第2話 わたくしは私?
◇◇◇
数時間後
再び目覚めたシルヴィアは、寝台に横たわったまま、動けずにいた。
(悪夢であれば良いと願ったけれど、あれは確かに現実だった。十六歳の
シルヴィアは、狼狽を表出せず、静かに混乱の渦中にあった。
「シルヴィア様。他のお飲み物をお持ち致しましょうか?何かお召し上がりになられますか?」
手を持ち上げることすらままならないシルヴィアを、マリーは甲斐甲斐しく世話する。マリーは、魔法で小さな水の球体を作り、シルヴィアの口にそっと含ませた。
「マリー、いつもありがとう」
ようやく発したシルビアの声は、掠れている。憔悴しきったシルヴィアの痛々しい姿と、か細く発せられた労いの言葉に、マリーの目からは、止めどなく涙があふれた。
◇◇
この時代、死はとても身近にある。
流行病や魔物被害によって、集落毎、壊滅することもある。
六歳まで生き残れる子どもは半数に満たない。
それ故、子どもは神から預かった宝として、みなで守り育てる。
助け合わねば、生き残れないのだ。
六歳になると、無事に成長出来たことを神に感謝するため、各領地の神殿で洗礼を受ける。
その日を境に、神から預かった宝から、グランドール大国の民となる。
表向きは洗礼の儀式だが、真の目的は、魔力適性鑑定を行い、魔力持ちの囲い込みである。
◇◇
◇◇◇
翌日
身体を起せるようになったシルヴィアは、早く現状を確認しなければと焦っていた。瞼を閉じると惨状が鮮明に浮かび、吐き気が襲う。あまりの苦痛に涙が止まらない。自分自身のことが分からないという事実に、シルヴィアは、不安と焦燥を募らせていた。
(十六歳の記憶は、過去なの?未来なの?
シルヴィアは、自分の顔を確かめなければという焦燥に駆られた。
「鏡を、見たいわ」
「畏まりました」
マリーは、ドレッサーに置かれた銀の手鏡をシルヴィアの元へと運んだ。
シルヴィアは、鏡に映る自分の顔をじっくりと観察した。
腰の辺りまで伸びた艶やかなストレートの髪は烏の濡れ羽色。大きなアーモンド型の目。神秘的な瞳は黒蝶真珠色。透き通るように白く瑞々しい肌。ふっくらとした愛らしい唇。ほんのり上気した頬は紅を差したかのようだ。
(顔立ちは幼い頃の
「ありがとう。マリー。もう大丈夫だから、貴女も休んで」
「はい。シルヴィア様、おやすみなさいませ。良い夢を」
「おやすみ、マリー。良い夢を。明日もよろしくお願いね」
あの惨状は未来の記憶ではないと断定することで、シルヴィアの不安は少しだけ減った。
(過去の記憶のはずだわ。図書室にある歴史書に、記されてはいないかしら)
シルヴィアは、すぐに確かめたい衝動に駆られていた。だが、病み上がりの身体は、まだ一人で立つこともままならない。
シルヴィアは、「はぁー」と深い溜息を吐き、眠れない夜を過ごした。
◇◇◇
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