Report.15: 嵐の日の過ごし方




 あれは、地球を出立する一ヶ月程前。

 僕とマリオンは、日時を細かく指定された、とある機密システム用の空間へアクセスしていた。


「時間通りだな」

 出迎えてくれたのはデュモンだった。僕よりも頭半分くらい高い高身長。額の傷も相まって、当時の僕はちょっと怖いと感じていたと思う。


「えっと、ラガーさん。本日はよろしくお願いします」

 マリオンが綺麗に礼をする。僕も慌ててそれに続いた。この時はまだ顔合わせをしたばかりの頃で、お互いにぎこちなかった。

 でもそこは年上。デュモンは柔らかく対応してくれた。

「ああ敬語はいらないよ。あぁ…… ———ラキシー・マリオン殿、スコッチ・レッド殿だったかな」

「はい、私の事はどうぞマリオンとお呼びください」

「あ、えっと———じゃあ僕もレッドで」


 そうやって互いに軽く挨拶を交わし、改めて周囲を見渡した。

 初顔合わせの日に貰ったアクセスコードでやってきた場所。電空を渡るのと同じ要領で進入した機密システム空間。入るには誰かの招待が必要で、日時も細かく指定された。

 一体どんな所なんだろうと、指定時間直前までマリオンと二人で話していたのを覚えている。


 そこは一見 普通の電空だった。どこか熱帯の遺跡を思わせるような開けた場所。まるで広場のような。

 けれど随分グラフィックの精度が悪い。木や建物の形をそれっぽく作った所に、そう言う画像を伸ばして貼り付けたような———そうだ。ドット絵のグラフィックが初めて3Dに移行した頃の、所謂ポリゴン的な感じだ。


 それが招待されなければ入れない機密システム?

 何でこんな超レトロな所に呼び出されたんだ?


『揃ったようだな』

「ジュスト隊長」

 スクリーンが表示され、アウインが映し出された。写っている彼女はタンクトップ姿で、随分ラフな格好をしている。戦闘職らしい しなやかで逞しそうな肩周りの筋肉が見えた。


『まずは本日 この日に時間を取ってくれた事に感謝する。さっそく本題に移ろう———』

 するとスクリーンの隣に等身大のポリゴン人形が現れた。背景と同じくデコボコとした固そうな形。無理やり画像を貼り付けてそれっぽく見せている様は、現実リアルそのままの姿の僕たちと比べて冗談みたいな精度だ。


『本日行うのは、これから赴く惑星で想定される「危機を回避する為の訓練」だ』

 スクリーンのアウインが宣言する。

 ポリゴン人形の方は銃を携えているものの微動だにしない。


「でもジュストさんはヒューマノイドでしょう? 僕らはともかく、どうやって一緒に訓練するんですか? そのポリゴンじゃあ無理じゃないですか?」

 僕が質問すると、デュモンが何故か蛙が潰れたような声を出した。チラッとデュモンを見るが目を逸らされる。スクリーンのアウインは笑顔になった。あれっ笑う所?


『良い質問だな———ラガー隊員』

 するとポリゴン人形の人差し指が、ちょいちょいと上向きに手招きした。

 見た目によらず指がしっかり再現されている事に感動している僕らを余所に、再び蛙が潰れたような声を出したデュモンがのそのそとポリゴン人形に近づいていく———その人形の手の届く範囲に入った次の瞬間だった。


 目にも留まらぬ速さでデュモンが引っ繰り返っていた。

 地面に叩きつけられる音が嫌に響く。


『私はゲームが———大好きだ!』

 あまりの出来事に目を白黒させた僕とマリオンの前で、スクリーンのアウインが叫んだ。いや、何言ってんのこのヒト。


「———つまりここはヒューマノイドにとってはVRゲームの類って事だよ」

 デュモンが痛そうに頭を掻きながら復活した。丈夫だなこのヒト。


「ここはヒューマノイドが持つ技術を、シリカノイドに伝授する為の空間なのさ。ここでならジュスト殿も俺たちと一緒に戦闘訓練ができるんだよ」

 スクリーンの中のアウインが手に持ったコントローラーを振って見せてくれた。握れそうな突起が三ヶ所もある。真ん中にはスティック状の部品が付いていた。その他にもよく見えないけどボタンがいくつか———どうやって持つ物なんですかそれ?


『まだ出来たばかりでな。軍でも活用され始めて日が浅いシステムだ。惑星探査用に訓練ができるよう改定されたのもつい先日のテスト版だ。見ての通りグラフィックに回せる程の容量が足りていない———民間に降ろせるのは何時になるやら、な代物だな』

「当然だが、他言無用で頼むよ」


 ヒューマノイドがVR空間にアクセスする技術は結構昔からある。

 けれどヒューマノイドがシリカノイドの構築する電空に進入すると、微妙なタイムラグが生まれてしまっていた。

 微妙なズレも、積み重ねると大きなものになる。ほんの数分動き回るだけでそのズレは深刻な障害となり、やがて一切の操作を受け付けなくなってしまう問題———それが現在、ヒューマノイドがVR空間技術から電空技術に移行できない最大の障害だった。


 その障害を解決する手段の一つが、今いるポリゴン空間のような『映像の精度を犠牲にした空間』なのだろう。


 ———凄い所に招かれたなぁ……。


『訓練はできる時にできるだけやった方がいい。逃げるのにも反撃するにも「実際にどう行動するべきか?」知っているのと知らないのとでは大いに違ってくるだろう』

 コツコツとポリゴン人形が石畳を歩いていく。アウインの口調が成せる技か、その様は壮年の女兵士といった雰囲気だ。髪型は彼女と違って編み込んだ髪を全てまとめ上げてしまっているが色は同じ———まるで相応に歳を取った彼女がそこにいるようだ。


「つまり私たちはこの訓練で、危険が迫った時にどうやって対処するか考えて動けるようになれって事ですね」

 マリオンが頼もしく頷く。

 そういえば惑星探査はこれで三度目だと言っていた。対する僕は初任務。このヒトの足を引っ張らないようにしないと。

『そうだな。「考え」て「動く」。それができれば理想だ。しかし君らはあくまで「学者」であり、私とラガー隊員の護衛対象だ。現地での「身を守る為の行動」は、基本 我らの指示に従ってもらう』


 ごくりと息を飲み込んだ。

 とても厳しい事を言っているがそうではない。現に、惑星探査任務では実際に怪物と遭遇して死者を出したと聞いている。大体が予期せぬ事故のような奇襲によるものだが、調査員側の命令無視も事例として記録されている。決して他人事では無い。僕、いやマリオンにだって どんな災いが降りかかるか分からない。

 まだ実際の任務まで充分時間はある筈なのに、緊張でどうにかなりそうだ。


 そこでふわっとポリゴンが微笑んだように見えた。

 いや、スクリーンのアウインか。


『経験は何より得難いものだ。その点で君たちシリカノイドは、電空システムによりその経験を積み重ねられる。ヒューマノイドには無い最大の利点だな———良い物は大いに使うといい』


 アウインの顔が寂しそうに見えた。


 そうか。

 僕らが作った電空に、アウインは絶対に入って来られないのか。


 ゲームが好きだと言った彼女。彼女から見れば、この世界はまさにゲームの中の世界だろう。

 僕は本をよく読むから、本の世界を体験できる電空に何度か入った事がある。あれは最高に熱狂的な時間だった。何たって文字の世界だった物の再現だ———楽しめない訳がない。浸れない訳がない。


 ———なのに彼女は入って来られない。


 いつか、ヒューマノイドとも電空で楽しめる日が来るといいな。


『とまあが長くなってしまったが』

 そこでアウインが柏手を一つ打って僕は現実に引き戻された。彼女の目配せする視線を追うと、いつのまにかデュモンが遺跡の壁際まで下がっている。ポリゴン人形の隣だ。

 そのデュモンが、展開したエア・モニターをタップするのが見えた。


 すると始まる地響き。

 揺れる地面に足を取られかけながら何とか踏ん張る。

 マリオンも軽く悲鳴をあげつつしっかりその場に踏み留まった。このヒト強い。支えようと出した手が不発に終わる。


『我らがこれから赴く惑星探査において、想定される特級の危機的状況は———これだ』


 広場の中央が盛り上がる。

 一辺1.5M程の石の継ぎ目から赤黒い芽が出たと思った刹那———ガラガラと大きな音を立ててその巨体は姿を現した。


『繰り返すが、諸君らの目的は倒す事がではない———自身の身を守る事だ』

 轟音に紛れてアウインの声が聞こえる。


 わあぁぁ…… こいつ知ってるぞ。

 昨日 本で読んだ奴だ。

 白い斑点のある直径5Mはあろう大きな赤い花の真ん中から、萌黄色の少女の上半身を生やして蔓を振り回す———確か名前はアルラウネ。植物型のモンスターだ。マンドレイクの亜種。

 そういや これから行くエデン第四惑星では、すでに植物の森らしきものが確認されてるって資料に書いてあったっけ・・・。


 ・・・・・・。


 はっ! まさかそれで!?

 それで今 僕ら対峙させられてるの!?

 こんなの出るの!?

 いや出ないよね?

 動くモノは確認されてないって言ってたよね!?


『まずは15分。こいつから攻撃を喰らわないよう逃げるように』

 スクリーンからアウインの声が無慈悲に宣告する。

 まるで死刑宣告だ。


 15分?

 マジで?

 マジで言ってるんですか!?


 迫り来る怪物アルラウネ。

 絶対に逃げ切れる訳がない。


 こう言うの、何て言うか知ってるぞ?———スパルタだ!


 さっきまでのしんみりとした雰囲気はもはや宇宙の彼方だった。


 マリオンが自身の胸の前で両手をぐっと握りこむ。

「がんばりましょう、レッド君!」


 ———何で乗り気なんですか貴女?


 僕はバッとデュモンの方へ振り向いた。

 もちろん助けを求めるためだ。

 しかし目が合った彼はニカッと笑って軽く手を振ってきた。

「あっ 最初は俺もジュスト殿も手を出さないから。自由に逃げ回ってくれ」


 ———戦闘職は無慈悲なんですか?


 まるで死刑宣告だ(二回目)。

 僕らが、いや僕がもたもたしている間に準備を整えたらしい蔓が、大きく振りかぶられた。


 戦いの事なんか一切分からないけど!

 本当にこれっぽっちも分からないけど!


 誰がどう見ても攻撃だよねそれ!?


 僕は覚悟を決めた。


「うっ ぉぉおおおおお……!!」




 結果?

 最初の奴には10秒もしない内にブッ飛ばされたよ。


 その後も日を改めて何度かこんな訓練があった。

 マジでゲームに出てきそうな鎧のオークとか怪鳥とか———イソギンチャク型の怪物にもぐもぐと飲み込まれたのなんて、しばらく夢に出てきて魘された。絶対に出て来てほしくないあんな奴。どのゲームから引っ張って来たんだ開発者許すまじ。


 ただ、最終的に1時間無傷で逃げ回れるようになった時は感激で泣き崩れた。よくやったなって褒められたよ。

 ただ、本当に遭遇するならこんな奴は御免被りたかった。



   # # #



 ———ただ、現実はそうは行かないもので。


 迫り来る食虫植物セファロタス型の怪物の巨体を前に、僕はそんな事を思い出した。



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