千切っては投げ追われれば逃げ愛の告白を聞き流す

やるべき指針ししんが決まったところでまずはパラメータを上げなければならない。

まずは現時点のステータスの確認をしよう。

ゲームではRボタンを押すとステータス画面が出たのだが当然今の私にはRボタンなんてないので見方がわからない。

どうやってステータスを見ればいいんだろうか、と考えているうちにRボタンで魔法の書を開くという一文を思い出した。

そうするとステータスが見れたはず。

魔法の書を探せばいいんだ。

魔法の書、魔法の書はどこだと辺りを見回していると胸元でしゃらりと音がする。

触れてみると今の私はネックレスをしていることに気づいた。

鏡で見てみると四角いとても小さな本のモチーフをしている。

もしかしてと思い、モチーフの本に指を引っ掛けるとそれはくっついていた磁石が離れるようにパチンと音を立てて開いた。

すると思っていたとおり、目の前に現時点の私のステータスが浮かび上がった。

「最初だから当たり前だけどこのステータス……ないな」

いや、まだ始まったところなのだからこのステータスでも仕方ない。

こんなことでくじけてたらいつまでってもクレドに会えない、ましてやクレドエンディングなんて夢のまた夢だろう。

前向きに考えよう。

まだ始まったばかりなのだからこれからどうにでもできるはず。

とりあえず、パラメータを上げて他のキャラたちを登場させるところから始めよう。

その前にとりあえずメイヴィスを呼んでチュートリアルしてもらおう。

ここから最難関にして最高エンディングへ向かう私の異世界生活が始まった。


メイヴィスにチュートリアルしてもらってから私は一心不乱いっしんふらんにパラメータを上げていった。

走れば体力のパラメータが上がるのだが、決定ボタンをポチっと押せばパラメータが上がるゲームとはわけが違う。

本当に走らなければならない。

体力を上げるため一日中、走り続けた結果、次の日には筋肉痛で動けなくなった。

動けないならばと魔力を上げるため魔力の本を読もうとすれば、字は読めるのだがこっちの世界の常識を知らないため書いてあることがちんぷんかんぷんで全く頭に入らなかった。

ならば品格を上げようと流行やマナーをメイヴィスに教えてもらったが私には高度すぎる内容だった。

それでもクレドに出会うため痛む体と悩む頭とひるむ心にかつを入れパラメータを上げるため何度も挑戦した。

そのうち体力もついてきて、本の内容も分かり始めて高度な流行やマナーにも慣れてきた。

そしてパラメータの一つである好感度もアルトたちへの気配りや会話でどんどん上がっていった。

そして一定のパラメータまで上げることで登場する他のキャラたちとの出会いのイベントもこなし全てのキャラを登場させることができた。

体力のパラメータで出会えるキャラは勇猛果敢ゆうもうかかんな騎士、グロリア。

魔力のパラメータで出会えるキャラは温厚篤実おんこうとくじつな魔導士、ノエル。

品格のパラメータで出会えるキャラは冷静沈着れいせいちんちゃくな教育係、レガート。

特定のキャラとの好感度を上げることで出会えるキャラも存在する。

アルトとの好感度で出会えるキャラは一見柔和そうな腹黒執事長、トリル。

グロリアとの好感度で出会えるキャラは寡黙で恋愛に不器用な騎士団副長、アリア。

ノエルとの好感度で出会えるキャラは物静かで影ある印象の不思議な天才、セレナード。

レガートとの好感度で出会えるキャラは女性に甘い態度をとるフェミニスト、ハーレキン。

これでクレド攻略条件のひとつ、恋愛対象全キャラの登場はクリア。

次は全スキル、全パラメータ、恋愛以外のイベントを全部こなさなければならない。

そして次々と現れる恋愛イベントのフラグを無視したり、あえて叩き折ったりしなければならない。

その上で好感度を維持しなければならないため嫌われすぎないようにヤキモチや嫉妬の処理も忘れてはならない。

プレイヤーはこの状態は八方美人や逆ハーレムなんて思うかもしれないが実際の自分はそんなかわいいものではない。

心はまさに中間管理職ちゅうかんかんりしょく

そしてキャラそれぞれが心に宿す悩みを受け止めて癒やすカウンセラーの心地だ。

そんなことを思っている間にアルトとメイヴィスが部屋にやってきた。

「っ……コホン…聖女様、突然で大変申し訳ないのですが少し時間をもらってもいいでしょうか。この国の大事な話がありまして精霊王せいれいおうの間まで一緒に来てほしい……のです」

最近はアルトとの好感度も上げているので二人きりのときは名前で呼びあい、話し方もかしこまったものではなくもっと自然な話し方になっているので部屋にはふんわりとした空気が流れてしまう。

少し照れたように、はにかむアルトは感嘆の声が漏れてしまうほど美しい。

そんな彼をクレドの恋愛イベントへの踏み台にしてしまうことが心苦しくてならない。

きつく胸をしめつけられながら前を歩くアルトとメイヴィスの後を追い精霊王の間まで向かう。

私はこの先の展開を知っている。

このとき精霊王の間にヒロインが訪れることでストーリーの展開が急激に進んでいく。

力を失いつつある精霊王は深い眠りにつき会うことはできず、精霊王を目覚めさせるために精霊王の間にて聖女の力を示さなければならない。

これがストーリーが進む折々に行われるテストだ。

そして精霊王の間にヒロインが最初に足を踏み入れたこのとき、不思議な感覚に襲われる。

前を歩いていたはずのアルトとメイヴィスの姿が消え、ヒロイン独り精霊王の間に取り残される。

そしてこの瞬間、恋愛対象キャラ最後の一人である彼に逢う。

正確には今このときはまだ恋愛対象ではないキャラである彼に。

「やぁ、こんにちは。この国を救うとうたわれるおとぎ話の聖女様。私はクレド。よろしくね」

優しくも妖しく艶やかに微笑む美しい彼。

目の前に現れた推しキャラに思わず興奮して心の中では踊り狂ってしまう。

盆踊りとも阿波踊りともリオのカーニバルともつかない踊りが心の中を搔き乱す。

そんな場合ではないのは百も承知。

けれど覚悟を決めて来た私だが、ずっと好きだった推しキャラが目の前で妖艶に微笑んでるんだよ。

これはもう祭り状態になっても仕方がない。

しかもゲームで見てた時より実際のクレドのほうが何倍も美しい、尊い。

「君たちが望んでいた精霊王なら今は眠っている。力を失いつつあるからね。このまま消えてしまうかもしれないよ。聖女様?君はこの国を、精霊王をおとぎ話のように救うことができのかな?」

喋ってる!

声も美しい!

……なんて考えてる場合じゃない。


さぁ、物語は始まった。

最初から激むずのハードモード。

これは恋愛シュミレーションゲームじゃない。

これは乙女ゲームじゃない。

これはサバイバル、捕まったら負けの鬼ごっこ、いや、これは捕まったら終わり、バッドエンドルート直行のデッドオアアライブの異世界生活。

推し以外の恋愛対象キャラには申し訳ないけれど。

さぁ、覚悟を決めて心を鬼にして心苦しさに蓋をしてこの異世界生活を始めよう。

千切っては投げ、追われれば逃げ、愛の告白を聞き流す。








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