バッドエンド→アルトエンディング

精霊王は目を醒まし、聖女はこの世界から旅立つときがやってきた。

彼女がこの世界の人間でないことは知っていた。

おとぎ話ではない歴史を自分は知っていた。

彼女がいつか彼女のいた世界に帰ってしまうことだって知っていた。

覚悟もしていた。

それなのに……どうしてこんなにも胸が痛いのだろう。

どうして彼女の名前を呼んでしまったんだろう。

どうして王子ではなくただ一人の俺としてそばにいたんだろう。

どうして彼女に恋をしてしまったのだろう。

どうして彼女を愛してしまったのだろう。

きっと一番最初、彼女に出逢った瞬間に俺の心は彼女にとらわれてしまった。

囚われる……。

彼女は囚われてくれるだろうか。

この世界に、この国に、この城に、この俺に囚われてくれるだろうか。

どうか彼女が幸せでいてほしいから。

どうか望んで囚われてほしい。

彼女を泣かせてしまいたいわけではないから。

彼女には心から俺を選んでほしい。

もしもそうでなかったとしたら俺はきっと鬼になるだろう。

彼女にののしられようとも嘆かれようとも彼女を俺の腕の中に囚えてしまうから。


あの日のように俺は彼女の部屋の扉を開けて飛び込んだ。

あの日のように彼女は驚いた表情で俺を見た。

そしてあの日とは違って彼女ははらはらと美しい涙を零した。

その涙の理由はわからなかった。


教会の鐘が鳴る。

純白を身にまとった二人が見つめ合う。

必ず幸せにすると男性が女性の頬を包みこむ。

女性は辺りを少し目に映し照れたように困ったように諦めたように微笑んだ。

二人の影が一つの影になる。

ハッピーエンドの曲が流れる。


―――いとも簡単な幸せな異世界生活。

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