Report.13: 僕らは森へ踏み出した




 翌朝。僕とアズリィルが再び整備部の工房へ足を運ぶと、ラグナが眠そうに目を擦りながら迎え入れてくれた。


「おはよ〜」

 返事をしながら昨日と同じ席に着く彼女を見ていると、くしくしと目を擦りぐっと胸を反らせるように伸びをする様はまだ眠そうで———ひょっとして徹夜だったのだろうかと思わせられる。

 昨日当人が言った通り、本当に僕らの為にやるべき事を成し遂げてくれたんだろう。その仕事への姿勢が純粋に凄いと思ったし、同時に少しくすぐったかった。


「これが新しいバックパックだよ〜」


 ラグナが指し示すまでもなく、バックパックは昨日預けたその場所にあった。

 本体の形状は元の形とほとんど変わらないように見える。でもその本体周りの付属部分が随分増えていた。背中側に背負子みたいな座席の板。その板に座った時に両肩を通せそうなベルト。元々あった左右の肩ベルトにも掴まれそうな取っ手が増えている。

 手に取ってみた。元の重さと変わらない感じに思える。指摘されて初めて『ちょっと重いかも?』と思う程度だ———これなら違和感なく行動できそうだと思えた。

 僕は早速バックパックを背負って胸元の二つの留め具をカチャカチャと留めた。ベルトの長さは今まで通り、留め具を留めれば勝手にジャストサイズで締まってくれる。もちろん問題は見当たらない。


「そしてアーちゃんはこっち」

 そしてアズリィルに差し出されたのは小型のバックパックだった。ただしこっちのは随分シンプルだ。通常のバックパックは縦に伸びた逆二等辺三角形の角を取って六角形の形をしているけど、こっちはパッと見ただのベルトだ。敢えて挙げるなら背中のジョイント部分が大きくなってるような———この円盤状の部品はひょっとして———

「・・・アラクネ?」

「そ。アーちゃんが万が一落ちてもレッ君のバックパックと『糸』で繋がる仕組み。糸の長さより地面の方が近くても、アーちゃんのフィールドバリアーが瞬間的に膨張してクッションになってくれるよ〜」


 アラクネは『紡績盤』の通称だ。このCDケースのような縦横約12cmの板に描かれた円の中央部から、蜘蛛のように『糸』を吐く装置。とは言え本当に糸を吐き出す訳じゃない。バリア・フィールドが目視できるほど高密度になって糸状に伸び縮みする様がそう見える事から『糸』、それを蜘蛛のように吐き出すから『紡績盤アラクネ』と呼ばれている。

 そういえば背負う時に見た僕のバックパックにも、座席側の中央に同じような円形の模様が増えていたような———多分そこが『板』に座ったアズリィルの、ちょうど背中が来る辺りなんだろう。


「だからと言って、無茶しても大丈夫って事にならないんだからねっ」

 朗らかに解説してくれていたラグナは、そこで口をへの字に結んでずいっと身を乗り出してきた。茶色と白が斑らに混ざった前髪の頭が近づいてくる。


「特にレッ君! 小さい子を守れるのは 大きい子しかいないんだからね!しっかりしなきゃだよ?」

 大きい子・・・。

 僕は苦笑いした。まぁラグナにとって 事シリカノイドに限って言えば今回の探査隊員みんな年下だもんなぁ。


 だからなのか。「じゃあちょっとアーちゃん後ろ向こうかぁ〜」と言って幼女に紡績盤アラクネを着せようとしている姿は何だか様になっている。

 そんな面倒見の良さを見ていると、爆発ポニテのラグナの姿がなぜか黒髪ストレートのマリオンの姿に重なった。女の子ってみんな年下の子に優しい。この後合流するけど、なんて言われるかなぁ。

 ラグナがアズリィルの背中に回るのをぼんやり眺めながらそんな事を考える。

 ジップを下ろそうと小さな背中に手をかけたラグナが、僕の視線に気付いてか顔を上げた。手が止まったのを何となしに不思議に思っていると———

「……キミは 回れ右しててよねぇ?」

 ドスが滲んだ声に反射的に言う通りにした。


 ちょっと 怖かった。



   * * *



 基地のエントランスホールに着くと、こちらに気付いたマリオンが手を振ってくれた。


「おはようレッド、ラガーさん」

「おはよう、マリオン」

「おはようございます、ジュスト隊長」

「おはよう、ラガー隊員」

 僕が挨拶を返したのに続いて、後ろから少し前に合流したデュモンが敬礼を取り、マリオンの隣にいたアウインがそれに応える。昨日と同じ合流風景。

 ただ今日は少し違っている。


 背中の重心が少し変わった。

 肩には小さな手———アズリィルが背中の座席で立ち上がったようだ。


「あら、アズリィルちゃんもおはよう———え?」

 僕の肩越しから顔を見せたであろうアズリィルを見て 固まるマリオン。


 ———うんまぁ。ビックリするよなぁ・・・。


 一拍置いてマリオンが再起動した。

「えぇっ? どうしたのそれ!?」

「まるで子連れみたいだよな?」

「子連れゆーな」

 茶々を入れてくるデュモンを小突く。さっき合流した時も言ってたのに二度も揶揄って来るなんて。


「アズリィルが一緒に行きたがってるからって、ドクターが許可して。それでラグナにバックパックを改造してもらったんだ」

「はぁ〜 確かに昨日はそれで大変だったものね———ドクターったら意外と甘いじゃない」

 マリオンにじっと見つめ返されてそわそわと落ち着かない気分になる。実際、ホールのあちこちから注がれる視線も地味に痛い。こっち見ないでください。


「でもレッド。ちっちゃい子と一緒なんだから、無理しちゃダメよ? 特に木登りは気をつける事———また落ちたら今度はアズリィルちゃんも怪我しちゃうんだからね?」

「うっ わかった」


 紡績盤アラクネがあるから大丈夫とは言えない雰囲気だ。


「ラガーさん、アズリィルちゃんとレッドをよろしくお願いしますね」

「おう 任せてくれ」


 えっ僕 庇護対象なの?

 いやデュモンにとってはそうなのか。庇護というより護衛の筈だけど。


 けどなんだろう、マリオンにそう思われていると思うと———こう・・・言葉にはできないけど複雑な気分だ。


「こら。その辺にしておけ、お前たち———出発するぞ」

 アウインの号令が掛かった。

 すぐに背筋を伸ばして僕らは応える。


「了解」



 今日は昨日の南西方面より少し南へ向けたルートを開拓する予定だ。


 何があるだろう。

 何を見つけられるだろう。

 そして、アズリィルの探し物が見つかると良いな。


 扉の手前で立ち止まる。

「アズリィル」


 あと一歩踏み出せば外に出られるその場所で、僕は背中のアズリィルに声を掛けた。


 小さな決意表明。

 僕らの ヒトの、未来のために。


「僕———頑張るよ」

 ≪そうか≫


 空はやや碧みのかかった蒼い色。

 白い雲 少々。


 聞こえた声は あたたかかった。












   * * *






   * * *



   * * *



 前日譚。


 暗い部屋に、モニターの青白い光に照らされた人影が浮かび上がっていた。


「さて、ドクター。ボクの領域に土足で踏み込んだ言い訳を聞こうじゃない」

 それが合図だったように銀色のスクリーンが展開される。

 声の主は見えなかった。

『いやぁははっ ———走馬灯が見えたわ。危ない危ない』

「三途の川でもいーんだよ?」

『悪かったって』


 深く溜め息を吐く音。

「お話はレッ君とアーちゃんの事?」

『察しが良いな』

「いやぁこれ見たら誰だって分かるよ」

 大小の人型のシルエットが並んで描かれたモニター。

 シルエットの間に並ぶ数値はことごとく赤字で表示されていた。

「レッ君とアーちゃんの生体パターンが完全に一致してるんだもん。マジなのこれ?」

『ポッドの分解修理オーバーホールが必要だな』

「茶化さないでよ」

 青白いモニターがスクロールされていく。

「このデータなら確かに二人 離した方が危ないね。今日倒れたのだって、はしゃいだだけが理由じゃなさそうだし。ポッドは増設するけど、システムは同じもので走らせた方が良いかな」

『できるか?』

「できるけど———今 レッ君にアーちゃんの負荷が全部流れてる。いくら稼働時間で誤魔化せたってこのままじゃレッ君に負担がかかるよ? それでもいーの?」

『お前さんの腕の見せ所だろ?』

「……もう、しょーがないなぁ———わかった。乗せられてあげるよ、ドクター」

 スクロールが止まった。冊子と徳利を携え編み笠を被った置物のアイコンが鎮座している。

「それとさぁ、もう一つの方だけど———本気?」

『俺も半信半疑だ。思い過ごしなら良いんだが……』

「……おっけー。調べてみるよ。ただ ちょっと時間がかかるかなぁ〜」

『そいつは承知してる———頼んだぞ』


 スクリーンが消えた。

 モニターからもアイコンが消えていた。



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