そのフラグ叩き折り、そのイベントを回避させていただきます!

どうやら私は異世界に来てしまったようだ。

この現実を受け入れる心の準備をしていると、扉を勢いよく開かれ誰かが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「聖女が目を覚ましたとは本当かっ!?」

部屋に現れたのは目を見張るほど端正たんせいな顔立ちの男性だった。

おとぎ話の王子様のような洋装を身にまとい、息を呑むほど美しい。

「アルト様!聖女様のお部屋をノックもなく開くなんて不躾ぶしつけですよ!今、お伝えに行こうと思ってましたのに!」

女性にたしなめられて、アルト様と呼ばれた男性は申し訳なさそうにこちらに向かって謝罪をする。

「も……申し訳ない。城の者たちの言葉を聞いていてもたってもいられず……。恥ずかしい姿を見せてしまったな」

私に向けられた謝罪と困ったように微笑む男性の美しさに戸惑いながら慌てて言葉を返す。

「い……いいえ!お気になさらずっ……!」

私がそう言うと、アルト様は優雅に優しく微笑む。

女性は少々、困ったようにため息をついていた。

「それでは改めまして、聖女様がお目覚めになられましたわ。アルト様、どうかご挨拶を」

女性に促されてアルト様は一つ頷くとうやうやしく会釈をしたあと言葉を続けた。

「私の名はアルト·フォーサイス。どうかアルトとお呼びください。この城の現当主であり、この国を治める者です」

「王様……ということですか?」

「いずれはそうなりますが、今はまだ見習いの身ですよ」

先程とは打って変わった丁寧な言葉の運びに少し緊張しながら言葉を交わす。

私の横で女性は満足そうに彼の様子を見ていたが少ししびれを切らしたように声をあげる。

「アルト様、出来れば私のことも紹介していただいても?」

アルト様はにこやかに頷き、私の横の女性について話し始めた。

「彼女はメイヴィス。私の教育係のご令嬢で、私の姉のような存在です。彼女はこれからあなたのお世話係になります」

「あぁ、やっと聖女様にお仕えできる日がやってまいりましたのね。私はメイヴィスと申します。どうかお気軽にメイとお呼びくださいませ。聖女様にお仕えできる日をずっと夢見てまいりました。メイヴィスは今、最高に幸せな気分でございます」

私に本当に幸せそうな表情を向けて礼をする彼女にどうぞよろしくおねがいします。と声をかけると一層幸せな表情を強めてにこりと頷いた。

そんな私たちを優しい眼差しで静かに見つめていたアルト様は会話が終わったのを感じたのか落ち着いた面持ちで口を開いた。

「それでは、聖女様にもいろいろお伝えしたいことや聞いてみたいこともたくさんありますが、聖女様のお時間の良いときに改めて場をもうけましょう。聖女様もまだ目覚められて間もないですから一度失礼します。ゆっくりお休みになられますよう」

アルト様がそう言ってまた一つ恭しく礼をして部屋から出ていく。

「何かございましたらそちらのベルでお呼びくださいね」

メイさんもこの部屋の説明を軽くしてくれた後、そう一言をえてこの部屋に入ってきたときと同じように恭しく礼をしてから部屋から出て扉が閉められる。

一人になってまた今の置かれている状況を整理しようと考えを巡らせる。

まず、私は今この世界では聖女と呼ばれている。

みんな一様いちように歓迎してくれていることはありがたいことだった。

そしてアルト様はかっこいい。

メイヴィスさんは綺麗。

アルト……メイヴィス……この名前、やっぱりどこかで聞いたことある気がする。

アルトだけではわからなかったがメイヴィスという名前も同じ何かで聞いた気がする。

何だったか、と頭をフルに回転させていると、はっと息を呑んで鮮明に頭の中に浮かび上がる。

「あっ!!思い出した!!アルト王子、メイヴィス嬢!これ……前にプレイした乙女ゲームのキャラたちだっ!!」

イラストが実物になってしまっていたからわからなかったがアルトの服や髪型はそのままだし、メイヴィスもこの部屋の見た目もよく見るとイラストをそのまま実写版にした感じだ。

ゲームではただの自室の背景だったこの部屋も実物だとやっぱりすごく豪華だな。

アルトってプレイしたときは全然好みじゃなかったけど実際に見てみるとやっぱりかっこいいんだな。

なんて思っている場合じゃないっ!!

思い出せ、この先の展開を。

今の会話はこのゲームのプロローグだからベルでメイヴィスと呼ぶとチュートリアルが始まるはず。

その前に色々とこの世界のことを思い出し、頭の中で整理しておきたい。


確か、ヒロインは異世界から召喚された聖女だから私はヒロインの立ち位置ということになる。

アルトが一応メインキャラの立ち位置で、その他にも色々とかっこいいキャラが存在していた。

けれどアルトは必ず登場するが他のキャラはヒロインのパラメータ次第では登場しない場合もある。

ヤキモチというシステムもあり言葉は悪いが何かと面倒くさいのでわざとおとしたいキャラ以外は極力出さないようにすることがコツだった。

何度もプレイしていたからゲームのストーリーやシステムはそれなりに覚えているつもりだ。

けれど今の私は思い出してしまったことで新たな問題が浮上してきてしまった。

このゲームの私の推しは……隠しキャラのクレドというキャラ。

思い出したからには推しキャラをおとしたい!!と思うのだがここで頭を抱えてしまう。

実はこのゲーム、メインキャラたちを攻略するならそんなに難しくない。

しかし、隠しキャラのクレドだけは違う。

攻略最難関こうりゃくさいなんかんのキャラでヒロインが覚えるスキル全部と全てのパラメータを上げなければならない。

途中で何度か訪れるパラメータのテストみたいなものもきちんとこなさなければならない。

その上、全てのキャラと出会い、全てのキャラのヤキモチやフラグを全てさばいてストーリーイベントをきちんとこなし、誰とも結ばれないエンディングに到達とうたつさせたところで初めてクレドの恋愛イベントが発生する。

これがすごく難しい。

全てのパラメータを過不足かふそくなく上げていくのも大変だし、アルトたちの恋愛イベントのフラグを叩き折る事も申し訳ない想いなのだが、それ以上にヤキモチというシステムが面倒くさい。

ヤキモチされたら対処しないとパラメータを下げられたり二度と覚えられないスキルがあったりするのできちんと対処しないと永遠にクレドのエンディングに辿りつけなくなる。

「嘘でしょ……マジかぁ」

せっかく推しが存在する世界に来たのなら推しとのエンディングを迎えたい。

実物のアルトはかっこよかった、実物のクレドをぜひ見てみたい。

クレドのエンディングがストーリー的にもベストエンディングみたいな立ち位置だから絶対そのエンディングに辿りつきたい。

しかしそれには最難関の攻略の壁を超えなければならない。

実物のアルトを見てしまうと恋愛イベントのフラグを叩き折らなければならないなんてゲームのときよりさらに心が痛む。

けれど、ストーリー的にはアルトにとってもクレドのエンディングが一番幸せな展開だから!

すまん、アルト並びに他のキャラたちよ。

「そのフラグ叩き折り、そのイベントを回避させていただきます!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る