Report.23: 大樹讃頌
フムーンフムンフフ フフフムフーン
プラシオたちと予定を調整して二日後。
この恒星エデン第四惑星にやって来て18日目。
眼下に広がるパステルブルーの広大な大地。
僕はついに、あの超級高木を
「何とも大きな木で〜すからっ 何とも大きなぁ〜 フムーンフ ムムフムフーン」
上機嫌で
≪・・・なんの歌を歌っておるのじゃ≫
「南国の大きな木の歌」
背負子に乗ったアズリィルだ。何だか久しぶりな気がするが気のせいだろう。たとえ最後に背負ったのが
≪機嫌 良過ぎじゃろうて≫
「そりゃあそうだよ。念願の超級大樹だもの」
———むしろ何で溜め息?
浮かれたまま改めて張り付いている巨木のてっぺんを見上げる。空いっぱいに広がる枝や葉が、まるで遥か彼方に
遠目から見たこの超級高木は『サバンナの木と言えば』でよく挙げられるアカシア・トルティリスに似ていた。地上に群生する通常サイズの木々が、まるで草原に見える程のスケール感。
さらに基地から見ていた目測は たいへん嬉しい事に大きく見誤っており、実物は樹高・二百Mを優に超えていた。徒歩だったら多分辿り着くのに半日以上かかったんじゃないかな———通りで送迎ヘリが出た訳だよ。
登り始めてから
しかもただデカいだけじゃない。シルエットこそ大樹に見えるが、実態はどうやら何十本もの細い木々が寄り集まってできていた。『細い』といっても一本一本の幹周りが二十人でギリギリ手を繋げるかという程の太さだ———その木々がくっついたり離れたり複雑に絡まりながら、まるで
そんな『何かに絡まりながら成長する系』の木々が、こんなに巨大な『大樹』を形成するんだから本当に凄い。だと言うのに一定の高さに至るまで『葉』の付いた枝が見当たらない。
いったい地中部分はどうなっているのか———帰ってからの解析が楽しみで仕方がない。
やっぱりこの惑星には未知が詰まっている。
わくわくが 止まらないよ!
フムーンフムンフフ フフフムフーン
なので上機嫌に鼻歌が出る。
歌い過ぎて既にオリジナルの歌詞なんて遥か彼方。つまり エンドレスだ。
「どこにも名もない木で〜すからっ みんなで登〜れる〜」
「山ぁ〜になるでしょお〜」
急に割り込んできた第三者の声にそっちを見ると、ニヤリと笑うプラシオと目が合った。
「ずいぶん楽しそうじゃないか。俺にも便乗させろよその大きな山の歌」
そして悠々と僕を追い越していく。
僕はそれにちょっとムキになって追いかけ、追い越した。
「いや なんで木の歌が山の歌になってんの。おかしいじゃんか」
「いーや。登るんだから山の方がいいだろうが。ケースバイケースだろ」
言いながらプラシオが再び追い越していく。
「いやいや 木でいいじゃんか。元々大きな木の事を歌ってるんだから」
「いやいや 自分でも散々替え歌やってるだろ。これくらいアリじゃね」
「いやいやいやいや」
追い越し追い越されたりしながらどんどん登る。
頭の中で『どっちでも良いじゃろうが』というツッコミが聞こえた気がしたけど空耳だ。
ふと、遥か頭上に小さな違和感を見つけた。
目を凝らしてみる。
巨大な樹を構成する幾本もの木々。
けれど今いるここからおよそ二十数M———地上約100Mを超えた辺りから上は完全に融合しているみたいだ。その融合が始まった部分からさらに10M程上あたり。ぽっかりと待ち構えるようにそれはあった。
「プラシオ あれ———
亀裂のような形をした
プラシオがイタズラめいた笑みを向けてきた。
「先に着いた方の歌詞を採用」
「乗った」
ニヤリと笑い返す。
たとえプラシオが山登りのプロだろうと、木登りなら負けない。
何処かで無音のゴングが鳴る。
同時に次のとっかかりに手を伸ばす———所で、あり得ない位置から声が飛び込んできた。
『うぅぅい お前ら』
二人揃ってビクンと肩を跳ねさせプラシオの方を見る。
正確にはプラシオと僕の間———濃いコルク色の木肌に取り付いた、青黒いヤモリだ。頭から尻尾の先までの全長は約20cm前後と言った所だろうか。
『はしゃぐのはいいが、しっかり足元に注意しろよぉ』
パックリと開いただけの口から聞こえるデュモンの声。
彼のドローンのひとつ、『
その向こうから追い越すようにもう一匹。こちらは
『はしゃぐのは程々にしろと釘を刺さんか。滑落の対処の方が一大事だろう』
こちらは全身にゴツゴツとビーズのような突起の体表をしたビブロンゲッコーだ。サイズはデュモンのガーゴと同じくらいだろうか。こうして二匹並んでみると、ひょとりとした体格と全身を覆う突起が無い分、ガーゴの方が小柄に見える。
『まあまあ。俺らも昔はあんなもんだったろ』
『それは貴様だけだろう。その落ち着きの無さを真似されたんじゃないのか』
言い合いながらちょろちょろと登っていく二匹のヤモリ。幹の色がもう少し暗い色をしていたら、速攻で見失っていたかもしれない。
「流石に ヤモリには勝てねぇかも・・・」
プラシオのぽつりと漏らした一言に僕もゆっくり頷いて同意する。
ヤモリ型ドローンを介して会話する図がなかなか
つーか僕ら追い越してっちゃったけど良いのかな。
まあ本体は僕らよりも数人分下にいるから、いざって時はその方が良いのか。落ちないけど。
それにしてもデュモンのガーゴイルゲッコー、黒地に灰色ストライプか。目の錯覚で灰色部分が水色にも見える。この種類は確か赤や黄色なんかの暖色系が多い筈で、サルドのビブロンゲッコーだって本来 黒白灰色のモノトーンだった筈。
この『ドローン』って奴は本来の色とは異なった配色にもなるみたいだ。マリオンじゃないけど、どうなってるのか僕も聞いてみたい。ダメかなぁ。戦闘職って機密が多そうだもんなぁ。
そんな事を考えながら手掛かり足掛かりにしている起伏に沿って、外側から一度内側の日陰側へ移動した。頬に感じる気温も一気に下がる。幹の隙間から差し込んだ恒星エデンの光が、緑を濡らす水滴に反響してほんのり明るい。
幹でできた
データサンプルは大樹と一緒に録ってる筈だし、物理サンプルは帰りに採る予定だけど———あぁぁ〜 帰りまで我慢できるかな?
≪AI、と云ったか。あれは興味深いのう≫
と ここでアズリィルの声が響いてきた。
うっかりおとなバージョンの姿が浮かんできて、慌てて現在の幼女の姿に脳内修正する。姿が見えない時の
≪この
「召喚?」
また随分ファンタジー的な表現だけど———『召喚師』かぁ……。
ゲームや物語で言う所の
僕がオウム返しで呟いたのに何を考えたのか、幼女の訳知り顔が浮かぶ声が返ってきた。
≪解っておる。細々とした装備はその衣服に収納しておると言いたいのじゃろう。貴様も、あの狼どももそんな道具を持っておったろう≫
「え、そうなんだ?」
樹を登る手足が止まる。幼女からのお馴染みなカミングアウトに、今回もまた知らされた情報に困惑だ。まあ 確かに言われてみればそれしか考えられないけれども———僕の装備してるナノマシン・ツールだって、ナイフや鞭みたいな道具の域を出ないのに———あんなに自由に動き回れる自律型ナノマシンAIシステムなんか聞いた事がない。
そもそもAIって電空やVR空間みたいな演算に強いツールじゃないか。それを
僕の反応に 幼女から眉を
≪何じゃ これも機密とやらなのか。拳骨娘が解説しておったし、あの狸男も口走っておったからてっきり周知の技術なのかと思ったが≫
「たぬっ ———えっ 誰?」
拳骨娘は多分アウインだ。この前の戦闘でマリオン共々お灸を据えられたのが印象に残ったんだろう———けど・・・たぬき?
本気で誰か分からないでいるとアズリィルから『医務室の長じゃ』と言われて「ああ・・・」と納得した。
そういえば短足で太った狸のアイコン使ってたっけ———それでか。
ラグナもだけど、アズリィルの愛称の付け方は独特だ。僕も『赫いの』とか呼ばれてるし。他にもデュモンは『
≪最近顔を合わせる度に頭に手が伸びてくる———今度会ったら止めるように伝えておけ≫
———そんな事してたんだドクター・・・。
言われてみれば僕も会う度に「よう、元気そうだな」とか肩叩かれたりするなぁ。意外とスキンシップが多いヒトだったんだろうか。
「きゃっ!」
不意に聞こえた悲鳴と樹皮を擦る音に、ひやりと心臓が跳ねて足元を振り返った。高所恐怖症なら絶対にしてはいけない行為だが僕には関係ない。
その僕でもここは地面が遠いと感じる程の高さ。
落ちたら一溜まりも無いのは言うに及ばない———のだが、振り返って見えた光景に、僕はほうっと息を吐いて胸を撫で下ろした。
銀水晶色の髪の女性を乗せて宙を泳ぐ『マンタ』の姿が 目に入ったから。
その水質班の女性ヴァージニアを乗せ、マンタ———別名オニイトマキエイは、そのまま優雅に泳いで持ち主である水質班の護衛の一人、ガルデンの元へ泳いで行く。助かったから良いけど……何で海の生き物を空中に泳がせているのかなぁ。常識が通じなくてマジで訳が分からない。本当ドローンって何なの。
彼女らがいる場所は、さっき僕も通ったような幹の外側から内側へと移る部分だ。明るい所から暗い所に移ってまだ目が慣れなかったんだろう。樹皮と苔を見間違えて掴み方を誤ったのかもしれない。
シダ類や苔類が群生している場所は、それだけ水気の多い場所でもある。それだけこの大樹は『樹』という割に随分な量の水を樹皮に蓄えていた。陽光が当たるコルク色の表面・日向部でさえしっとりと潤い、内部側に入り込んだ幹に群生するシダ類や苔類が滑落を誘う。苔の色も緑だけならまだ判りやすいのに、樹皮の色に似たコルク色や黒檀色の物まであるものだから、間違えて手掛かり足掛かりにしないように慎重に見極めなければならない。
そんな湿った樹皮だが———実はかなり硬い。サンプリングを始めた時 驚いた。炭素含有量が多いし、この
日陰の場所はその『頑丈な部分』と『ヌメって滑りやすい』部分が入り乱れて分布しているから、登り慣れていないヒトなら尚更難しいだろう。 接地面を真空にする事で高摩擦力を実現する装備が無ければ、木登りが得意な僕でも登るのはキツかったかもしれない。
≪そういえば、石の仔らにも『兄弟』という概念があったのじゃな≫
急に話題が変わって瞬きする。
話の展開が読めない。
≪双子と言っておったじゃろう。あやつらを≫
「ああ、それね」
常識すぎて何を聞かれたのか一瞬分からなかった。ちょっと今更感もあって微笑ましい。まあ僕も初顔合わせの頃に知った話ではあるけど。
シリカノイドは確かに『人造人間』というカテゴリにはなってるけれど———実は全てを工学生成で賄っている訳じゃない。
ヒトがつくる創造物は多かれ少なかれ何かを参考に、あるいは組み合わせて出来ている。シリカノイドもその例に漏れず、ちゃんと参照元がある———遺伝情報なんかはその最たる物だろう。
医療目的で血液や臓器を提供するように、遺伝情報にもまた
とは言え提供された遺伝情報はそのまま使われる訳ではなく、目的別に決められた
それらは全て英数字でナンバリングされているけど———ぶっちゃけ
なので遺伝情報に苗字、製造ロットに名前を付けて区別されている。
「で、あの二人みたいに同じ任務で苗字が被った時は 同じ歳なら『双子』、歳が違えば『兄弟姉妹』って設定付けしてるんだよ。公然のお遊びって奴かな」
≪ほう それならば、親子もおるのかの?≫
「まだそこまで年の離れたシリカノイドって現場にいないからね。そう呼ばれる歳の差のヒトが任務で一緒になるまでは、あと十年くらい要るんじゃないかなぁ」
現在活動中のシリカノイドで、最年長となる年齢は32歳———つまり、生まれてから20年の個体だ。そんな中で今回の惑星探査隊では25歳のラグナが
ここで再び樹皮に沿って外側へ戻ってきた。暗い所から明るい所から移動した為、目を細めて眩しさが治まるまでやり過ごす。
そうして目が慣れるのを待って……
「あっ!」
アズリィルの≪なんじゃ≫とか言う声を無視して登るペースを上げる。ゴールとした樹洞に プラシオが手を掛けようとしていた———いつの間にか僕とプラシオの間には、ヒト数人分程の差が開いている。
急いで登る。
登る。
ちょっと足が滑りかける。
あとちょっとでプラシオの足元に追いつく———所で目の前からその足が消えた。
「俺の勝ち!」
「えっ あっ———あぁぁぁっ!?」
思わず叫ぶ。
天へ突き出したプラシオの両腕がチラ見える。
ここからは見えないが、彼の晴れやかな顔が浮かぶようだ。
「はっはっは! 登る事に関しちゃあ負けねーぞ」
と思ってたらプラシオが樹洞の中から身を乗り出してきた。ひらりと敬礼みたいに手を振ってイタズラっぽい笑みを向けて来る。悔しくてちょっとむくれた。
「もう———アズリィルが話しかけるから・・・」
≪ヒトのせいにするでないわ≫
思わずぼやいた一言にレスが返ってきた。心なしか笑っているように聞こえる。
なんか、余計にムッとしてきたぞ。
このおしゃべり天使め。
『勝敗が決まったんなら急いで登ろうとしないようになぁ?』
「うぉあ!?」
不意にデュモンの声がして声のした右手を上げると、そこには逆さまに張り付いたガーゴイルゲッコーの姿があった。いつの間に。
そのヤモリがちょろりと動き、顔をこちらに向けて口をぱっくり開ける。
『お姫様と何か喋ってなかったか?』
そのデュモンの一言で我に返った。
傍から見たら僕、長々と独り言喋ってる痛いヒトじゃん!
アズリィルに今度
「いやその アズリィルが———」
≪その辺の苔レクチャーしていたとでも言っておけ≫
「———苔ニ興味持ッテクレタミタイデ苔れくちゃーシテタ」
上擦った。
アヤシイヒトになってない……よな?
『ふーん? まぁ仲が良くていいが———さっきから風が強くて雑音が入ってるからなぁ。気ィ付けて登れよ』
そう言ってヤモリはちょろちょろと樹を降りていった。
ほうっと胸を撫で下ろす。
けど・・・風? そんなに強いかな?
今日は天気も良いし、この高度にしてはむしろ穏やかな方だと思うけど———
≪軽く妨害しておいたぞ≫
「・・・・・・」
———電子機器との相性 良すぎだろ。
なんだろう、この罪悪感。
特に悪い事してない筈なのに。
なんかどっと疲れた気がする。
とりあえず 心の中でデュモンに謝った。
ふう、と一息吐いて残り1M半を登りきる。
プラシオは———いた。3歩進んだ辺りでこっちを背に突っ立っていた。
その姿に内心「あれっ?」と首を傾げる。普段なら先に登ったような時は手を貸してくれるのに。珍しいな。
「プラシオ?」
「・・・・・・」
返事も無い。
本当に珍しい。
樹洞の端に手を掛け、よいしょと最後はほぼ腕の力で一息に登る。膝や腹を叩いてここに来るまでに装備に付いた木端などを払った。
そうして振り返る。
目の前には広大な原始惑星の景色が広がっていた。
登りきったヒトだけが貰えるご褒美だ。
ここが地球なら一体どのくらいの生き物が棲息しているだろうか。残念ながらこの
そんな現実も忘れられるような高揚感。
ここまで登ってきたという達成感も相まってゆるゆると頬が緩んでいく。
最高だよこの景色。
来れて良かった。
さっきまでの微妙な気分まで吹き飛んでいく———
≪喜ぶのはその辺にしておけ、赫いの≫
いつになく真剣なアズリィルの声が響く。
何だよもう。
せっかく良い気分だったのに。ノリ悪いなぁ。
「なんだ これ・・・」
———プラシオまで・・・。
頭を掻きつつ渋々プラシオの隣に並ぶ。
「どうしたん だ・・・」
かけた声は
彼の視線を追いかけて。
僕もまた 樹洞の奥を見つめたまま———その場で立ち尽くした。
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