File.A: The Angel was descended
Report.21: 巡る縁 前編
あの
一先ずあの怪物達は、複数人数で連携を取れば対処ができるとして、未調査区域の探索は最低でも4人———二組以上で組んで行う事が絶対条件とする辞令が出された。少なくともそれくらいの人数がいれば対処は可能と判断されたのだった。
その辺は僕らが(秘密裏にアズリィルの助けもあったけど)合成獣を倒せた事が大きい。人数が多ければ討伐でも撤退でも選択肢が選べて、生存率が上がるという訳だ。
それにあの怪物たちも毎回出現する訳じゃない。最初の数日で判った事だ。だから本来の目的であるこの未開惑星の調査も、当初の予定より遅れは出ているものの、さらに遠方へと足を伸ばす事ができている。出現当初は暗く沈みがちだった探査隊の雰囲気は、今ではすっかり活気を取り戻して見えた。
そんな景気の良い雰囲気にありながら、僕は暇を持て余している。
何故なら 誰からも誘いの声が掛からないから。
いや……僕からも誘いに行ったよ? 気象班とか、水質班とかの先輩達にさ。でもどのヒトも既に予定がいっぱいで———プラシオさえ忙しくしている。
本来なら最初の会議の後は単独調査もできる筈だったのに……。
くるくるとフォークで茜色のスパゲティを絡め取る。
今日のメニューはトマトと
僕は傍に開いたままのエア・モニターのページを右から左へタップした。次の採取サンプルが表示される。昨日見つけた苔類のデータだ。それを見ながら一口サイズに巻き上げたパスタを口に運ぶ。トマトの酸味と巻き込んだ豚バラ肉の塩気、そこにワンテンポ遅れて込んで来るタバスコの辛味が、重くなりがちなメンタルを持ち直してくれる。
この苔は基地施設のために確保された裏の水場で見つけたものだった。基地の目と鼻の先にあった。これも、さっきまで見ていた水草類も。基地から見える範囲なら探索許可が降りている———その範囲なら基地に詰める誰かがすぐに駆け付けられるって事で。おかげで全く暇って訳じゃないのは不幸中の幸いかなぁ。
モニターをもう一度タップする。
バネを弾いた時のようにブルンと元に戻った。
今のが最後のデータだった。
うんいや……まあ、確かにその辺まるっと新種なんだけれども———そろそろそれも調べ尽くし始めてて限界が近い。と言うか限界だよもう。
あー溜め息出る……。
「せめてあと1kmくらい足伸ばせれば森林地帯に入れるのに……」
「およ、レッ君じゃん。どったのー?」
項垂れている所にのんびりとした声が掛かってハッと顔を上げ———飛び込んできた光景にドン引いた。
「ラ、ラグナさん、その量は……?」
整備部長テキーラ・ラグナ嬢の盆に、僕のと同じ筈のナポリタンが大皿に、しかも具材たっぷりで山となっていた。普通の量って何だっけ?
しかも同じ盆はもう二つあり、それぞれ他の選択メニューでもあるアスパラガスと蒸し鶏のクリームチーズパスタと、マッシュルームとほうれん草の鰹節香る和風パスタが載っている。最後のお盆には常識的にポテトサラダの小鉢とスープが載ってるけど———量が量なだけにとてもヘルシーとは言い難い。そしてこのスープはおかわり自由である。あっスープ被ってるなぁ。まあ後の二種類はトマトと卵のコンソメスープか、あっさり塩仕立てのワカメと蛤のお吸い物だ。がっつり食べたいなら無難な選択かもしれない。
「ラグナでいいのに〜」
いやそこ今は無視していいのでは。
それにしても凄いバランス感覚だ。両腕に乗ったお盆を鼻歌混じりに器用にテーブルへと並べていく様は、さながら熟練の
「ほら、しばらく忙しかったじゃない? 三日後には追加の部隊が到着するって言うし、ひと息吐きたいって言うか———今のうちにいっぱい食べたいなぁ〜って」
そう言う彼女は初日・二日目に会った頃と比べて確かに少しやつれて見えた。
そう言えば と、ラグナ率いる整備部は、仕事量が爆発的に増えた話を思い出す。
戦闘職の装備強化、施設防衛機構の増設はもちろん、僕ら調査班の
この辺はあの日行われた最初の研修で、この星の大気は地球とほとんど変わらないと発表された事も影響している。気象班の成果だ。なんたってバックパックに積んでいた生命維持の為のリソースを防護に全部回せるんだから。
さらに今回の任務に参加しているシリカノイドは全員稼働時間を延ばされた。ちょうど倍の72時間———まあそれでも怪物と遭遇してシステムをフル稼働させると、あっという間に稼働限界は来るみたいだけど。来るみたいだけどっ———遠出しないから伝聞だよもう……。
まあそんな感じなので、超多忙だろう彼女の盆の上のメニューが増えるのは必然。それは解る。でもさぁ「ホッとしたらなんだかお腹すいちゃってね〜」なんて言ってもいるけど、普段少食のヒトがいきなりこんな量 食べられる訳がない。普段の量も推して知るべしだ。
「あっそうだ! アーちゃんのポッド出来たよ〜」
「えっ・・・!?」
そのラグナの嬉しい一言で顔を上げた僕の目に、瞬く間に空となった皿が飛び込んできた。手品か。そのペースだとすぐおかわりに立ちそうだ。僕はようやく ポテサラの小鉢を空にした所なのに。
ポッドの増設は、バックパックの改良をお願いしに行った時に、話の流れで決まった事だ。色々ありすぎて記憶の彼方だった。
けれどその後———あれから毎朝ポッドで起床する度に、幼女から蹴り出されてた僕としては、思わずフォークを握り込むくらい喜ばしい報せだ。何せ僕がまだ微睡んでいる所に「目覚ましです」と言わんばかりの腹蹴りが飛んでくる。トラウマにさせる気じゃないかと思う程に。電空恐怖症でポッドに入れなくなるって言うのは習ったけど、僕は朝起きるのが嫌でポッドに入れなくなりそうだ。どういう事だよ。
そもそも僕が奥の方に入れば目覚まし天使が先に起きても蹴り転がされるような事態にはならないんだろうけど———いや中身がアレでも見た目は幼女だからなんか———入り口側にしたら落としそうな気がして逆に落ち着かない。
「ずっと後回しにしててゴメンねぇ〜。今朝ベンに作業頼んだから、もう終わってると思うよ〜。今日からゆっくり休んでね〜」
ベン———ベンジャミンさんか。
改良をお願いしに行った日にすれ違った、整備部長ラグナの右腕。
———でもあのヒト、確か倉庫や食料プラントの管理のヒトじゃ……?
そこまで考えて整備部の今の作業量を思い出し、それだけ人手が足りないんだと考え直す。ほとんど
僕はお礼を言うと「それ、後で本人に言ったげてよ〜」とラグナらしい朗らかな笑顔が返ってきた。彼女がスープに口をつけるのにつられて僕も残りを啜る。
「で。そのアーちゃんは、今日は誰と一緒?」
三つ目の大皿に彼女が手を付け始めた頃、もきゅもきゅと刻み海苔が絡んだパスタを飲み込んでからラグナが再び顔を上げた。美味しそうに食べるなぁ。もうすぐ食べ終わる僕のトマトソースのも美味しいけど、『そっちにすれば良かったかな』なんて気になっちゃうよ。フォークを咥えて「足りないかなぁ。でもなぁ……」なんて独り言は聞いていない。
アズリィルが誰と一緒か。
最初の頃から食事時はマリオンと一緒にいる幼女は今———調査班の他の誰かと一緒にいる。
いや調査班ならまだ良いか。何故なら調査班どころか守衛部は陸の見張り———陸哨班のヒトにくっついている事まであったもの。最初に見た時は流石に目を剥いた。基地の護り大丈夫?
何故こんな事になってるかって理由は簡単。バックパックの改良ついでに『アズリィルを背負えるようにしてほしい』なんて言う依頼まであったらしい。ついでとは言え忙しいヒトたちに何頼んでんのみんな。
「今日は確か———マリオンと一緒デス……」
悲しい事に、マリオンまでその一人である。
いやでも分からなくも無いよ?シリカノイドには馴染みの無い歳頃の子どもだもんね。幼女を中心に人集りが出来るのなんて、今やすっかり食事時の風物詩だもの。僕は中身を知ってるから絶対に混ざらないけど。
「あーあの子かぁ。アーちゃんの事めっぽう気に入ってるもんねぇ」
ラグナの言う通り確かにまあマリオンが嬉しそうだし、アズリィルも「好都合じゃ」って満更でもなさそうだし、僕は幼女から離れられるから一石二鳥どころか三鳥ではあるけれど———協力してくれって言われたのは僕なのに……ちょっと複雑だ。
くるくるとパスタを捻っているとラグナがフフッと小さく笑うのが聞こえた。
「なかなか仲良くなったじゃない」
「いや仲良くは無いです」
間髪入れず訂正する。
初日の頃に比べれば確かに柔らかくはなったけど、朝はやっぱり毎回ポッドから蹴り転がされるし。電空の修正は横どころか頭に口を出してくるし。相変わらずマリオンと仲良さげだし。
「そーお? ちょっと寂しそうに見えるけど」
「それは気のせい」
「『ボクが面倒見てるのに!』って顔してる」
「———ッ 絶対違うからっ」
当たらずとも遠からず。ラグナ怖い。
「そう言う事にしておくよ〜」
カラカラと笑う姿にそれ以上の抵抗を止め閉口する。ナニコレ超部が悪い。何を言っても敵いそうにない。掌で転がされるってこう言う事かぁ。
そこで視界の端に動くモノが
何だろうとそちらへ目を向けると、食堂の入り口の自動扉のガラスの向こうで、ひらひらと手を振るプラシオを見つけた。
何で食堂に入って来ないのかと考えて直ぐに、戻って来たばかりだと腑に落ちる。
だから食堂に入るには、少なくとも一度 自室やシャワールームなどで体を清めるように徹底されているのだ———そうしないと扉も開かない仕組みになってる。
「およ、帰ってきたトコみたいだね〜」
僕の視線を追いかけたのか、ラグナがのんびりとプラシオたちに向けて手を振った。
僕は一気に残りを掻き込んで咀嚼し、飲み込んだ。
落ち込んでてもそうじゃなくても、ご飯はいつだって美味しい。今日も自動調理システムは快調のようだ。あれから一度も誰かが調理場に立つ事も無い。
立ち上がってお盆を返却口へ持って行こうとして———ふと、もう食べ終わりそうなラグナを見る。不思議そうな前髪がこちらを向いた。
「ごちそうさま」
前髪に隠れた筈の両目が丸くなったのが分かった。
「おそまつさま〜」
それも束の間。すぐにパァッと明るく笑うラグナ。彼女のこういうふんわりとした所が、整備部のヒトたちに慕われてるんだろうなぁ。
その表情をまともに見るのが何だか照れ臭くて、顔を隠すようにその場を離れた。
耳は熱かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます