Report.12: 決意を固めた道すがら




 食堂に着くなりマリオンを始め女子連中にアズリィルを掻っ攫われ、幼女はちょっとしたアイドルになっていた。


「どうかな、アズリィルちゃん?」

「おいしい? おいしい?」


 そして固唾を吞んで見守る人だかりの真ん中で、幼女が頬を染めてとろけだす。


「きゃああああああ!!」

 沸き起こる歓喜の悲鳴。

 食堂は大体三種類の人種に分かれていた。


 1:幼女の周りに集まり、幼女を愛でるほとんど女子枠。

 2:その枠とお近付きになろうとしている枠。

 3:その光景を遠巻きにして我関せずと食事をする枠。


「何あれ……」

 僕とプラシオは向かい合って食事を摂りながら、それを遠巻きに眺める三つ目の枠である。


「人気だねぇ お前の彼女」

「いや違うから。彼女言うな」

 箸で一口サイズに切った肉団子を口に放り込む。唐辛子とトマトのホットチリソースが(僕的に)良い感じで程良く広がる。同じ皿のじゃがいもの千切り炒めで口の中に残る辛さをリセット。残りの肉団子に手をつければ、何度も新鮮にこの辛さを楽しめる。ガツンと目が覚める感じがクセになる。

「いやいやさっきはびっくりしたんだぜ? 部屋から出て来た時は随分仲良くなってそうだったじゃないか。昨日とは大違いだ」


 ———くそぅ そう見えるのかぁ。


 プラシオの揶揄で内心複雑に思いながら今度はサニーレタスと一緒になった鶏肉を口に運ぶ。マスタードドレッシングの甘辛さが舌を刺激するけど、こっちの辛さは僕にはちょっと物足りなかった。


 今日の献立はサニーレタスの鶏肉サラダとホットチリソースの肉団子三個にじゃがいもの千切り炒め、主食とスープは毎食それぞれ三種類からお好みを選ぶ感じだ。僕はハムチーズベーグルとオニオンコンソメ(胡椒&大蒜ペッパー&ガーリックマシマシ)である。ほとんど動き回れなかったから、あんまりお腹が空いてないのだ。プラシオのはソースが照り焼き風に変わっていて肉団子は6個に増え、タマゴサンドとコーンポタージュだった。

 ちなみに僕らの皿の普通の肉団子は鶏の卵サイズ。アズリィルの食べているうずらの卵サイズは整備班一同の努力の結晶である。何やってんの。


「そっちの首尾はどうよ?」

 プラシオがコーンポタージュを食べつつ聞いてきた。

「む!うん、———むぐっ 凄いんだ」

 口に運んだばかりだったじゃがいもを咀嚼して飲み込む。片道だけの短い時間だったが、その間に目にした森の景色を瞼の裏に再生して当時のテンションが帰ってくる。

「判りやすく外観だけじゃなくどうも気候適性も違うみたいでさ。詳しくは研修日を待ってからだけど、リストアップするだけでも目が回りそうだよ———あ、そうだ。プラシオにちょっと見てもらいたいデータがあるんだ。面白い花を見つけて———土壌を調べてほしいんだ。これなんだけど……」


 腕の端末をタップしてサンプリングしたデータをエア・モニターに表示してみせた。例の色違いの藤だ。見た目こそ地球の山藤だけど、色が青や赤、黄色が疎らに咲いていた。

「一株で同時に異色が出てる。地球の奴じゃこんな事起こらない。個体の成分分析は僕のでも掛けられるけど、土壌の分析は僕のソフトだけじゃちゃんと調べられないからさ」

 土の影響で色が変わるといえば紫陽花がよく挙がる。根から吸い上げられた土の中の成分が、行き渡る量の差で変色する花だ。多分同じ事が起きている。

「へえ半日でへばったにしちゃあ まあまあな収穫じゃないか。データ送ってくれ」

「そこは、デュモンにも注意されたよ……っと」

 転送。

 プラシオが箸を置いて自分のモニターを立ち上げる。裏側から受信通知が見えた。


「デュモンか・・・」

 プラシオがデータの受け取りを確認しつつポツリと呟いた。そうしてモニターを閉じるとずいっと前のめりに声を落としてきた。

「なあ、あのヒト実際どうなんだ?」

「どうって?」

 モニターを閉じて箸を取り食事を再開しつつ聞き返す。タマネギのスープにトッピングとして胡椒と大蒜ガーリックチップをふりかけた訳だけど、ちょっと無粋だったかもしれない。今度から大蒜だけにしよう。


「注意力散漫だとか、虚言癖とか」


「は? 何だよそれ」

 一層落とされた声で聞こえてきた話に耳を疑った。僕の反応にプラシオがちょいっと肩をすくめてみせてタマゴサンドを手に取る。

「俺もそう思う。何度か話した感じ、悪い奴じゃなかったしさ」

「だったら何で」

 自分でも分かる程に声がキツくなる。今日の命の恩人だ。そのヒトが悪く言われてるなんて納得できない。

 プラシオが口に入れた分を飲み込んで続きを答えた。

「いや、今日レインがなんか変な話してたんだよ。サルドさんがあのヒトと同期らしくてさ」

 レインもサルドも地質班の護衛役だ。プラシオに付いてるのはサルドの方。一度会ったけど、ちょっととっつきにくい印象だった。レインはチャラい。

「変な話?」

「帰り道それで変な空気になっちまって……」


 それは、さっきデュモンから聞いた物とほとんど変わらない話だった。まあそこは当然だろう。関わった任務内容に関する事は、基本 守秘義務がある。

 ただ少し違ったのは———


「何でも任務失敗を誤魔化す為に『邪魔が入った』とか何とか言って嘘を報告したって」


 僕は完全に箸が止まってしまった。

 デュモンからそこまでは聞いてない。いや、話は失敗譚だ。そんな自分の傷に塩を塗りつけるような事を喋るなんてしないだろう。

「……確かに失敗したって話は聞いたけど、デュモンはそんな言い訳するような奴じゃ無いよ」


「サルドさんもバッサリ『くだらない』って言ってたしなぁ。でもあのヒト、額に結構デカい傷跡そのままにしてるだろ? レイン的にはそれが理解に苦しむとか何とか言っててさぁ」

 プラシオがそう頷いて鶏肉を口に運ぶ。その姿はただの世間話をしているだけで特に嫌な感情を抱いているようには見えなかった。彼にとって本当に話のついでに出てきた話題だったんだろう。


 食堂の向こうの一角で再び黄色い声が上がる。

 目を向けるとヒトの輪の中にレインの姿が見えた。けれどもう一人の———サルドの姿は食堂に無いみたいだ。そういえばデュモンの姿も見当たらない。大勢いる場所が苦手なヒトもいるし、たまには一人でって事もあるから、部屋の簡易キッチンは食事が転送できる仕組みになってる。普通にそっちを利用してるんだと思ってたけど、今の話を聞いてしまった今は違う理由のような気がしてしまう。


 でも。

 だからって・・・。


 モヤモヤした気持ちを抱え、俯いたまま僕は静かに口を開いた。


「僕……今日、デュモンがいなかったら軽傷じゃ済まなかった」

「おう・・・」

 お盆に乗った食べかけのメニューが視界に映る。視界の端でプラシオが手を置いた。

 ぼんやりとそれを見ながら今日の事を思い返す。脳裏に空を往く鴉が見えた。


 木から落ちた時受け止めてくれた。

 僕の体調を診て、基地まで背負ってくれた。

 ちょっと頑固な所もあったけど。

 本当は話したくなかったかもしれない自分の過去の事も教えてくれて。

 将来どうするのか、僕の未来の話もしてくれた。


「あのヒト、結構面倒見いいしさ。どう言う訳か年下を姫呼びしてるし、訓練の時も割と気さくに話しかけてくれてたんだ」

「そうか」

 僕は息を吸い込んだ。


「きっとただの噂だよ。ひどい方の」

「そうだよなぁ。うん———お前の話 聞けて良かったよ、俺」

 プラシオがニッと笑って食事を再開した。


 ———気を使わせちゃったかな。


 僕も遅ればせながら食事を再開させたものの、意識はまだ今の話を引きずってしまっていた。


 デュモンの、本来なら消してしまえる傷。

 僕だって不思議に思ってた。どうしてだろうって。

 帰り道で理由を聞いて、さらにヒトから聞かされた話を聞いて 考える。


 デュモンは、戒めだと言って過去の失敗を形に残してた。

 ならば僕も彼みたいに、何か残す形で過去を省みる為の物を背負う事があるんだろうか。

 『傷は男の勲章だ』って、物語じゃあよくある表現だけど———


 でもそうやって戒めとして残した傷跡が、周りに反感を買わせてしまっている。

 そんなのは当人の自由の筈なのに。


 沈んでしまった空気を入れ替える為にも 僕は話題を振った。


「プラシオの方はどうだったんだ? 後ろの崖、登ったんだろ?」

「うん? おお」

 基地を据えた場所は、背後に崖を擁している。地質班は到着後しばらくはその崖を中心に調査を開始すると聞いていた。

 口に放り込んだばかりの肉団子を咀嚼して飲み込み、口の周りに付いたタレをぺろっと舐めたプラシオが破顔した。

「すごいぞ。この星の地盤はな、地球みたいに珪砂が豊富なんだ。ちょっと突ついたらザクザク出る」

「そんなに?」


「今や珪砂は自由に掘り出すのが難しいご時世だ。ここの珪砂を採掘できれば滞ってた半導体産業やエネルギー技術開発を一気に進められるかもしれない」

 珪砂は石英———つまり二酸化珪素の砂だ。この砂から生成した珪素は半導体やクォーツ時計など、現在の地球文明において必要不可欠な素材でもある。もちろんそれは僕らシリカノイドにとっても例外じゃない。

 だがその珪砂は現在、採掘制限がかけられていた。枯渇しそうになっているのではない。採掘による地盤の脆弱化が疑われ、世界的に採掘を制限するよう随分前に国際会議で決定されたからだ。かつては一部マニアの間で安価な装飾品や趣味嗜好品として手に入れられたと言うそれらは、今や宝石と変わらない値段で取引されている。


「こりゃあ事前スキャンでピックアッップされてる洞窟探索も楽しみになってきたぜ。早く遠出許可降りねぇかなぁ」

「そうだね。僕もあの超級高木の調査がしたいよ。合同調査もやるんだったよね?」

「ああ!最初の研修会の後に交渉開始だろ? 待ち遠しいよなぁ!」


 到着したばかりの現状、調査は基地周辺およそ5km圏内と定められている。防衛部隊の測量調査が完了した場所から随時10km、20kmと増やしていく予定だ。プラシオの言う洞窟も、僕の超級高木も、一番近い物でさえここから十数kmの地点にある。

 そして合同調査は文字通り今の生態班や地質班などを分割して再編する。現地で直に専門の異なる調査をやるんだ。例えば『洞窟』は水脈とかち合う事が多いから、地質班と水質班はこう言う惑星探査の時によく混成班を組む。これだけの森が地表に広がるこの惑星なら、生態班もそのうち水質班あたりから声がかかるかもしれない。あんな森が地表だけなんてあり得ない。きっとある。水中にも。

 早く行きたい。めっちゃ行きたい。


「たのしそうですね……」

「うわっ! いたのかラドン」

 いつの間にかテーブルの席の一つにラドンが座り、しょんぼりと溶き卵スープを啜っていた。不意打ちだった。本当いつの間に来たんだよ。

 てゆーか少ない。ラドンのお盆に乗ってるご飯が少ない。肉サラダと肉団子二個だけって。そのデニッシュパン中身スッカスカじゃない?もっと食べろよ!それとも医療系シリカノイドって燃費良いの!?


「あー・・・元気無さそうだな?」

 気まずそうに声をかけるプラシオ。僕らのさっきまでのテンションは彼方に飛んで行ってしまった。


「わかりますか……?」

「まぁ、うん。また怒られてたもんね」

 見るからに落ち込んでいる。原因は———考えるまでもなくさっき整備班管轄の食料保管庫でやらかしたという一件だろう。ラグナにシメられてた。

「僕、全然うまくやれなくって———今までだって……花壇造りで雑草は育てるは観察ノートでは別の個体のを付けるはポッド設定はミスるは砂糖と塩は間違えるは薬品は取り違えるは———」


 ———うっわぁ・・・。


 僕らは絶句した。

 いや知ってた。知ってたよ? 昨日のあの一件があったからじゃない。何せ同期だ。ラドンがやらかしたあらゆる失ぱ……いや武勇伝は、同期どころか今回の探査隊員全員に知れ渡っている。僕も訓練期間中にその武勇伝に巻き込まれて、葡萄ジュースをワインにしてしまった事があるもの。


「廃棄処分になったらどうしましょう……」

「は? 廃棄?」

 僕はプラシオと顔を見合わせた。

 あり得ない———それが率直な感想だった。いくら失敗を重ねたからってシリカノイドの廃棄処分なんて聞いた事が無い。大体まだ碌に任務回数も熟してない初任務最中の僕らに、そんな決定 下される筈がないだろう。


「この星に来る前に聞いちゃったんです。なんでも、出来の悪いシリカノイドはこの任務の行方次第で廃棄処分にするって———」

 ラドンは自嘲めいて溶き卵スープの器の縁をなぞった。

「当然ですよね。シリカノイドは運用に時間やコストがかかりすぎる。コストに見合わないものは間引いて調整しないと利益が出ませんもの」

 運用前———つまり 生まれたばかりのシリカノイド育成にかかる費用は、現在すでに任務遂行中のシリカノイドの収入の3割と国際的な投資で賄われている。

 運用が安定するまでは補助金が出ていたらしいけど、今はもうごく僅かだ。実地研修が始まれば もちろんその収入は少ないながら当人に還元される。あとは趣味による副収入の3〜10%程度が育成費用に当てられる、んだっけ? あんまり興味無いからその辺は聞き流してたけど。


「今回の任務は特に問題児とされる子が多いらしいんです。僕も……知っての通りいっぱいミスしちゃいました。まだ二日目なのに———これじゃあ結果を待つまでもなく僕———ッ!」

 ぐいっと器を煽るラドン。スープの具、喉につまらない? 大丈夫?

「いやぁお前そりゃ考えすぎだろ。お前や俺らみたいに新人だっているんだから」


「僕のせいで他のヒトたちが———いいえ下の子たちが!不幸な事になっちゃったらどうしましょう!」

 ついにワッとテーブルに突っ伏してしまった。

「大丈夫だって」

 プラシオがポンポンと優しくその背中を叩いて慰める。

 その「大丈夫」に、僕は頷けなかった。


 今の話が琴線に触れる。昨日のアズリィルの言葉を思い出した。


『主らのこの先数十年を左右するんじゃ。当事者として己の行く末は己の手で掴み獲ってみせよと言う話じゃろう』


 ———そうか。


 もし、アズリィルの目的が達成できなかったら、僕らシリカノイドが かつてヒトが失敗したような二の轍を踏む事になるんだ。


「ほら、そう言うのは考える程ドツボにハマるって習ったじゃないか」

「でもっ でもぉぉぉ……」


 二人のやりとりが遠く感じる。

 昨日のうちは、当事者だって言われても何とも思わなかった。むしろ理不尽だって。あくまでそれは人間=ヒューマノイドの話だって思ってた。自分には関わりの薄い事だって。僕の事じゃないって———だから、対岸の火事くらいに考えてたんだ。今のプラシオみたいに。


「ラドン」

「はい?」


 でも今なら『アズリィルの目的』に向けて、ようやく自分の事として向き合えそうな気がする。

 癪だけど、それはラドンのおかげで———ラドンの お手柄だ。


「困った事があったら、僕 がんばるから」

「本当ですかっ?」

 がばっと顔を上げ血色がほんのり赤み差す。

「じゃあ早速、連絡先アドレスの交換を———」

 ラドンの趣味はアドレス集めである。

 僕は頭を下げた。


「それはごめん」

「ごふっ」


 別に親密になりたい訳じゃない。

 それとこれとは話が別だった。



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