Report.18: 嵐を超えて 前編



 ドクンッ


 空気が波打つ。

 まるで鼓動だ。

 徐々に早く波打つ振動。

 食虫植物セファロタスの巨体が一体、また一体ともぞもぞ動き出す。

 まるで内側からでこぼこと沸騰するように巨体表面が波打つ。

 正面側の唇のような縁のすぐ下が伸びるように膨らみ、腹を突き破るように細長い脚が突き出して来た。

 その数———8本。

 全て胴体側から足先へ、茄子紺色からぬらりとした萌黄色へ色変わりしている。捕食された後家蜘蛛ラトロデクタスのものにそっくりだ。


 蓋の蝶番を上にして、ザクンと脚が大地を突く。

 縫い付けられたように目が離せなくなった僕らの前で、次々に蜘蛛脚を生やしていくセファロタスの巨体。そして蜘蛛のように動き回る。


 こう言うナニカとナニカがミックスした怪物の事、本に載ってたぞ。

 確か———合成獣キメラ


 その合成獣の巨体がこちらを見つけた。

 誰とも言わず反対方向へ駆け出す僕ら。


「しっ 新種よ! 凄いわ! 私たち、新種の動物が生まれる瞬間に立ち会ったのよ!何て言う蜘蛛がいいかしら!?」

 マリオンが走りながら歓声を上げた。なんたってこの星に来て初めて見つかった動くモノだ。これまで動物どころか昆虫すら見つからなかった彼女にとって、今日だけで三件目の発見だろう。興奮するのが伝わってくる。

 だが僕は認める訳にいかない。

「いや食虫植物でしょ。あいつに付けるなら『セファロタス・ブラックウィドウ』だよ!」

「何言ってるの?ダメよ! あれはもはや動物よ!『ラトロデクタス・セファロタシス』よ!」

「いやいや譲らないよ? セファロタスが喰べてああなったんだからベースは植物でしょ!」

「余裕だな 生態班!?」

 プラシオからツッコミが飛んで来るが実際はいっぱいいっぱいだ。現実逃避以外の何物でもない。訓練でもこんな感じのやりとりを始めて、ポリゴン人形アウインに蹴っ飛ばされた。止せばいいのに訳が分からない事態に遭遇しすぎて、逆にテンションが上がってしまったのだった。


「はいはーい! 俺は・セロファンタジーがいいと思います!」

 そこに何故かレインが加わった。

 何を言ったのか一瞬分からなくてぽかんとする。レインも「あり?」と宙に踊らせた手が下がっていく———そこへ黒い塊がレインに体当たりして彼の長身をなぎ倒した。

 倒れ込みはするも流石は戦闘職。すぐに威勢良く起き上がる、が。

「んなにすん———」

 抗議はその人物に力づくで頭を押さえられ遮られた。


 その上を飛来する巨体。

 何かが千切れる音。

 苦悶の声にドキリと冷えた。


 やがてレインの向こうでのそりと起き上がり息吐く長身の男———デュモン。


「仕事中は そう言うの控えようなぁ」

 困ったように八の字に下がった眉尻。ゆっくりと立ち上がった彼は、再び銃を抱え直し、その向きをセファロタスへ向けた。

 腰を抜かして座り込んだまま呆然とそれを見送るレイン。顔色が真っ青だ。


「おい無事か」

 アウインの声が飛ぶ。片手に取り出したナイフで飛んできた蔓を切りつけた。

「平気です。肩のやつ持ってかれただけッスから」

 応えると同時に数発撃つデュモン。その自己申告通り、彼の黒鎧は左肩を覆っていた部分が無くなっていた。千切れる音はあれだったのか。見た目はともかく、そんな柔な素材じゃない筈だけど———実際に欠損した無残な断面を見るとゾッとする。


「どうするジュスト」

 拳銃を構え光線を撃ち込みながらサルドがアウインへ声をかけた。

 僕も、マリオンも、プラシオもカーネルさんも。皆各々彼らの動向を見守った。

 向こうでは狼が地上を動き回って食虫植物の産毛針を引き付け、猫が上下に跳び回って唸る槍の葉を翻弄し、力を取り戻した虎が吠えて巨体の征く手を阻む。レイン本人も復活したのか、デュモンと交互に牽制射撃を始めていた。

 戦場を睨むアウイン。苦虫を噛み潰したような表情。サルドと入れ替わりで撃ち込む牽制射撃。

「このまま基地まで連れ帰るのは不味い」

「同感だ」

 ピピピピとサルドが素早く腕の制御端末を操作する。彼のゴーグルに何やら模様が現れた。すると今度は耳の端末を操作して、ゴーグルの模様を次々と換えていく。無数の線と点で描かれたあれは———地図 か?


「近くに良いポイントがある。そこに誘導しよう———ラガー!」

「まだ何とか!」

 応えつつ数発撃ち込むデュモン。特にやりとりしてないのに一体何が『まだ何とか』なんだ。何で話が通ってるんだろう。全く解らない。


「よし、そのまま惹きつけろ———ラオは『フェリス』を引っ込めて護衛を続行! 以降はジュスト殿の指示を仰げ」

「了解ッス!」

 駄目押しの牽制後、レインが端末を操作する。するとヒラリと戦場から離脱したアモイトラが形を失って粒子状になり、瞬く間に彼の体に吸い込まれるように消えていった。それを見届ける事なく彼は掌に収まるサイズの小拳銃を取り出し、撃ちながら僕らの方へ駆けて来る。


 アウインが僕らへ向き直った。

「調査班の諸君は一旦樹上へ退避!キャンティ隊員並びにラガー隊員が奴を引き付ける!」

 そこでレインがこちらに合流し、入れ替わるように今度はサルドがデュモンの方へ駆け出した。アウインがレインへ目を合わせる。

「ラオ隊員は奴が二人を追いかけて去った後、基地まで護衛対象を先導してくれ。殿は———私が務める」

 ガシャコンと銃身のレバーをスライドさせ、菫青色ヴァイオレットブルーの瞳が頼もしく、不敵に微笑む。


「行きまッスよ お姉さんがた。俺に付いてきてくださいッス!」

 言うが早いかレインが小拳銃で頭上の枝を狙い撃った。

 白いワイヤーがどんどん伸び、枝に当たった小さな先端が4つに割れて鉤爪が飛び出した。鉤爪が枝に食い込み、その場所めがけてレインの体が飛んでいく。ワイヤー銃のようだ。


 それを追ってまずはマリオンが右拳銃アダムから同様のワイヤーを撃ち込んで樹上へ飛んでいった。その次は僕。鞭をしならせ適当な木の枝へ飛び付く。その勢いでどんどん上へ登る。その隣で地質班のプラシオとカーネルさんも、構えた端末から白いロープを射出して飛び上がった。

 前にプラシオが教えてくれた。アルファベットの『D』の字型のこの端末は、腰に備え付けた装具に繋がっていて、急峻な崖で自分の体を支える為のものだと。腰の装具が本体だから、端末を仕舞えばそのまま両手を自由にできるとか。こう言う高低差の移動はあっちの方が速い。

 それにここには樹高数メートルの木々の他に、ゴロゴロとした大岩も現れ始めている。こう言う岩場での移動は地質班の装備の方がやっぱり有利だ。

 表面を苔に覆われた岩場に、先程セファロタスと遭遇した時の事を嫌でも想起させられてドキリとする———この辺は大丈夫だよね?


 ピヒュンッ ピヒュンッ


 一際大きく聞こえた発砲音にハッと下を見れば、デュモンとサルドが身を隠しながら後退して行くのが見えた。ちょうど僕らが登った木や岩の下。川でもあったのか、崖崩れか。水の無い渓谷の入り口みたいな場所だ。

 その二人に続く、地上をチョロチョロと動き回る『マヌルネコ』と『オオカミ』。引き寄せられるように合成獣キメラが追いかけて行く。

 別方向へザクザクと移動しそうな個体がいれば、その前に立ち塞がり牙を剥く二匹。産毛針が発射前に光線で焼かれた———敵を好きに行動させない連携が繰り広げられる。


 合成獣の7つ目の巨体が足元を通過し、残す所は今や食虫植物の名残となった主株のみとなった頃———

 ≪ふむ。アレを御するのは彼奴らに任せられそうじゃな≫

 僕が登った木の下をもうすぐ通過しようという所で、アズリィルの声が聞こえた。


「アズリィルはあれが何か知ってるのか? 何の植物なんだ?」

 ≪植物から離れんか。『供物』の話じゃ≫

「そ、そうか……」

 ショッキングな事が起こって頭からすっぽ抜けてた。

 『殻』を守る『鎧』って言ってたっけ。


 ≪おそらくあれは———『暴食グーラの皿』≫

「皿?」

 ここに来て食器とはいかに。

 ≪このレベルの試練じゃと『供物』はだいたいあんな感じなのじゃ。其々の性質によって形が明確に決まっておるのは良いが、まあ見ての通り壊すには骨が折れる。あれは喰えば喰う程強大になるから『暴食』———いつ見ても判りやすいものじゃ≫


 喰えば喰うほど。

 咬み千切られた巨体を喰って数を増やしたのも。

 大蜘蛛を喰って自由に走り回れる脚を得たのも。

 すべて『供物』の能力だったらしい。

 あれを壊すって———


「もう既に骨が折れるレベルじゃないように見えるけど……」

 比喩表現じゃなく物理的に折られそうな凶悪さだ。打ち所次第じゃぽっくり殺られる。医療ポッドがあるとは言え、流石に即死じゃ助からない。


 ≪しかし、四次元の試練ならば妾も少しはやりやすい≫

「えっ?」


 グンと軽くなる背中。

 振り返り見えたのは———重力に従って落ちていく幼女の身体。


 足元の位置に迫り来る怪物キメラの『本体』。

 その真ん中めがけて幼女が落ちていく。


「アズリィル!?」

 伸ばした腕は———届かなかった。


 息が詰まる。

 落ちていく姿がまるでスローモーションだ。


 刹那、光の花弁が宙を舞った。


 幼女の背で光が円を描く。

 円からは4枚の翼が生え。

 金の頭上には円陣が回転を始める。


 幼い天使が顕れた。


 幼女がほとんど落下に近い速度で合成獣キメラの主株へ降り立った。滑空するように自然に滑り込んだからか、怪物はまだアズリィルの存在に気づいていないようだ。けれど飛び込んだ場所が場所なだけに、いつまでも気付かれない方がおかしい。

 しかしこちらの心配はどこ吹く風か。幼女はそのまま塔のようになった主株の、ヒダのように折り重なった葉の陰へ滑り込んで行ってしまった。


「アズリィル!」

 ≪心配せずとも、翼は貴様以外に見えておらんよ≫

 呑気な声が電子通信コールで届けられる。

 僕はカッとなった。

 アズリィルは 自分の状況認識がちょっとズレてると思う。


「そうじゃなくって!」

 僕は木から飛び降りた。すぐに伸びてきた蔓を逆に鞭を引っ掛けて勢いを利用し、アズリィルのいる場所へ着地する。後ろから誰かの悲鳴が聞こえたけど構うものか。


 遠くから見るよりも本体の主株は大きかった。ヒダの下には小さな物置小屋のような空間ができていて、柔毛のような湿り気のある白い毛がびっしり生えた網のような茎が脈打っていた。

「気持ち悪ッ!」

 悪態を吐きつつ茎を薙ぎ、幼女を抱え上げ———ようとして引っかかる。


 一体何事かと振り返ってみればアズリィルは、何やら細かな蔓で包まれ繋がれた塊を両手で握り込んでいた。

 直径わずか8cm程度。中央が緩く湾曲した円い円盤。

 そこに周囲よりもさらに細かい毛細血管に似た、脈打つ蔓が覆い隠すように絡まっている。

 蔓の表面にはうっすらと白い産毛。

 その産毛が刺さるのか、握り込んだ小さな両手にみるみる赫が滲んでいく———


「何やってんの!?」

 目を剥くとはこの事か。

 小さな塊を掴む手を外させようとして、脳天の声に心臓が跳ねた。


 ≪これを破壊しろ!≫



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