Report.20: 嵐を喚ぶもの




 翌日。

 調査班の研修が終わったその後で、総隊長を始め各部門の長たちによる公開会議が開かれる事になった。


 各団長は整備部門のラグナを除いた全員がヒューマノイドだ。だから会議も電空ではなくVR空間で行われる。この空間内へシリカノイドは入れないから、出席する長メンバー唯一のシリカノイドであるラグナは、スクリーンで参加していた。いつもはヒューマノイドがスクリーンに映る側だけど、今回ばかりはその逆———なんだか新鮮な光景だ。

 僕ら一般隊員はその会議自体への参加はできないけど、電空や部屋のスクリーンを通して傍聴できるようになっていた。傍聴人数がスクリーンの左下にカウント表示されてる。その数字によれば、探査隊のほぼ全員がこの会議を見ているようだった。


 もちろんその数のうちには、部屋のスクリーンで傍聴する僕とアズリィルも(実際のカウントは一人だけど)入っている。


 それにしてもこのVR空間、完全にザ・デジタル空間って感じだなぁ。服装がリアルだから余計にヒトが宙に浮いて見える。電空で例えるなら階層の黒レイヤー・ブラックが一番近い感じかな。青いからレイヤー・ブルー的な? 青系モザイクのような電子空間を時折飛び交う翠氷雪の色アイスグリーンが流星みたいでかっこいい。


「じゃあ早速私から———第一・第四調査班が遭遇した怪物の話から始めようか」

 そう切り出したのは、4つの調査班をまとめる調査部長バーネス・RL.リサーチャーズリーダージョゼフさん。植物学者だ。同じ植物科学でも僕とこのヒトでは扱う分野に若干ズレがある。当然大先輩だ。任務で得たデータに纏わる意見を交わす機会を待ち遠しく思っていた相手だけど、まさかこんな議題で注目する事になるなんて。でも古の冒険考古学映画みたいな格好してるのは何でだろう。


 その空間の中央部。ジョゼフさんたちがぐるりと囲むその足元で、大きな円を描くように輪郭が形成された。

 光の加減でくるくる回転しているように見えるリングの中に映し出されたのは、昨日僕らが森で遭遇した食虫植物セファロタスと、巨大後家蜘蛛ラトロデクタスだった。

 セファロタスのには遭遇時だけじゃなく共喰いシーンまで入ってる。一方のラトロデクタスは岩場での映像だから遭遇時の物だろう。岩場としか聞いてなかったから平地なのかなと思ってたけど、実際は崖沿いのけっこう起伏がある地形だったみたいだ。そこを縦横無尽に回避する地質班……———うーん、プラシオたちは立体機動が巧いなぁ。

 次いで、それぞれの映像の隣に写真資料が表示された。一見怪物たちの画像写真に見えるが、表示された写真には定規も写り込んでいる。どちらも大体10cmほどで画面の外へ伸びてしまっていた。一緒に写ってる背景も馴染みのある物で———つまりこれらは地球にいる通常のセファロタスとラトロデクタスと言う事。こうして並べられるといかに怪物たちが規格外のサイズだったか判る。


「見ての通り、姿形こそ地球のものと変わらないけど、サイズが馬鹿でかいね。8人はよく頑張った———で」


 映像が切り替わる。食虫植物が巨大蜘蛛に襲い掛かる———捕喰シーンだ。

「うへぇ……何度見てもヤバいシーンだねぇ」

「確かにな」

 ノーマン衛生班長が率直な感想を述べ、対角線上にいるハロルド防衛部隊長が同意する。クローディアの涼しげな顔にすら眉間に皺が作られていた。

 そうして蠢く蜘蛛脚を生やした食虫植物。見た目は植物で動きは蜘蛛なナニカが爆誕した。昨日は恐怖が優ってそれ所じゃ無かったけど、第三者視点でこうして見ると鳥肌物だ。マジで気持ち悪い。


「これが喰い合った後。まあ便宜上こいつは『合成獣キメラΣシグマ』とでも呼ぼうか。蜘蛛脚が生えたが、ベースは植物のままだろうね。自由に動き回るのは植物の概念から逸脱している。そこが興味深い所だけど———」


 僕はスクリーンの前で密かにガッツポーズした。

 アズリィルの視線が冷たくなった。


 嬉々として見解を述べるジョゼフの声をBGMに、場面は次の段階フェーズへ。奪われそうになった『殻』を再び中央の主株部分に納めた『合成獣シグマ』が、体の色と形を変化させ、怒りで暴れ出した場面へと移り変わる。

 同時に僕が失敗したシーンでもある訳で———ううん……居た堪れないなぁ。

 一瞬だけ映った僕とシグマの綱引きに、僕はもぞもぞとソファに座り直した。


 ≪しかし、途中であの様に怒り出したのは別の要因かもしれんの≫

 怒り狂って暴れる『合成獣』の様子を眺めてアズリィルはふむと唸った。

 ———そうなの?

 ≪おそらく取り込んだあの大蜘蛛の中に入っておったのは『憤怒イーラの短剣』と言った所じゃろうが……≫

 ———何か気になるのか?

 歯切れの悪い幼女に目を向ける。

 幼女らしからぬ難しい顔。幾分か慣れたし、今は金色がこちらを向いていないからまだマシだけど、こう言う顔をされるとどうしてもソワソワしてしまうなぁ。

 ≪取り込んだのなら『核』も『殻』も2つ無ければおかしい。あっちの大蜘蛛は『供物』とは違った要因で動いておったかもしれんの。『暴食グーラ』が喰ってしまった故もはや確かめようも無いが≫

 何それ怖い。

 原因がわからない危険怖い。


 やっぱりソワソワする。


 そこでジョゼフさんの咳払いが聞こえてきた。スクリーンに目を戻すと、クローディアの視線が何だか冷たい。ノーマンやラグナの『やれやれ』と言った生温かな視線が、防衛部門の団長たちのげんなりした視線が、ジョセフさんに突き刺さっていた。心なしか当人の顔も赤い。

 ひょっとしてヒートアップしてたのか。しまったなぁ何を話してたんだろう。後で再生しよう。


「あー…… 問題はこっち———第二班が遭遇した方だ」


 再び映像が切り替わった。

 昏い水の中。

 大きな岩がゴロゴロ転がり、複雑に入り組んだ海底の渓谷だった。


 渓谷の奥は仄白く霞んで見えない。

 映像にチラつく泡。


 その奥の闇から突如、大きく開けられた巨大な口が出現した。

 息を呑む音。

 乱れる映像。


 此方を飲み込まんばかりの勢いのまま、凶悪な牙とともに落ちて来る顎門あぎと

 水泡で画面が白くなる。

 その画面に走る衝撃。

 映像はさらに乱れていく。

 僕の拳はいつの間にか強く握り込まれていた。


 ようやく戻ってきた正常な映像。

 振り返って映し出された———巨大かつ長大な海獣。


 ———アズリィル、あれって……

 ≪これは判りやすい。リヴァイアサンの怪物じゃな≫


 時折差すように光る体表が、まるで太刀魚のような光沢を帯びる。

 荒い映像からだが、その目測は全長およそ30Mは優に超え———まさに空想上の海龍のようだ。


「まあ見ての通り。さっきの『合成獣・Σ』とは比べるまでも無いが、かなり大きい。それこそ御伽話に登場しそうな怪物だね」

 スクリーンの下には仮称として『海獣・Λラムダ』と表示されている。


 と、海中を駆ける『ラムダ』の向こうに、更に巨大なモノがスクリーンに映し出された。映像が一時停止する。


「これは……!」

 ガスパール総隊長が身を乗り出した。きっと僕を含めこの会議をリアタイしてるヒトたちも同じだろう———それほどの衝撃。


 映し出されたのは巨大な建造物だった。


 素人目にも自然に形成された物ではない事が明確に判る、加工された巨石の塊。

 一体どれ程の年月を海中で過ごしたのか。その表面には海藻が、藤壺らしき物が付着し、海水に曝されながらもなお かつての栄華を損なっていない。


 海底に眠る太古の遺跡だ。


 ここで解説者がジョゼフさんから守衛部長のヒトへと入れ替わる。確か———ああ、タレット・SL.セキュリティーズリーダールークだ。最初に見た時も思ったけど、褐色の丸顔をした銀髪壮年の彼は、サングラスがよく似合いそうなヒトだった。このVR空間では赤いアロハを着ているものだから余計に———って何でアロハ?


「此方を見ていただきたい。我が測量班が撮影した、同地点上空からのドローン・アイ映像だ」

 海底遺跡の映像の上に、新たなスクリーンが出現した。でも何も映っていない。紺碧の青に時折白い波飛沫が見え隠れする———ただの海面を撮影したものに見えた。


「見ての通り何も映っておらん。当然、事前の衛生写真でも同様に———海に潜って初めてコレは確認できるようになるものらしい。映像からの解析も上手くいっていない。テキーラ嬢———貴殿の方のアレの解析はどのように?」


 話を振られたラグナが頷くと、彼女の映ったスクリーンの後ろに新たなスクリーンに一枚の画像が映し出された。彼女の映ったスクリーンが少し小さくなって、画像の右下あたりに移動する。

 映し出されたのは、一度割れた物を集めて円く並べた何かの破片のようだった。ほとんど中央から放射状に割れたのだろう。中心部の破片ほど細かく砂のようだ。逆に外縁部は元の概形がどうだったか面影を残している。


『で、これが怪物のお腹から出て来た物の再現レプリカ』

 すると壊れた皿はみるみる修復されて元の形を取り戻した。中央には薄羽の生えたやけに目の大きく不気味な蟲の図柄が描かれ、それを囲むように精緻な模様が入っている。側に記された定規に依れば、直径はおよそ9cmか。形は平らで、中央が湾曲していて———まさしく『皿』だった。


『見た目だけは陶器の皿に見えるけど、謎の物質が放出されてたみたい。残滓だけが残ってるみたいなんだけど、その微妙な残りカスのせいで全ての解析がストップしてる』

「やはりそちらもか・・・」

 ラグナの解説にルーク守衛部長が肩を落とした。


『それからこれ。今改めて見て気付いたんだけど———ここの部分』

 足元の円いスクリーンの映像が巻き戻され、再び止まる。『海獣ラムダ』の首を一回りするようにレイヤーで強調され、その部分が拡大表示された。解像度が上がっていく。


『もしかして、同じ物質でできた物じゃないかな』


 焦点が結ばれるように姿を見せたのは、生物の地肌とは違う硬質の首輪だった。


「表に出てる分判りやすいが、厄介だな」

 護衛団長のクロス・GL.ガードリーダーウィリアムさん。デュモンやアウインたちのボス———なんだけども……何でこの人はセーラー服? ちょっと着膨れて見えるんですけど。海軍とかが出身なのかなぁ。


 いや服装に気を取られてる場合じゃないぞ。

 ちょっと信じ難い物がクローズアップされてる気がする。具体的には隣の幼女が関わってきそうな感じの。

 僕は恐る恐る傍らの幼女へと目を落とした。


 ———ねえアレって……。

 ≪うむ。あれが『嫉妬インヴィディアの首輪』じゃ≫

 あっさり頷かれちょっぴり息が詰まる。

 いやいやいやいや。

 ———デカくない?

 ≪『嫉妬』は影響力の脆弱さと引き換えに強力な破壊力を持っておる。ぬしらが倒した『暴食』とはちょうど真逆にの。サイズはまあ装着しておるのがアレじゃからのう———ピッタリになるよう肥大したんじゃな≫

 ———うへぇ・・・。

 思わず呻いた。

 いやいや無理じゃない?

 アレ壊すとか無理じゃない?

 と言うか『暴食』ってあの食虫植物セファロタスだったじゃんか。

 あれより破壊力あるって事? 怖っ。


 そこでスッと指が挙がる。

 この中で唯一現実リアルとほぼ変わらないいつもの服装———パーカーの上に白衣を着て着膨れしたドクターことエドワード・Dr.ノーマンだった。

「エドワード衛生班長」

 クローディアに当てられ、ノーマンがガスパール総隊長へと向き直る。

「本星との連絡は取れるようになったのかい、ヴィルヘルム総隊長?」


 僕らが調査に訪れているこのエデン星系は、恒星が発する特殊な電磁波周期によって守られていた。他にも理由はあるみたいだけど、その電磁波周期がエデン並びに星系惑星群全体に影響を及ぼし、外部からの調査を困難なものとしている———最初のブリーフィングで教えられたっけ。

 お陰でこうして発見後間もない初期段階からの有人調査が実行に移されたとかも言ってたなぁ。あの時は誰の手も入っていない未知の惑星って事でテンション上がったものだけど。今にして思えば相場より高給だったのも頷ける。超危険任務じゃんこれ。


 ガズパール総隊長の口が重く開かれた。

「うむ、完全に……とはやはり言い難いが、日に数十分程度の情報のやり取りは行えるようになっている。今回の件も報告済みだ———増援の要請もな」

 ところで、何でガスパール総隊長は着物なの、紋付袴なの似合ってるけど。雰囲気的に何か『侍』って言うより『The SA・MU・RA・I』って感じなんだけど。

 その右手側のハロルド防衛団長が何でジャージなのかなんて突っ込まないぞ。体育教師って奴だろ。笛まで下げて。


「予定では約30名。うち数名は調査員だ」

「この状況で調査も何もないと思うけどね」

「怪物の腹の中から出てきた物を調べるのに呼ぶんだ。それに———」

「あの遺跡かぁ・・・」

 言葉を詰まらせた総隊長。続くノーマンが椅子の背にもたれるように仰け反った。いつか見たみたいに口元に手を当て無精髭を撫でている。


 重くなる空気に「補足を」とルーク守衛部長が指を挙げた。

「今の所この『ラムダ』はこの建造物らしき所から一定以上離れようとしていない」

「そのようだな。現地で負傷した者たちも、そのお陰で撤退出来たと言っていた」

「成る程。じゃあアレはあの場所を寝ぐらにしてるのかな? あるいは———」

 ルーク、ウィリアム、ジョゼフの3人が『海獣・Λラムダ』への対策・分析を考え始めるのに対し。


「だとしても危険だと思うけどねえ。この探索自体打ち切る事も視野に入れた方が良いと思うよ?」

 反対・中止の提案をするノーマン。ラグナも頷いているのでそちら側だろう。

 未だこの時点で旗幟を明確に示していないのは3人。ガスパール総隊長、クローディア副隊長、ハロルド防衛部隊長の3人だ。三対二の舌戦の行方を、3人が一歩引いて見守っている。

 そしてこの会議に出席しているのは8人———偶数人数だ。だから多数決で同数になった場合、総隊長の支持する方に決まる。


 護衛団長のウィリアムが力強く拳を振り上げた。

「しかし偶然とはいえこちらの『合成獣シグマ』は討伐できたのだ。ならばアレとて不可能ではない。でなければ一時的にでもアレを排除する方法を考えたって良い!」

「そうは言うが過去の遭遇例から見てもアレはかなりの危険クラスだ。あんな怪物に物怖じしない者など軍人連中でも中々おらんぞ。それこそ非戦闘員にそんな事が出来ると言うのか」

 ここで意外にもハロルドが反対に回った。猛虎のような鋭い双眸は、到着初日の豪快な姿を霞ませる。


 これで 三対三だ。


 会議を流れる空気が時を止めた。

 誰もが口を噤んだ。

 スクリーン越しでも伝わって来る緊張。


 その緊張の中、ジョゼフが人差し指を掲げた。


「———いや、考古学系シリカノイドになら一人心当たりがある」


 その一言で空気が変わる。

 反対のヒトたちの間に一拍の隙が作られた。

「彼女なら経験は浅いが、危険な場所での任務遂行能力の見込みがあると思う———総隊長。増援部隊の一人として、是非こちらに回してもらえないか掛け合ってみてほしい」

 ジョゼフさんが総隊長に向き直る。


 訪れる沈黙。

 やけに長い。


 僕も総隊長の口元に注目した。


 だってまだ何も始まってない。

 そりゃあ、ドクターの言う通り危険もあるけど。あったけどだ。


 昨日の戦闘を思い返す。


 僕らの安全を最優先に考え心配してくれたアウイン。

 戦場を的確に俯瞰して指示を飛ばしたサルド。

 チャラいけど最後に極める所はしっかり極めたレイン。

 そしてドローン3体も同時に操って稼働限界ギリギリまで頑張ってくれたデュモン。


 それにアズリィルだっている。


 きっと水質班を護ったヒトたちだって活躍した筈なんだ。

 何とかならない訳が無い。

 不可能だって、きっと可能になる。



「・・・分かった」

 ガスパール総隊長が頷いた。

 僕はほうっと肩の力が抜けていくのを感じた。

「今回の件、本星に仔細報告しよう。増援も予定通り要請する———だがエドワード衛生班長の言う通り、向こうの判断によっては探索を打ち切る可能性も各自心に留めておいてくれ」


 総隊長の判断は賛成とも反対とも取れるものだった。一団の長とは言え、続行も中止も一存では決められないものらしい。


「増援の到着時期は?」

「内訳はどの様に?」

 ハロルドとウィリアムの問いに、総隊長はクローディアへ頷いた。頷き返した彼女が立ち上がる。

「調査班は水質班一名、発掘班二名の計三名。戦闘やそれによる怪我人も増えるでしょうから、先程総隊長が仰られた通り、おそらく30名はこちらにやって来られる手筈になるでしょう。到着予定は少なくとも約2週間後です」

 総隊長が決定を下した今、クローディアが今後の方針を事務的に宣言する。

「リストが届き次第各隊員へメールしておきます。傍聴の隊員の皆様は各自で確認を行っておいてください。なお調査班の方々は、今後の調査予定希望報告書の提出をお願いいたします」

 すべてを話し終えたクローディアが、右隣のガスパール総隊長へ向いて黙礼する。彼はそれに応えるように頷くと、改めて会議に参加する面々に向き直った。

 ラグナの映るスクリーンを残し、すべての映像が消える。


「ではこの件はここまでにしよう。当面の行動方針だが———」


 僕はスクリーンを閉じた。

 閉じる寸前に、ただの品の良いデキる秘書風スーツ姿と思っていたクローディアの耳が、長く尖っていた事に気付いて二度見したのは余談だ。


   # # #


 会議が終わって、僕は電空図書館で今後の調査予定希望報告書を転送した。今後の調査に必要そうなソフトも忘れずにスーツの制御端末コンソール・ディスクに追加しておく。

 そうしてようやく あと僅かとなったバグの修正に取り掛かかる事にした。

 バグリストを開く。あれだけあったリストも、解消済みを示すチェックマークで占められてきて———作業の終わりが近付いてきている時の高揚感でゆるゆると頬が緩む。


 さて、と動き出す前にふと顔を上げると、アズリィルが例の蘇芳色のビーズクッションに座って幾つものモニターやスクリーンを展開しているのが目に入ってきた———もうこの少女が勝手に何かやってても驚くものか。

 キリも良かったので休憩がてら近寄ってみる。


「何見てるの?」

「増援部隊の名簿じゃ」

「ちょっ また勝手に・・・」

 サラッと告げられた内容につい動揺する。くっ もう驚かないと思ったのに———どういう事だよ。


「僕まだ見てないんだけど?」

「興味深い名があったぞ」

 彼女は開いていたモニターを縮小させて脇へ寄せ、よく見れば大量に開いている小モニターを整列させ始めた。使い熟しすぎだよまったくもう・・・。

「アズリィルって人間の知り合いいたのか?」

「そんなものおるか。こやつじゃ」

 アズリィルが整列させたモニターの一つを拡大させる。内心の複雑な気持ちを無理矢理切り替え、表示された物に目を落とした。


 一見普通のシリカノイドのプロフィールだ。おしゃれに散らした銀髪ショートの女性が写っている———が、一体何がこの奔放天使の気を引いたのか判らない。

 判らないのでそのままその彼女の名前を口にした。


「『カニーニャ・ミルク』? 誰それ」

勝色かちいろ狼が話しておったろう。資料も出てきた」

 何の事か判らなくて さらに首を傾げる。「貴様が倒れた時の話じゃ」と言われ、ようやくデュモンに負ぶわれながら聞いた話を思い出した。それくらいあの時はぼんやりしていた。稼働限界が近くなると記憶力も低下するらしい。


 アズリィルがモニターを操作して資料映像がスクリーンに投影される。

 あの会議の後、地球とネットが解禁になった事で、時間に限りはあるものの情報を外部から入手できるようになっていた。これもその一つだろう。


 映されたのはフェンシングの試合映像だった。


 コーチらしき女性に背中を押され、兜を抱えて前に出るくしゃくしゃの短い銀髪の女性が映し出される。歳は僕と同じくらい———いや、同じ歳なのか。選手プロフィールが出てきた。


 コートへ上がり礼をして、兜を被り相手選手と対峙する。

 スタートの合図の瞬間、電光石火で勝負は決まった。

 続くセットも同様だ。


 兜を脱いだ、試合直後。そんな事は露とも感じさせない、涼しい顔の女性がインタビューに応える姿が映っている。


「大層な二つ名じゃのう」

 次いで映し出された映像を見て、アズリィルが面白そうに笑みを浮かべる。

 テロップに流れる彼女を飾る言葉は確かに、いつかデュモンが讃えた まさにそれだった。


「刺突剣の使い手———『銀糸の女王ミルキー・クイーン』」



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