第4話 天誅と人誅と

「しかし、天罰ってお前…」


黒本某の館を後にし、目的の暖簾分けした店を目指し。

もう何度、このセリフを海老蔵は口にしたかわかりません。


「別に天罰があってもよくない?よく京都でも天誅!ってあってたわよ?」


思わずジト目で海老蔵は白蘭を見ました。

確かに天誅やらは幕末の京都で見られた行為ではありましたが…。


「いや、それ暗殺やら辻斬り紛いのやつじゃねぇか。人様の館に腕を放り込んで神の御意志も何も無かろう。維新志士様達自身が神を気取ってたなら話は別だがな?」

「今の薩長は国の王みたいに振る舞ってるけど…?」

「王と神は違うだろうよ。いやそれはどうでもいいんだが、黙ってくれる?本当に。巻き添え食うのは嫌なんだよ。店が潰れちゃうからな?」


花が綻ぶように白蘭は笑います。

こちらまで嬉しくなるような美しい様ですが、その華の毒の苛烈さに海老蔵は辟易。


今のご時世で、それもこんな場所で体制批判なんぞ、商家としてはご勘弁願いたい。

前年の、佐賀の乱における大久保卿の苛烈な対応を見て尚のこと海老蔵は思っておりました。


全く、と憤慨した風を装いつつ、海老蔵は口を開きます。


「根無草のお前にはわからんだろうが、それなりに俺も気をつけてはいるんだぞ?」

「そんな御仁が諸国漫遊なんてやんないんじゃないかしら?」

ぐうの音も出ませんな。

「…見聞を広げるためだ」

「そうね。見聞を広めるのは大事だわ。それで、見聞を広めつつある若旦那からしてみると、天罰というのはあり得ない?」


本線に話を戻した白蘭に内心で驚きつつ、

「…ないだろう?」

と海老蔵は答えました。


へえ、と白蘭は驚いたらしく、言葉を零す。


「意外ねぇ。商売人って縁起とかを気にすると思ってたけど…」


ああなるほど、と海老蔵は納得しました。


「縁起を気にした方が客の気分も良いだろう」

「え?ふりってこと?」


端的に言えばその通りでした。

年始にしろ年末にしろ、冠婚葬祭にしろ。

海老蔵からしてみれば、商いの種くらいにしか思っていません。

縁起物なんぞには詳しいですが、それは売るから、或いは仕入れるから。

別段、それに御利益があるとも思ってはいませんし、何なら神風の類も信じちゃおりません。


「一概には言わんがな。商売人が一番に気にするのは損得だろうよ。それに、それこそ、そういうのを気にしていたのは武士とか、その辺りの方々だろう?」

「そうねえ。様式美ってやつよね。私達、一般大衆からしたら厳しいもの」


一般とはなんぞや、と海老蔵は思います。

少なくともこの美女が含まれるものではないでしょう。


そんなたわいもない会話をしていますと、ふと思う事が出てきました。


「反面だが、維新の面々なんかはどうだったんだ?彼らは…文化の破壊者じゃないか」


海老蔵の言葉に、困ったように白蘭は首を振りました。

「酷いこと言うわねえ、否定はしないけど。でも肯定も出来ないわよね。徳川以前に戻すって言うのもあれば、外を積極的に取り入れるのもあるし。大政奉還なんて、見方によっちゃ文化の修復なんじゃない?それに、そもそもが乗合船みたいな集まりだったんだから、その辺はまだ新政府内も固まってないんじゃない?」


信じ難い事ですが、確かにこの明治政府というのは、設立当初は明確なビジョンなんぞ皆無の代物でございました。

それどころか、幕府をぶち倒して政府を作ったのは良いものの、あくまでも破壊に秀でた集団であって、治世には向かない面々が多かったのですな。


その中にあり、希代の政治家と呼ばれた男が一人。

その名も、大久保利通。


「大久保卿なんかは…攘夷じゃなかったか?」

「前の話になるけど、少なくとも薩摩の面々よか長州の面々の方が攘夷色は強かったかな。まあ、どこも西洋化と攘夷の両派閥がいたろうけど」


まあ、確かに。

倒幕側も、旧幕府側も。

互いに一枚岩の集まりでないのは有名な話でした。

加えて、長州というのは攘夷色が強いところではありましたが、それでも内部では富国路線もあれば日和見気味なところもあったものです。


高杉晋作による奇跡のクーデターは今も語種ですが、それを教訓としたのか、今の大久保卿が推し進める富国路線に隙は無いように海老蔵には思えていました。


「懐刀一つで話は済むだろう、と語った大西郷だが、かの御仁は今もそれを言えるのかな」


ぽつりと溢した言葉に、白蘭は目をまんまるくしました。


「私よかよっぽど危ない発言じゃない」


白蘭の言葉なんぞまるで聞こえていないかの様に、海老蔵は漠然として様子で口を開きます。


「天の意なんぞ、あるもんかね?」


真っ直ぐに問われ、思わず白蘭は海老蔵の顔を覗き込みました。

思い詰めるようや顔をした雇い主を見て、白蘭は少しばかり眉間に皺を寄せながら、それでいて酷く穏やかな気持ちになりながら口を開きます。


「…まあ…人を殺すのは大概は人よね。そこにあるのは天の意志ではなく個人か集団の意志だとは思うけど…」


だよなあ、と海老蔵は言葉を返しました。


やけに思い詰めた顔、そして、ぼんやりとした返答。


「何か思いついたの?」

「…まあ、ぼんやりとな」


つまらなそうにそう言う海老蔵を見て、白蘭は愉快そうな笑みを浮かべました。


「まだ相談内容すら聞いてないのに、思いつくも何もないでしょうに」


ははっ、と海老蔵は乾いた笑いを返しました。


「天罰だのが絡んだ話なんだ。そんなもん、オチは一つさ」

「と言うと?」

「枯れ尾花さ」

即答した海老蔵の肩を軽く叩き、ふざけた様子で白蘭は頭をふりました。


まるでナンセンスと言わんばかりに。


一言二言そんな白蘭に物申す海老蔵。


そんな二人の視線の先に、ようやく目的のお店が見えて来ていました。

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