Report.28: 大樹遺跡の攻防 後編
すべての水を排出した縦に高い大樹遺跡。水がすっかり抜けて全貌を見せた遺跡の内部構造は、壁伝いに回廊が続き、吹き抜けを見下ろせられるようになっていた。
頭上から僅かに届く陽光で、石の構造物に星屑のようにキラキラ光る水滴。
唸るは怪獣・
それと対峙する僕ら。
戦場が地上戦へと移った事でそれぞれの役割が変化する。
「ラガー!」
「っし! 任せろ!」
サルドに応え、デュモンが右腕を振る。
黒い粒子が足元から右腕の先へ収束し、黒狼が姿を現した。
「はっ!?」
「ボサっとするな、セルヴェージャ弟!」
地上階相当の瓦礫の上にいるサルドが、4階相当の上にいるエピード見上げて檄を飛ばす。
「っ だって今———」
「後にしろ! 早急に『
それを聞いて心臓の音が大きく跳ねた。
———そうだ、デュモンの稼働時間って短いって言ってたっけ。
ノーマンが稼働時間を伸ばし、最初の遭遇戦の後でさらに伸びたのかもしれないけど。あの後で聞いた話によれば、戦闘職は稼働時間そのものが機密って言ってた。それを明かす事すらも言い辛そうに教えてくれた。だからどこまで伸ばして貰えたのか、僕は知らない。
「ッ———了解……!」
エピードが端末を操作し、足元から千歳緑色の粒子が噴き出す。
目測での体長は約80cm。尾を入れて大体100cmといった所だろうか。黒に近い千歳緑の毛並みにうっすらと、白い模様が見えるイタチの仲間———気性の荒さで知られる
「あの『イタチ』って俺の知ってる奴と違うんだけど」
「アレもイタチの一種だよ。
「あ〜〜 クマの種類かと」
「僕も蔵書にするまで知らなかったよ……」
『黒穴熊』はどちらかというと貂熊の別名だと言う事を読んで驚いた記憶が蘇る。僕もそれまで別の生き物だと思ってたもんなぁ。
その時、上階からザッと黒い影が飛び降りてきた。さっきまでエピードと共に
「キャンティ殿。彼のドローン———」
「後にしろ。それよりもさっきの混乱で俺の『
「どういう事です?」
「体毛の中に虫がいる」
ぶわっ
ナマケモノの体から煙が吹き上がったようだった。密度が高すぎて砂色の
石柱に留まった粒は鉛筆の先ほどの大きさだろうか。蝶にも似た細長い翅。これは・・・蛾、か?———だとしたら。くそっ。そんな所まで再現してくれなくたって良いのに!
「さっきまで水の中にいたじゃないか!」
エピードの悲鳴がここまで聞こえてくる。
「見た感じ体毛の中は乾いているようだな」
「そうか、動物の毛ってなかなか中身の方まで濡れないもんな」
「アレほど動き回っても中まで濡れなかったのでしょうか。一体どうして」
「それにしたってあんな量! ナマケモノの生態ってどうなってんだ」
僕は顔を上げた。
「おそらくナマケモノガって言う、ナマケモノの体毛内に棲む蛾かもしれません。何種類か共生関係にあると読みました。一頭につき100匹は居るそうです」
「なに?」
図鑑のページを脳内でめくる。『一説には』と但し書きはしてあるけど、ほんとに合理的だよね。心理的に遠慮願いたかった光景だけど。
「なあレッドさんや。どう考えても100匹ってレベルの量じゃなさそうじゃね?」
「僕に聞かないでよ。あいつ自体ノーマルサイズの7倍はデカいんだよ?」
通常数十cmのナマケモノ一頭につき100匹である。
それの7倍、3Mオーバーの巨体。
『蛾の棲家』がどれくらい広くなったのかなんて考えたくない。
「なる。つまり相対的に蛾の数も増えたっぽいな」
「嫌な考察ですよね」
ジラソルの一言に苦笑いで頷き返した。
ぼぁああああぁぁああ!!
ハッとデュモンの方へ顔を向けると、何時の間にか
———デュモンのドローンが2体に!
この前の戦闘の後で、倒れた彼の姿が否が応でも蘇る。
そんな事して大丈夫なのかデュモン。
あんな状態でもし倒れたら———
「某っとするな。諸君はひと足先に遺跡を脱出していろ———セルヴェージャ兄。彼らを出口へ送れ。その後はヘリの到着を待って———」
サルドが視界から不自然に消えた。
遠くで瓦礫が崩れる音。
「サルドさん!」
プラシオの悲鳴が上がる。
彼の視線を追いかけて、これ以上無いくらい呼吸が止まる。
息をするのが苦しい。
サルドが頭から血を流して倒れていた。
彼の足元をコロコロと緑色の苔玉が転がった。ヒトの頭よりも大きい。
階段にあった奴だろうか。それとも最初から水の中に? 水が無くなって落ちてきたんだろうか。
いやそうじゃない。
それどころじゃない。
アレが頭に当たったのなら不味い!
≪おい、己の身も案じた方が良いぞ≫
「えっ?」
小さな、いや、見知ったサイズのピグミーの幼体たちが、開けられた壁穴からわらわらと姿を現した。体は元の色の灰色の面影などほとんど無く、もはや真緑。丸くなった背中はまるで———
「まさか、階段の所にいた陸棲
瓦礫の上。
石柱。
床に壁。
わらわら。
わらわら。
やがて空へ向かって鳴き出した。
きぃいいぃいいいい……
きぃぃいいいいぃぃ……
まるで歌うような鳴き声。
各々がそれぞれの音を張り上げる。
緊迫感を忘れてしまいそうな音色に慌てて首を振った。
「何を……?」
ぽた
ぽたた
「え、雨?」
天から滴る水滴。
もちろん屋内。雲など無い。
きぃいぃぃいぃいい……
いや、円い何かが光ってる。
青い。
氷のような色。
———何だあの円盤。
まるで中東の唐草紋様のような。
まるで、アズリィルの頭上の光輪のような。
「まさか」
———本物の魔法陣って奴か!?
「脱出します!」
現実に引き戻すガルデンの声。
「雨は放っておいても大丈夫でしょう。先程キャンティ殿がが開けた穴があります。それで———!?」
「そうだ水は全部流れるは ず……」
その光景は何かの冗談のようだった。
逆再生。
巻き戻し。
自己修復。
そんな無意味な言葉がぐるぐる回る。
ご丁寧に穴にも白い模様の壁ができていた。
次々にくっついていく瓦礫が、互いの圧力で砂塵にまで対崩壊。再び壁を造っていく。完全修復と迄は言えないけれど、隙間無く壁が修復されていく。
「脱出ルートを変えます———上へ!」
ガルデンが前に出、発砲する。
命中した個体から火が上がる。しかし周りの幼体が一声鳴くと、火がついた個体の頭上付近にあの青い円盤が現れ、消化していく。
歌い出した個体を食い止めるべくさらに発射される
幼体は際限なく現れては歌い出す———あれじゃあキリが無い。
≪ふむ。アレの討伐は勧められんがのぅ≫
頭の後ろで響いた声に、口から出そうになった声を呑み込んだ。
ギリッと歯を鳴らす。『何言ってんの!』って叫びたかった。ここに来て倒すなってどういう事なんだ。
『
≪彼方もそろそろ佳境じゃな≫
ゆらりと背中の重心が変わった。
≪『核』を仕留める。そのまま戦況が見える位置を保て。走りながらで良い≫
口の中で「わかった」と頷き、僕はプラシオの後に続いて走り出した。壁伝いの回廊が、時折階段を混じえながら上へと続く。
「余所見してんな。お前さんは奴を倒す事に集中しろ」
戦場からデュモンの声が聞こえてきた。
「だがっ!」
「あいつはそんなヤワじゃねぇよ———まだ『
ゴーグルの端末に手を添えるエピード。
ハッと薄く開かれる口。
「反応が留まったら噛み付いてやれ。本体の動きは必ず止める」
「でもっ 」
「後ろは大丈夫だ。お前の相棒がいるんだからな」
「———ッ!」
降り仰いでデュモンを見るエピード。
対して一切振り向かないデュモン。左腕に伸びる右腕。
大鴉が粒子となって消えた。
そして跳躍する狼。
瓦礫をトントンと軽やかに跳躍し、助走を付けて正面から———大きな口を開いて襲いかかる。
そこでデュモンの背中から噴出する黒い粒子。
鴉よりも大きな翼。
対してその嘴は短い。
「フクロウ!?」
ナマケモノの顔面に立てられる鋭い爪。
鼻を掴んで勢いのままに羽搏いた。
狼と梟の二匹の力で後ろへ反り返る樹懶。
倒れる巨体。
「今だ———噛み付け!!」
瞬間———幼女の、否『少女』の声も脳裏に響く。
≪飛翔翼展開・No.3およびNo.4を離脱。形態変更。攻撃待機。目標設定『irae pugionem』≫
この前のとは微妙に異なった無機質な呪文。
視界の外から躍り出てきた2枚の光の羽。
クズリが喰い付いた。
「硬ッ・・・!」
エピードの顔が歪む。
彼の左手が堅く握り込まれていく。
同じ形を繰り返し形作るエピードの口元。
次第に大きくなる声。
「———れく ぎ 喰い……れっ 喰い千切れ———!!」
ギリギリと目標に突き立てられた牙。
「そんなモンか?———根性見せろやぁ!!」
デュモンが鼓舞する。
エピードは咆えた。
「ぉぉぉぁぁあああああああああ!!!」
バキィッ と何かが折れる音。
『殻』が破壊された音。
刹那、両サイドから弧を描いて急襲する2枚の光の羽。
交差した瞬間聞こえた。破裂音。
≪ふむ。破壊完了じゃ≫
アズリィルがほうっと息を吐くのを背中で感じた。
「すごいぞエピィ!」
ジラソルが真っ先に駆け寄っていった。そのはしゃぎっぷりは、まるで自分が怪物を倒したんじゃないかってくらいだ。よっぽど嬉しかったんだな———それもそうか。僕もデュモンが活躍したら自分の事みたいに嬉しい。
そのエピードは、最後に決めた時の場所に尻を付けたまま座り込んでいた。自分のやった事が信じられないのだろうか、呆然と怪物の骸を見つめている。
ようやく僕も戦場があった場所に追い着いて、間近で怪物の巨体を見上げた。
本当に大きい。
大きすぎて首がちょっと痛いかも。
こんな風にのんびりできるのも戦闘職の皆んなのおかげだ。
———あっ サルド。
ふと、カチャカチャと足音が聞こえて視線を落とす。
デュモンの黒狼と目が合った。
そして改めて見るとマジで大きい。何時ぞやのマリオンよろしく抱きついてみたい衝動が———いやいやいやいや。
「デュモン、もう終わったんならこの狼———」
「いや、まだだな」
続く筈の『仕舞った方が良いんじゃないか』という言葉は出て来なかった。
デュモンの
銃口は———アズリィルに向けられていた。
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