Report.25: 大樹に眠るモノ




 ヒトが通れる程まで樹木を取り払って入った次の部屋は、意外な事に明るかった。

 もちろん昼の明るさ程は無い。夜明け間もない薄明かりが近いだろうか。

 しかし部屋の全容はしっかりと把握する事ができた。天井の中央部が強い光源になっているからだ。ちょうど部屋の真ん中に生えた木の真上に当たる場所に、薄青い幕のような分厚い曇りガラスが填められている。ここではもう『浮遊燈』の灯りは必要なさそうだ。

 いや、そもそも『部屋』と言うにはここはあまりに広い。広間、いやアリーナか。天井までの高さは、普段待ち合わせ場所にされている2フロア吹き抜けになった基地のエントランスホールよりも高い———少なくとも15M以上はあるだろうか。僕らが出た場所自体も水面より3〜4Mは上で、丸々1フロア分高い。

 まあ ヒトが立って歩くには、あまりに多くの障害があるみたいだけど。


 ジラソルが口笛を吹いた。

「まるでデカい水槽だな」

 彼が例えた通りこの部屋は、空間全体に水が溜まって巨大な水槽を覗き込むような形にになっていた。プラシオが前に見せてくれた、水没都市を模した世界一深いプールを想起させられる。水の透明度は高いのに、青昏あおぐらさに吸い込まれそうだ。

 その水面に反射した光が、波紋を描いて部屋の所々を青白く彩っている。反射光に照らされた瓦礫の山が浮かび上がる。水面から所々に顔を出している物もまた、建物の一部だったであろう瓦礫たちだ。

 素直にこの景色を堪能できないのが惜しい。


「アレがいるのはあの辺りだ」

 サルドが指し示す方を見ると、彼の『フェリス』のマヌルネコを見つけた。岩場の頂で優雅に伏せていて、たっぷりとした毛並みの尻尾がゆらりと振れる。

 その場所へ行けそうな足場を目で辿って、思わず「うげっ」と蛙みたいな声が出た。

「どうやって渡ったんだよアイツ……」

 思わずぼやいてしまった。何せ『猫』が陣取っている場所は、この大きな部屋のほぼ中央に孤立した場所———光源の真下にあり、大きなこぶのある木が生えた、小島のような場所だったからだ。


「そっちの瓦礫の方から回り込んで行った」

 サルドが無表情で幼女が辿ったルートを解説する。

「あの辺りを跳んで渡って———あの石床の柱をぐるっと迂回していたな。周囲をきょろきょろと真剣に眺めながら、その隣のをよじ登り、最終的に今『フェリス』がいる辺りから滑り降りて行った。迎えに行くならあの手前の飛び石をずっと辿って行った方が早いだろう」

 幼女がいると言う場所へ続く飛び石は、水面から縦に突き刺さるように生えた石床だったらしき物から、『猫』のいる所までまっすぐ続いていた。なのにサルドが言うには、それを渡らずに迂回したらしい。幼女の足では届かなかったのか。確かにあの小さい手足じゃ無理っぽいけど。

 もちろんアズリィルはただの幼女ではないから、本来ならそんな飛び石だろうとお構いなしだった筈で———『猫』の目があったから止めたのか。登木中もデュモンの『守宮ゲッコー』に通信妨害してたし、本当に僕以外に知られたくないんだなぁ。


 とは言え少女形態に戻らずに幼女の体のままであんな所まで行ったのは動かぬ事実。しかも幼女形態時の運動神経はあまり良くない訳で……。

「危ないなぁ」

「そう思うなら後でしっかり叱っておけ」

 思わず溢した僕の一言にサルドが鋭い言葉とともに一瞥してきた。キツい目つきにビクンと肩が揺れる。デュモンが護衛で本当に良かった。


「道が狭いですね。二手に分かれて回りましょうか」

 ルートを目で確認したガルデンが提案すると、サルドは「そうだな」と頷いた。

「セルヴェージャ兄弟と水質班の四人は彼方あちらから回ってくれ。こちらが見える道順ルートだろうから何かあったら知らせてほしい」

「了解した」

「残りの者はさっき言った道順を辿る。今の所何も異変は無いようだが、全員 油断するなよ」

 全員が「応」と頷き二手に分かれて、アズリィルがいると言う部屋中央の小島を目指す。ちょうどガラス張りの天井の真下に当たるその場所は、目印として打ってつけだった。


 いくつか大きな瓦礫の島を渡った頃、乗り移った拍子に水の底を覗き込む格好になった。落ちなかった事に胸を撫で下ろすのと同時に、底の見えない藍色にそわりと『この水の中を泳いで潜る自分』を想像する。


「これ、深さはどれくらいあるのかなぁ?」

 注意深く飛び石を渡りながら、抑えきれなかった好奇心が口を突いた。

「深さか・・・」

 プラシオはふむと頷くと自分の腕の端末を操作し始めた。

「プラシオ?」

「この水槽の大きさを計測してみる。サンプリング中のデータ回してくれ」

「ああうん、この高さまでは出来てる筈だけど———できるの?」

 自分の端末を操作して共有モニターを展開。それにサンプリングデータを流す。モニターには大樹の概形が表示され、さらに幹の中央よりやや上辺りで上下に色分かれしていて、サンプリングが終了した場所とそうでない場所が一目で判るようになっていた。僕らの現在地を示す赤い点は、その色分けの境目辺りでゆっくりと明滅している。


「要はこの……溜め池? こいつの形が分かれば良いんだろ? 地形調べるようなもんだ———たぶん」

 そうか、形が分かれば良いなら地形ソフトが役に立つのか。ここは遺跡だけど、同じ『石でできた物』だ。何か分かるかもしれない。たぶん。

「それにほら、俺こう言うの得意」

「そうだったね」

 思わずクスッと気分が上がる。まさにプラシオはレイヤー建築を趣味にしていたっけ。僕の電空の四阿あずまやや大階段なんか、正に彼の手掛けた作品だ。確かに建物の形を測るには適役かも。


「うっし、着いたぞ。最後足元気をつけろ」

 先頭を歩いていたデュモンに言われて足元を見ると確かに、最後の飛び石から小島まではちょっとした距離があった。しかも着地先は結構な登り急斜面。上手く跳ばないと水の中に転がり落ちそうだ。

 慎重に距離を測ってジャンプ———無事着地。

 足を滑らせないように斜面を上がって、ようやく小島の全貌を視界に捉えられた。


 一際存在感を放つ一本の木がそびえ立っていた。

 根元の大きなコブが特徴的な木だ。もしくはここに来るまでに見かけた陸棲毬藻マリモの親玉だろうか———どちらだろうと外で大樹を形成する樹とは別の種類に見える。

 どこかから運ばれたのか、あるいはここが何らかのヒトの手に拠る物だと考えると、この遺跡を造った文明の誰かが植えたのか。

 それはデータを持ち帰って検証してみないと分からない事だろうけど。

 それにしても、だ。


 木を眺める位置に座る彼女の前に立つ。

「何やってんの」

 僕の問いかけにツーンとそっぽを向く幼女。瓦礫に座った小さな膝に、じんわりと血が滲んでいるのを見つけて僕はムッと眉を寄せた。

「・・・ちょっと診せなさい」

 幼女の傍で片膝を付き、腰に下げたポーチから救急端末を取り出してスイッチを入れる。すると青白いセンサー光が50cm球体状に放射された。その中を筋状のセンサー光が幾つも揺れ動き、怪我を検知して収束、モニターが立ち上がった。ローディングはあっという間に済んで怪我の状況を示す。


 分類:擦過傷。

 状態:軽度。

 感染:無し。

 >>対処しますか?


 軽いかすり傷だ。ひとまず胸を撫で下ろした。表示された手当を実行すると、救急キットが僕の掌の上で四つ足の獣のように立ち上がった。ヒョイっと軽やかにアズリィルの足元に飛び降りて、トコトコと怪我に向かって歩いて行く。そうして怪我の場所まで行き着くと、白い糸状の物を吐き出して怪我を覆っていった。

 確かに軽い怪我だけど、未開惑星ではそんな『大した事の無い怪我』が原因で命を落とす事もある———出発前に習った事だ。コレで応急処置はできたけど、油断禁物。帰ったらドクターにも診て貰わないとなぁ。


 ≪こんなもの、すぐに修復できる。備品の無駄じゃろう≫

 怪我の治療を『修復』と表現する幼女に僕は眉をしかめた。およそ幼女が使っていい言葉じゃ無い。

「だとしても、ヒトの好意を断ったら駄目だよ」

 僕は声を落としてたしなめた。アズリィルは自分に無頓着だ。

 前に『天使は元々兵器だった』って言ってたけど、それと関係があるんだろうか。だったらそれは、なんだか——— 嫌だ。


 立ち上がるとプラシオがにまにまと顎に手を添えてこちらを見ていた。

「何だよ」

 むっすりと口を尖らせる。アズリィルの言動にモヤモヤしたままだったせいか、そのまま態度に出てしまった。

「いやあ、何だかんだとしっかり面倒見てんだなって」

 そんな僕の態度でもプラシオは特に気にせず茶化してくれた。

「この場所の『地形』は分かったのか?」

「おっとそうだった」

プラシオは笑ったまま頭をぺちりと叩くと、再びモニターに向かった。その様子にふふっと息を吐くと、僕らが到着した場所の反対側から声が降ってきた。

「お、その子無事だったか。怪我は無いか?」


 顔を上げると、ジラソルが瓦礫を滑り降りてくる所だった。次いで降りてきたエピードが、幼女の細い脚の上で稼働中の救急キットに首を傾げる。

「つーかアンタそれ使ってんのか。女子にはめっぽう人気無いって評判だぞ、それ」

 しまった。そうなのか。そういえばマリオンも拳銃型の装備に救急ソフト入れてたっけ。あれはあれで格好良いと思ってたけど、そういう事だったのか。

「でも気に入っているようですね」

 ヴァージニアを抱えて降りてきたガルデンがくすくすと笑うのに、ハッと幼女に視線を送れば、救急キットと戯れる姿が目に飛び込む。気に入ったんですかアズリィルさん。


「っしゃ! できたぞ!」

 プラシオの声が空間に響いて注目が集まる。

「ん? 何かやってたのか?」

「ちょっとした思いつきです。地形ソフトでこの遺跡の内部の形が判るんじゃないかと。石でできている物なので。それに俺、こう言う建築系趣味にしてるんすよ」

 ジラソルに答えたプラシオは少し照れた感じだった。けれど喜びは抑えきれていない。僕の頬も釣られて緩む。口走ってきっかけを作ったのは僕だったけど、実はプラシオも気になってたんだな。


 共有モニターが拡大されて、遺跡の全体像がモニターに表示される。

 建物自体は表面の凹凸に目を瞑れば直方体に近い。ちょうど大樹の真ん中にすっぽり収まる遺跡は、この遺跡の大きさと共にそれを内包する大樹の大きさをも知らしめていた。さらに驚くべき事は———

「ふーん。随分大量に水が溜まってるな。そんなに降る土地なのか———こいつは気象班と相談か、あるいは……」

 この遺跡の内部空間の、およそ70%を占める大量の水だ。ここが地上なら川や湧き水などの水源を疑う所だけど、地上100M地点のここにそんな物は無い。となるとジラソルが唸った通り、雨水だけでここまでの量が溜まったことになる訳だけど———この惑星は遺跡までイレギュラーだ。ん・・・?

「この水・・・」


 サンプリング中のデータからこの遺跡下部と思われる位置のデータを選択し、見たい部分をモニターに出力させる。流石に全部を取り出すには元のデータが膨大すぎるから、直下10……いや、30Mくらいまでの物をまとめようか。

 実行して処理が開始される。

 あれ、少し時間がかかってる?

 多かった?

 欲張ったか。

 20Mにすればよかったかなぁ。


 そわそわと落ち着かない時間の後、モニターに結果が表示された。それらをざっと見て、通常とは異なるデータを確認した。

「どう思いますか、ジラソル」

「ふむ・・・」

 ジラソルが端末を起動させて手元のモニターを素早くタップする。すぐに共有モニターにもデータが追加された。

「なるほど。ここから染み出した水分が、この大樹の中で水脈を形成しているようだ———ヴァージニア」

 ジラソルが声を掛けた先にヴァージニアがぼんやりと突っ立っていた。どこか一点を見ているような・・・何処見てるんだ?視線の先を何となく辿る———ちょうど救急キットと目線を合わせるアズリィルの姿があった。いやそれ備品なんだけど何してんの。興味津々じゃないか。

 もう一度ヴァージニアの名を呼ぶジラソルの声に視線を戻す。彼女がゆっくりと顔を上げる所だった。

おかの水は君の方が詳しいだろ。調べてくれ」

「しらべる・・・」

 何だか譫言うわごとのようだ。

 彼女の細い両腕がゆっくりと前に差し出されるのを、僕は不安で一杯になりながら見守った。あんな状態で一体何ができるって———


 ブワッと大量のモニターが立ち上がった。


 ———あ れ ?


「遺跡の構成物質の浸透率とこの惑星の降雨量の推計から、この水は雨水が溜まったものと推測されます」

 高速で叩かれるキーが、まるでストロボのよう。モニターには大量の文字とグラフが踊っていく。

「透明度が保たれているのは、この水が定期的に総排出されている為でしょう。さらに採取されたデータに依れば———」

 続く解説・解析の数々。僕がスキャンしていた物から読み解いているとは言え、次から次へと———出るは出る出る。水に関する事だけでなく、そこを流れる場所である、この樹の事や遺跡を構成する石材の成分まで詳細に。さらに未解明の物質の存在にまで触れられている。彼女、水質班だよね?


 ———何この情報量。僕が欲しい。


「以上の事から、この水槽から排出される高濃度に凝縮された栄養素を含んだ真水は、大樹に蓄えられて水脈となり、大樹と大樹に寄生するあらゆる生物の養分として、樹木全体を巡り回って地上へ余剰分を僅かずつ流しているものと解析します」

 持ち運び用の簡易解析ソフトなど目では無い、圧倒的な処理能力。空いた口が塞がらない。唖然としたまま僕はプラシオと目を合わせた。向こうも同じだった。そんな僕らの様子にジラソルがくつくつと笑いを堪えていた。

「スイッチ入って元気になったみたいだな。さすがジニア」

「い、以上デス・・・」

 全てを終えたヴァージニアは元通り以上に小さくなっていった。ギャップが凄い。万全な状態ならもっとデキるヒトなのか? これが一個上の実力……!


 こつん、とジラソルに拳裏で肩を軽く叩かれた。

「よく気がついたな」

 一泊遅れてブワッと嬉しさが込み上げてきた。予想が当たったのだ。

「陸上の植物にしては内包している水分量が多いみたいでしたから。やっぱりここが大樹の生態系を作る貯水槽の働きをしていたみたいですね。当たって良かった……!」

 湿り気を感じ取れる程に潤沢な水分やミネラルを含んだ表皮。そこに生える苔やシダ、菌類、蔓性植物に寄生植物———この大樹に息付く生態系が見えてきてワクワクする。ヴァージニアの言ってた解析不能の物質も興味深い。

 残り半分。さっさとサンプリングしてしまって、帰りに物理サンプルを採れるだけ採って———いやいや駄目だろ。今日はもう引き返すんだぞ。あーもうなんでこんな所見つけちゃったかなぁ。


「んんん・・・?」

 何やら悩む声が聞こえて思考が中断する。

「プラシオ?」

「いやちょっとデータにおかしな偏りが、な」

 そう唸りながら彼が手元のモニターをタップすると、共有モニターの隣にスクリーンが展開された。水中のようだけど・・・昏くて何も見えない。かろうじて何かの輪郭が見えるかどうかと言う位だ。

「何これ」

「いやここの水底が見たかったんだが・・・流石にちょっと暗いな」

「明るさを上げれば良いんじゃないか?」

「あ、そっか」

 ジラソルに言われたプラシオはモニターをさらにいくつか叩き、出てきたバーを右へスライドさせる。連動してスクリーンの映像がどんどん明るくなってきて———あらわになったそれらに息を呑んだ。


「なんだ、これ・・・」

「装飾品か?」


 剣や錫杖、冠、腕輪———想像できうる宝飾類が全て水底に沈んでいた。おびただしい数が山となり、床面は全て覆われている。

「全部沈んでる・・・」

「・・・いや、そうでもない」

 サルドの声に振り返ると、何かを投げた後のような格好で。彼の視線を追った先のデュモンがひっくり返しながら何かを———短剣の形の石をめつすがめつしていた。

「宝物庫か何かだったのかねぇ?」

 ふと、視界の端を何かが過った気がしてそちらを振り仰ぐ。見上げた壁には確かに水に沈んでいた物と似たような宝飾類が引っかかっていた。あとは途中にあった陸棲毬藻マリモや蔦類———あれが揺れてたのか。

「ヴァージニアの解析結果にあった金属製ミネラルはここから来てるかもしれないな」

「でも全部石っぽいですよ、これ」

「ますます分からんな・・・」

 ジラソルとプラシオがさらに唸った。


「お宝の山も凄いが、ここの足場は大丈夫なのか?」

 エピードの一言で全員が『ハッ』とスクリーンに注目する。


 宝飾類が沈んでいるのはこの水の底の光が届かない程深い所で。

 僕らがいるのは水の上に見えている瓦礫の上で。

 その瓦礫は瓦礫同士が遺跡の内壁から複雑に絡み合って引っかかった状態で。


 つまりここには、確固たる『土台』と呼ぶべき物が無い訳で。


「えっと、プラシオ?」

 地面や建物構造の事ならプラシオである。そして当の彼は頭を抱えた。

「偏ってたのコレかぁ……! やべーな、どんなバランスで保ってんだよ・・・」

「不味いの?」

「不味いな」

「はは、こりゃあ浮力の影響もあるかもしれないな」

 ジラソルも乾いた笑いを上げた。時に、見なければよかったと思う物がこの世にある。今はこれがそうだと自信が持てる。いやそんな自信は嫌だな。


「ガルデン・・・」

 蚊の鳴くような声を絞り出したヴァージニアに注目が集まる。彼女の顔色は青褪めて最早土気色だった。シリカノイドは元々色白だから 余計に色を失ったように見える———誰が見ても限界のようだった。


「では撤収だ。ここの事は報告した。今日到着した連中は明日にでも活動を開始するだろう———後の事は考古学班の仕事だ」

 サルドの号令で今度こそ帰還準備に入る。アズリィルにはこっそりと「もう勝手に動かないでよ」と釘を刺しておくのも忘れない。


「考古学班か・・・」

 そんな中エピードがぽつりと口を開く。


「そういや、ミルク様がリストに入ってたなぁ」




 ・・・さま?


 思わずエピードの方へ顔を向けた。

 心なしか恍惚としているように見える。気のせいであってくれ。


 いやいや待てよ———そう言えば最近似たような反応をした気がする。

 何かとんでもない変化球的に投げられた気がする。何故か記憶が曖昧だ。誰だったっけ……確か———


「そうだな。未開惑星の仕事でまさか彼女と任務が被るとは思ってなかったわ」

 デュモン、お前だったのかっ。

 しみじみと頷くデュモンの頬は今 緩んでいた。

「ガルデンにゃ悪ィが、怪物も彷徨くこの惑星ほしの事だ。もしかしたら彼女の技をナマで見られるかもしれない」


 ———うん? 何この流れ。


「彼女の剣技は芸術さ。記録映像アーカイブも良いが、観るならやっぱ中継ライブだろ」

「ああ。あの迫力は中継ライブでしか味わえない」

「試合開始と同時に突撃する瞬間が特に良い。光を背負って見える」

 急にエピードのデュモンを見る目に熱が入った。その目はじんわりと潤んでいるように見える。

「アンタ・・・ 良い眼だな」

 しみじみと呟かれた声は感極まっていた。

 次いで差し出されるエピードの手に、デュモンが応える。力強い握手になった。


「信用できないなんて言って悪かった」

「いやいいよ。俺が失敗したのは事実だし、そう言われてしまうのは仕方ないさ」


 ———和解したぁ!?


 これが———青天の霹靂・・・!

 あまりの衝撃で頭がグラグラする。

 違った。プラシオが揺すって来てた。


「何モノだよ、その『ミルク様』って。あの二人、絶対合わないと思ってたのに」

「奇跡だよね・・・」

 ヒソヒソと喋るプラシオに釣られて僕の声も落ちた。

「ガチファン同士が意気投合した感じだな」

 ジラソルが冷静に相棒の姿を分析する。エピードは今日一番の生き生きとした顔だった。相手はさっきまで険悪な態度を示していたデュモンである。そのデュモンも今日は朝からずっと肩身狭そうにしていたのに、今はもう『如何にミルク様が素晴らしいか談義』に花を咲かせている。恐るべしクラスタ勢。サルドもまた「くだらん」と鼻を鳴らす。

「あはは、意外と多いですよね、銀糸の女王ミルキー・クイーンのファン」

 ガルデンも眉をハの字にして苦笑いだ。向こうでエピードの顔が眩しいくらいに輝いているのとは対照的で———同じ顔なのにここまで差異が出る物なのかと感心する。

「僕も見せてもらいましたけど、でもそこまで夢中になる程では———」


 ふすっ


 その空気が抜けたような呼吸音に 全員がぴたりと止まった。

 冷んやりとした沈黙が流れる。


「あぁ〜・・・ ———誰か くしゃみでもした?」

 やはりというか、言い辛そうに振り返ってデュモンが一同を見渡した。引き攣りつつも微笑もうとした努力が見え隠れする顔だ。しかし一度漂い始めた冷や汗モノの雰囲気は、そんな事では払拭されたりしなかった。残念ながら。

 すっかり打ち解けた?エピードもまた周囲に警戒の目を移していく。

「まあ確かに冷んやりしちゃいるが、そんなに寒くは———」


 ふす ふすっ


 護衛の4人が一斉に音のした方へ銃口を向けた。


 一糸乱れぬ鮮やかさ。

 キュイィィンと後を引く光線銃特有の余韻。


 その銃口が向けられているのは、小島の中央にそびえる木の根元の大きなコブ———だったモノだ。



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