Report.27: 大樹遺跡の攻防 前編




「攻略に当たってまずは———水槽の水をすべて抜く」

 大昔に流行ったテレビ番組かな。


「先程のアルマニヤクの解析に依れば、ここの水は定期的に総排出されている。どこかに水の抜け道があるんだろう。流れ易くしてやればいい」

「なるほど。奴さん、水中が得意みたいだしな っと」

 デュモンの自動小銃パトリオットを吐く。

 音波の波に当たって「ぶぎゃっ」と悲鳴を上げた樹懶ナマケモノが進行方向を変えて離れていった。

 命中した筈なのに方向を変えただけでダメージが入ってるような感じが全然しない。むしろこちらから仕掛けた攻撃を避けられる程の俊敏さ———あんなに水中に馴れた相手と、わざわざ同じ土俵で立ち会う道理なんか無い。


「よし、水流の出入り口を探すんだな?だったら———」

「悪いが難しいだろう」

 エピードを遮ってジラソルのまっすぐな声が降ってくる。瓦礫に手を掛け、上からこちらを覗ける位置にいた。

「そもそもこんな『遺跡内』に水が溜まっている事自体が異常だ。ここが地上なら『普通に水が溜まった』で済んだんだがな。随分と頑丈な水槽らしい」


 ヴァージニアも是と頷いて同意した。

「ハイ、この空間の排水の仕組みに関わるのは、私たちがこの部屋に進入した高度地点にあると推測されます。一定以上まで貯まると自然に水が抜けるような原理が働く空間なのでしょう。水が抜ける穴自体は下にあるでしょうが、そこから水が抜けるには充分な液体量が足りません。壁面に残された水位の痕跡から推測される、この空間の総排出までの必要予想量は最大・・・12,000㎘です。」

「それってつまり———」

 ジラソルの苦虫を噛み潰したような表情に嫌な予感がする。

「……ここだと大体ワンフロア分ちょいの量が必要だな」

「そんなに!?」


 大きすぎて上手く想像できない数字だ。

 ひょっとしてここって、アリーナどころの広さじゃないのか。


「構わん。見つからないなら作るまで。それにどの道この状況では俺たちが入って来た場所に戻るのも至難だ。奴の潜水可能時間もどれ程か判らん」

「確かに。あの様子ではすんなり通してくれるとも思えませんからね」

 水に入ってから全然泳ぐスピードが変わらない。遠く離れた距離に見える懶影らいえいは、形が朧げになる程だった。


「しかしいくら音波振動弾でも水中だぞ。そんな威力出せんのか?」

 エピードが声を張り上げて一瞬だけこちらへ振り返った。手元を見ずに銃身のレバーを引いて次弾準備。牽制射撃を再開する。

「タメに時間が掛かる」

「なら、そのタメ時間中は俺らがふんばらねぇとな」

 デュモンの一言にサルドが頷く。


「幸いここにはドローン奏者が四人いる———戦力は充分だ」

 頼もしく頷く戦闘職の4人。

 順に相手を見ながら、サルドが指示を出していく。


「海中の撹乱はセルヴェージャ兄に任せる。地上に上がった後はラガーがその役を。それまでは俺と一緒に学者諸君の護衛だ。攻撃の主体はセルヴェージャ弟に任せる」

 3人が「了解」と頷いた。

「水槽から水を抜いて、戦場が陸となってからが本番だ。『核』の探知・発見は自分が勤める。学者諸君は自分の側から離れるな———特にスコッチ! 先日のように庇護対象から目を離すなよ!」

 先日のように。

 食虫植物セファロタスの時の。

「りょっ 了解っ!」

 僕はアズリィルを抱える腕に力を込めた。


 ピッ ピッ

 電子音の方へ顔を向けると、ガルデンが制御端末を操作していた。操作が終わると左腕から彼の髪色と同じ海松みる色の斑模様のある河豚フグが出現した。

 あっ、かわいいな。

 次の瞬間ふっくら膨らんで大量に棘が起きた。

 あっ、ヤバいわ。

 河豚じゃなくて針千本だったっ。

「もう一匹っと」

 再びの電子音の後、今度は背面から流線型の細長い生き物が出現する。まだ縞模様の面影が残る水玉模様だけど、腹側の口と鼻がにっこり笑って見えるこれは確か虎斑鮫トラフザメ。こっちもかわいいな。

「うっし、行くぞガルデン」

 更なる電子音に瓦礫の向こうへ振り返れば、エピードの隣に常盤ときわ色の夢巨頭ユメゴンドウの姿が出現した所だった。英名は確か『小さな鯱ピグミー・キラー・ホイール』———何の因果か、今僕らが対峙する樹懶ナマケモノと同じ名を冠する種類だ。


「遅れを取んなよ」

「お任せあれ」

 水質飯・護衛タッグが出撃した。


 樹懶ナマケモノと離れた距離を保ちながら回遊しする二人。

 巨体の周りを先回りして動きを止めさせる虎斑鮫。

 隙を突いて強力な体当たりを繰り出す夢巨頭。

 2頭に合いの手を入れるように、膨らんだままの針千本が縦横無尽に駆け回る。

 ドローンと一緒に戦場の最前列で戦ったデュモンやサルドの戦闘スタイルとはちょっと違った中・後衛タイプの戦闘だ。


 あっ針千本が顔面に直撃した。

 すかさず夢巨頭が突っ込んでく。

 音波も降って行った。


 目に見えて樹懶のスピードは落ちていく。


「おい、さっき戯れに解析していたここの解析図を見せろ」

「えっ あっ了解っス」

 プラシオが慌てて制御端末を操作する。共有モニターが展開され、この地点までの図が表示された。サルドがプラシオの方に手を置き。

「それから数値の意味を解説してくれ」

「ハイッ———あぁでも遺跡の解析をした訳じゃないんで役に立つかどうか・・・」

「チッ 後1日あれば考古学者がいたものを」

 サルドが舌打ちしたように、プラシオの持っている物は地質学専門のソフトだ。遺跡を作る石の材質や密度はわかっても、構造までは———

 そこで僕はプラシオの趣味を思い出した。


「プラシオ。確かレイヤー建築系のソフト持ってたよね。それって今使える?」

「そうか! 構造解析すりゃあ弱くなった所が判る!」

 電空大改装を手伝ってくれた時に教えてもらった、耐震強度を計算・解析するためのソフト。こんな所で趣味が実益を兼ねるなんてね。

 しかし明るくなった筈のプラシオの表情は、すぐに元の色になってしまった。

「———いや駄目だ。流石にそっちは持ち歩いちゃいない———なら何とか密度から脆くなった所を炙り出せば———くそっ」

 悪態つきながら制御端末のモニターを操作するプラシオ。

 それもそうか。いくら電空のデータがシリカノイドの中に収納されてるからって、実行するには個人用ポッドが必要だ。

 逆にぬか喜びさせてしまった。


 ———要らない提案だったんだ・・・。


ぎゅっと唇を噛んだ時。

「わたしがやります」

「ジニア?」


 スッと上げられる両手。

 さっき解析した時のように出現する———大量のモニター。

 さっきと違うのは中央にメインモニターが出ている事だろうか。

 その周りで点いては消える小モニター。

 早い。

 さっきよりもさらに。

 明滅する複数のキーボード。

 モニターを見据えるヴァージニアの目にモニターの青い光が反射する。

 いや、よく見ればメインモニターすら見ていない。視線入力だ。誤作動を起こし易くて現実リアルではあまり使われない方法なのに。

 ジラソルも知らなかったのか、口が開いている。


 ピタッ


 ついに静止するヴァージニア。

 メインモニターが高速でスクロールされる———いつかラグナがやってたのと変わらない速さで。


「できました。共有モニターに表示します」


 次々と色分けされていく遺跡の構造。

 瓦礫や壁、柱に伸びる脚注線。

 そして表示された大量のデータ。


「どうでしょう?」

「サイコーっス! すっげぇ! 遺跡の構造だけじゃなく瓦礫のマッピングまで完璧じゃん! しかも見易っ!何コレ俺欲しい!」

 何時に無くはしゃぐプラシオ。

「喜ぶのは後にしろ!何処を狙えばいい」

「えっっとぉ・・・!———ここの真下だ!!」

「よし」

「うぅーい待て! 発砲前にアイツらへの連絡と、ここから俺らが撤退する時間を置け!」

 デュモンがサルドの腕をがっしり掴んで静止させた。

 何かいつに無く慌ててない?


「待ってください。実行には幾つか問題があります」

 さらに止めるヴァージニア。

「この建物を構成する物質は非常に高硬度です。サルド様の現在の装備『短銃身拳銃携帯モデル:P320-EG10シグ・ザウエル:セミオート-エネルギーガン』では充分な音波振動弾を形成できません。装備の変更、若しくはデュモン様と交代する等の作戦行動の変更を推奨いたします」

「それなら前者だ。俺の装備はこれだけでは無い」

 プラシオが「えっ」とサルドを見上げた。

「マジですかサルドさん。あれって滅多に使えないんじゃ」

「訓練の頃とは状況が変わった。それに万が一を想定した時の話として教えた筈だが」

「えええ・・・」

 プラシオの顔が引き攣った。彼も訓練ではかなり絞られたらしい。地質班は全員シリカノイドだから電空でやったんだろうけど———きっと僕とマリオンがそうだったように、この様子だと色々あったんだろうなぁ。うん。

「何かよく分かんないけど、ガンバ?」

「いや多分お前も道連れになるからな?」

「え?」

「サルドの奴、やる時はヤルからなぁ」

「え?」

 何故か引き摺られるように瓦礫の山から外に出た。


「うぅーい、ふたりとも!これから水が抜けるから、流されないように踏ん張れよ!」

 デュモンが戦闘中の二人に声を掛け「了解」と二人から返事が返ってくる。

 籠城していた瓦礫の山から離れ、高さにして2階分相当を泳ぐ。元は回廊だったのか、壁に沿って等間隔で立つ柱石の一つにしがみ付いた。


「では、やるぞ」

 僕らより1階分下。サルドが背面・腰から何かを引き抜くような仕草をした。手の動きに追随して土色の粒子が溢れ、彼の手元で収束する。


 大きさは約30cm弱。

 肩当てのパーツが付いた、砲身の大きな銃だ。


 ・・・銃、だよね?


「ああ、『M320/GLM-type:P2グレネードランチャー-タイプ:フォノン2』ですね。破壊するには充分な威力を備えています」

「身を乗り出すなよジニア」

 その銃火器の名前を聞いて『ごぼっ』と泡を吸い込んだ。

 ナニこの合点が入ったと言わんばかりの悠長な反応ッ。天然かな!?


 放たれる、波動の砲弾。


 ッドォォォオオオオオンンンンッッッ!!!


 聞いた事の無い轟音。

 立ち上る白泡。

 泡が消えて顕になる———大きく開いた石の『口』。

 吸い寄せられる自分の髪。


「水が引いてくぞ!———流されんな!」

 デュモンの警告が飛んでくる。


 注意される迄もない。

 一体何トンの水がここにあるかなんて知らないけど、水が流れる時の強さは半端じゃない。ほんの30cmも水が溜まるだけで足元を掬われるって話だ。

 なのに今は全身———それも大量の水の中にいる。

 こんな状況じゃあもうスーツやバックパックの機能頼りだ。

 文明の利器を信じるしかない。

 ヒトの力でもう どうにかなるってレベルじゃない。


 それでも僕はアズリィルが流されないよう、押し潰さないよう必死で柱に捕まった。


 捕まって。

 捕まって。

 随分長い時間に感じる。


「ぷはっ!?」

 顔が水から出た。

 ようやく水が引いたんだ。


 無事留まれた事にホッとしていると、エピードが上階から抗議してきた。

「アンタ、堅物の割にド派手すぎんだろっ」

「対・怪物対策で許可は取ってある。問題無い」

「いや問題あるわ。派手好きめ。破壊活動の時だけ周り見なくなるの何なんだ」


 ———わぁ デュモンの文句だ珍しいなぁ。


「射撃は物量と威力だろう」

「〜ッだからお前、射撃の上手い奴と組まされるんだぞ」

「・・・」

 サルドが沈黙した。

 そういえばこの前の戦闘で『殻』を仕留めたのってレインだったっけ。チャラ男のレインとは性格合わなそうなのに、同じ班の護衛任されてるのってそういう事だったのか。


「無駄口叩いてないでさっさと次に移れ!」


 遺跡から水が退いていく。

 水底が陸に成る。


 第二ラウンドが幕を開ける。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る