるほど、それは想定外だ」
「笑えるんだね」
眉をひそめるようにしてこちらを見てくる。
実際、僕から笑いが漏れたのは自分の性格から来たものではないと感じている。どちらかというと、相手の性格を予想して同調する。それが普段の僕の態度だ。
そして、彼女が殺したというのなら命を痛むのは凶と感じた。だから、軽く流した。相手の性格をさらに正確に予想するため。
それから、僕には自分の個性というものが感じられない。見たこともない人の死を悲しむシチュエーションに遭遇するという経験を積むほど濃厚な高校生ではないつもりだ。
つまり、反応できなかったというのも原因の一つだ。
「そうでもなかったら殺人事件の内容なんて聞かないよ。それに、「霧咲家殺人事件」って書かれた紙を見つけて君が死んだかと思うと悲しくなるぐらいには人情はあるつもりなんだけどな」
まあ、クラスメイトに同調して、だけど。
そんなことを言ったら、彼女は眉どころか顔をしかめて言う。
「君って特殊だね」
「よく言われるよ。そんなことよりも、どうしてそんなことをしたとか、これからどうするのかって聞いてもいいかな?」
一瞬の沈黙の後に彼女はとても長いため息をついた。
「まあ、いいけど。条件として君の悩みごとっていうのを教えて」
「わかった。つまんないと思うけど、僕は個性ってなんだろうってことについて悩んでる。思春期の男子としてありがちな悩みだよ」
その時の彼女は虚を突かれたというような面持ちで、目を丸くする。その後口角が徐々に上がり最後にはニンマリとした顔になる。あれだけ潜めていた眉も元通りになっている。
「へー、まあ、それなら言ってもいいかな。私が彼らを殺した理由としては、君と似ているかもしれない。私の個性のルーツが彼らにあると感じるのが不快だったからだ」
「個性の……ルーツ?」
戸惑う僕を見て、大きく頷き話を続ける。
「私は、何かに対しての個人ごとの反応の違いが個性だと思うんだ。反応が現れるときの何かは何でもいい、ここまで汚くなったから掃除しようでも、勉強はめんどくさいからやめようでも、どんな細かいことでもそれに対する反応があるなら個性なんだ」
そこまで聞いてようやっと理解できた気がする。つまり、個性のルーツとは……
「つまり、個性のルーツとはその反応はどこで学んだかということだ。自分がいつの間にか身につけていた個性で、誰の影響も受けてないだなんてことはありえない。だって、もし完全な記憶喪失をした人間がいたとしたらどうなるだろうか?言葉を話せないどころかジェスチャーも理解できず、野良犬を可愛いとも汚いとも可愛そうだとも思わない。そこにあるということを認識することしかできないんだ」
そして僕は彼女の言葉をつぐ。
「回りくどいね。そして、君の判断と反応という個性に最も影響を与えたのが君の親で、どうしょうもなく嫌だったってことだろう?」
彼女は影響を与えたのが親だと口にするのをはばかっているようだったので口にすると、案の定嫌な顔をした。だが、話をとぎらせることはなく。
「その通りだ。うちの親はひどい人間だった。短慮で思いやりがなく、人には興味を持たず、だからこそ人に自分の気持ちを強制することを厭わない。そんな彼らに似ていくのが嫌だった。もちろん影響を受けたのは彼らからだけじゃなかった。友達の「人と話すときは笑顔になっている」という個性が自然と私に移っていたこともある」
段々と彼女は鬱々とした雰囲気になっていく。だが、僕は一言も逃さないように聞く。何をするにも相手の性格に合わせようとしてきた僕からしたら「殺人」なんていう個性は素晴らしいもののように感じた。
もちろん、殺したくなったわけではない。ただ、僕のように自分固有の物が無い人間とは違う輝きを感じたのだ。
「親や友達から『だけ』しか影響を受けなかったのか?」
何か、ヒントがほしい。その一心で聞き続けた。
「いや、そんなことはないと思う。私の友達には毎日アニメばかり見ている人がいるのだが、言動がそちらによっていっていたりしたね、彼は。」
彼女は思い出すように言う。
「他にも名は体を表すとも言うしね。私の名前なんて「りつは」だから、切り裂きジャックのことを聞いたときは親近感からか殺人衝動を受けた気がしたよ。ほら、彼の名前はジャック・ザ・「リッパー」だし。下のほうが似てる。まあ、そのときにはもう親の性格の悪いところがガッツリ移ってただけとも捉えられるけど」
自嘲的に笑う彼女は、ジャックのせいではないないと自分で思っていながらも親というものから逃れるための理由として、自分に言い聞かせるように説明した。
「なるほど、よくわかったよ」
僕は頷いた。羨ましさなんて表に出しては不謹慎だ。僕は神妙な顔をしていた。
「それで、質問は終わりかな?」
「いや、これからどうするのかってまだ聞いてないよ。そもそも、言いふらす気はないけど、僕にこんなこと言ってよかったのかとかも知りたいし」
彼女は数秒黙ってこちらを見てくる。
そしてポツリと……
「これからの予定はない。とりあえず、やることもないから餓死するまで日本の名所でも自転車で回ろうかなって。だから、どうなってもいいんだよ。それ以上に、人殺しをして彼らに近づき、獣のようになってしまうのが怖かった。誰かに聞いてほしかったの。ね、それだけだから」
そう言って彼女は顔を膝にうずくめた。
「そっか、じゃあ……楽しんで。僕で良ければ話し相手にはなるから。手紙は家族が見るから、今のうちにラインでも送れるようにしておく?」
頑張ってとも言えないから、楽しんでと言った。親と言っていいかわからないから家族と言った。彼女にはバレていたようだけど。
「迷惑じゃなければ……充電できずに充電切れるかもだけど。……はい」
そう言ってQRコードを出してきた。それを僕は読み込む。
「じゃあ、次会えたら」
「うん」
そう言って別れた。
帰りは彼女の話していた内容を頭の中で繰り返しながら歩く。
家について寝る直前まで考え続けた。彼女の言い分で考えると、彼女は特殊なものから影響を受けすぎたからああなったのだろう。つまり、僕の場合は性格を構成し終わるまでになんの影響も受けなかったから個性が薄いのだろうか。
きっと彼女との違いも、そんなにないのだろう。彼女は個性とは何かを考え詰めた。煮詰まってしまった。彼女なりの答えが出てしまった。それがあの結果だったのだろう。
それに、結局のところ自分がなにをするにも中途半端なのは、皆ネコを被っているからと言って中身をかんがえずに空っぽでいた自分が悪かったのだと思う。
何も考えない。それが僕の個性なのだろう。後回しにして、ボーッとして。結局人が考えていることに頭が回らない。
そんな個性が僕にあるのだろう。
そう結論付けて、布団の中で意識を失った。
マーダークラスメイト ティリト @texilitt_thefriel
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