Report.9: 整備区画への道すがら




 気不味い。


 何が気不味いって———アズリィルが全く喋らない事だ。

 沈黙が辛い。


 いや、幼女形態だから喋れないのは判ってるけれども。

 今はその幼女を抱えている訳で……。


 俗に言う『抱っこ』という奴だ。小さな身体を完全に僕に預けた、今朝までなら絶対に拒否られるような体勢。しっかり抱きかかえられる分 安定感はあるけど、アズリィルの顔が完全に僕の肩越しに後ろを見ている格好で、僕からだと表情が全く見えない。


 何か会話でもあれば良いんだけど今は幼女形態なので以下エンドレス。


 いや気不味い。


 気不味くて目的地である整備部の工房までの道程が遠い。


 ≪のう……≫


 突如 頭にアズリィルの声が響いて当人を取り落としそうになった。何とかギリで持ち直し、胸を撫でおろす。

 そこへ再び頭の後ろの方で声が響いた。


 ≪驚きすぎじゃ。忙しない奴め≫


「いや驚くよ!電空でもないのに電子通信コールなんて———っ!」

 叫んだ声が廊下に反響して慌てて口をつぐむ。廊下には幸い(?)誰もいなかった。強張った身体の力が空気と一緒に一気に抜ける。


 持ち直そうとした所で首を傾げる幼女と目が合った。

 ≪そう言うものか? 貴様の相棒のあの勝色かちいろ鴉の使っておった物を応用しただけじゃが≫

「かちいろがらす? 相棒って———ひょっとしてデュモンの事か?」

 頭の中で「そうじゃ」と返ってきた。口は動いてないのに声が聞こえるの、変な感じだ。

 しかも声は無駄に大人バージョン。見た目とのギャップがすごい。


 ≪念話———いや電子通信コールと言ったか。見た所、貴様らの体内で共鳴する音を、耳に装着した端末を通して発信させておったのう。どうも出力調整に難があるようじゃが。克服できれば端末の助けも本来要るまいよ。貴様にもコツを教えてやろうか?≫


 極め付けのニヤリとした微笑み。それ天使がしても良いの?

 なんだか対抗心が湧いてきたぞ。


「暗に、僕にもできるって言ってる?」

 足を動かしながらちょっとヤケクソ気味に言葉を投げかける。「もちろん」と応える声は当然揺らぎもしなかった。

 ≪すべての石の子は性質的に可能じゃろう。ああ、人の子とのやりとりにはまだ端末つなぎが必要かの———これとか≫


 ヒラっと振って見せられたのは さっきノーマンから手渡された書類端末だ。ちょうど名刺をさらに縦長にしたようなパスケース型の端末で、差出人と受取人にしか開封できない。目隠しシークレットモニターの持ち運び版だ。


 ポッドの操作に。

 電子通信コールの無断使用。

 そして現実リアルへの転用といい。


「・・・天使が機械に強いなんて聞いてない」

 ≪そうか? むしろ当然と思うがのう≫

 こっちの事などお構い無し。その態度にますます心に火が着いた。このどこ吹く風な態度が気にくわない。何とかこの余裕のハニーイエローに一泡吹かせてやりたい。


「天使ってファンタジーの代名詞みたいな存在じゃないか。メジャーすぎて使い古されて、小説や何かだと古典みたいな設定だぞ。それが機械マシンと相性が良いなんておかしいよ」

 ≪ほう、人界ではそのように伝わっておるのか。興味深いものじゃ≫

「なんだよそれ、実際には違うのか?」

 アズリィルは端末をくるくると手遊びしながらついでのように答えた。


 ≪エルティアン———貴様の言う所の天使は、その昔 天界の兵力兵器機構として創造された者たちじゃからのう≫


 思わず足が止まる。

「・・・はっ?」


 へい、き? ———兵器?


 誰が?

 アズリィルが・・・?


 予想外の答えに理解が追いつかない。

 さっきまで燃やしていた火が消える。

 兵器って何だ。

 まさかそのまま、戦う為の道具って事か。


 そんな事をまるで今日の献立を歌い上げるように、そんな———


 フッ


 視界が白い物で遮られて昏い所へと溺れそうだった思考が中断する。

 すぐに除けられたそれはアズリィルの長い袖だった。持ち主に目を落とすと、まるで年下の様子を見ているようなあっけらかんとした表情で———何の悲壮感も寂然とした感情さえ読み取れない。


 僕は訳も分からないショックを受けた。


 ≪ふむ。この話題は貴様の部屋へ戻ってからの方が良いか———然らばほれ、さっさと工房とやらへ参ろうぞ≫

 ポンポンと端末を持った手で背中を叩かれる。

 幼女の顔は再び見えなくなってしまった。


 正直、今はそんな事よりも話の続きが聞きたかった。けれど今の言い草だと本当に部屋に戻るまで一言も喋らないつもりなんだろう。

 僕はいつの間にか少しずり落ちていたアズリィルを抱え直した。


 アズリィルが最初に一体何を言い出そうとしていたのか、この時の僕は全く気にも留めなかった。



   * * *



 プシュッと空気が抜ける音の後、その部屋の会話が耳に飛び込んできた。


「まあ、今回の事はボクにも責任があるけどさ。少なくともキミには僕を超えてもらわないとなんだからね」

「へい、肝に銘じやす」


 何だか取り込んでるみたいだ。

 部屋の中央よりやや奥に鎮座する、机にしては広すぎる作業台の向こう側。そこに目当ての人物、整備部主任のラグナがいる。一緒にいるのは昨日彼女に消し炭の皿を手渡してたヒト———ああ思い出した。整備部の副主任、シーメンス・T.テックベンジャミンだ。

「絶対だよっ。この任務中に、ボクを足手纏いにする勢いだよっ」

「いやぁそこは並ぶくらいにしときやしょうぜ、姐さん」

「んもぉ・・・ちょっとは野心持ってよね、人間なんだから———あれっレッ君じゃない。どうしたの〜こんな時間に。任務は?」

 話しかけて良いものか迷っている内に、彼女の方が先に気付いてこちらにひらっと掌を見せてきた。比喩ではない物理的に重そうな足音が近付いて来る。


「えっと・・・」

 どうしよう。今の会話、何かトラブルがあったみたいな感じだった。でも昨日の一件のようなブチ切れた感じじゃなくて ずっと穏やかだ。怒るではなく諭すような感じの。居合わせて大丈夫だったのかな?


 僕がまごついているのを他所に、ラグナは「およ?」とアズリィルに目を留めて破顔した。

「アーちゃん見つかったんだねぇ。良かった良かった」

 目の前まで来た彼女は昨日と同じツナギ姿だが、上半身を脱いで腰元で縛っている。スーツを着ていても女性らしからぬ———いや、女性らしい膨らみだけでは言い訳出来ない肩と腕の筋肉が目についた。

 あれだ、ファンタジーに出てくるドワーフみたいな。それの女版。体格もややぽっちゃりさんだし、アズリィル(大)程じゃないけど小柄だし。


「ドクターってば珍しく慌ててたからさぁ。要件は・・・ひょっとしてアーちゃんがらみ?」

「えっとはい、実は そうなんです」

 つっかえながら頷くと彼女の口元が尖った。前髪で見えない筈の眉がぎゅっと寄ったようにも見える。

「もぉ〜、いーよ〜 敬語なんて。昨日も言ったでしょ?」


 確かに言われた。言われたけど、やっぱり集団では立場という物がある筈だ。ガスパール総隊長とノーマンの二人だって、部下の前では何かしら態度を変えているようだった。

 そして今はラグナの部下が隣に控えている。たとえ当人が許していても躊躇してしまう。特に今は僕しかいないから反応に困るんだ。幼女は論外。


「えいっ」

 ぺち

 額にラグナの掌が飛んできた。


「キミねぇ、こんな事で遠慮してると、どんどん萎縮して頼みたい事も頼めなくなっちゃうよ? キミら調査班がメインな集団なんだから、遠慮しないの。むしろ扱き使うくらいしてよね。キミらが気持ち良くお仕事できるようにお手伝いするのが、ボクら『整備班』なんだから」


 ラグナがむふんと大きな胸を張る。それはついさっき 医務室で見たノーマンを想起させられた。自分のやるべき事に誇りを持ったヒト———僕も将来、こんな風に胸を張りたいな。


 隣のベンジャミンが感極まった風に涙ぐんでるのが気になるけど……。あっ目が合った。彼がぐいっと目をこすって顔を上げる。あれ、ちょっと顔が赤いな?


「じゃあ姐さん。自分はさっきの件、上に報告しときやす」

「うん、おねがいー」

 ひらひらと手を振るラグナ。見送られたベンジャミンが扉の向こうへ消えて行った。


「何かトラブルがぁっ たのか?」

「んー、大した事じゃないんだけどね〜」

 扉が閉まるのを見送ったラグナは、さっきまで座っていた席へ戻って行った。うっかり敬語になりそうになった僕は誤魔化すようにアズリィルを抱え直す。机の上に置かれていたトランプケース大の小箱を彼女が引き出しに仕舞うのが目に入った。

「それよりどうしたの?」

 くるりと肘掛け椅子にもたれて手を組むラグナに再び顔を上げる。相変わらず目元は前髪に隠れて見えない。けれどそれを補って余る大きな口元が明るく円を描いて孤になっていた。


「ドクターからバックパックの改造を頼むようにって言われて———」

 ≪おい、それでは伝わらんぞ。要件はもっと詳しく話さんか≫

 頭の後ろにアズリィルの声が直撃した。

 指摘は良いけど、心臓に悪いなぁ。

「———ドクターからアズリィルと一緒に行動できるように、バックパックを改造してもらえって言われて来たんだ。これが改造案」


 アズリィルが端末を差し出すが、そのままだと届かなかったので少し屈む。受け取ったラグナは何度か端末をタップして指紋を読み取らせ、モニターを立ち上げた。

 文字が指の動きに合わせて高速スクロールしていく。あまりにも早すぎて何が書いてあるかさっぱり判らない。目隠しでないにも拘わらずだ。途中で流れて行った図面らしき物まであっという間に流れて消えた———あんなスピードでよく読めるなぁ。


「ふむふむ・・・?」

 首を傾げながらモニターを流し読むラグナの前髪が、スクロールの最後に鎮座する狸の置物で微かに動いた気がした。

「もう、ドクターったら・・・」

 端末を沈黙させたラグナが顔を上げる。

「おっけー、事情はわかった。じゃあキミのバックパック預かるよ〜———ふふっ 仲良しだねぇキミたちも」

 ここでも仲良し認定を受けてしまった。さすがにプラシオのように茶化したりは出来ないけど、うう……なんか幼女ばっかり得してる気がする。

 僕は一度アズリィルを降ろした。鎖骨と胸の下の二箇所にある留め具をカチャカチャと外して、背負っていたバックパックを台の上に置く。

「まぁ一晩あればできるから。明日の朝取りにおいで〜 ———ふふっ 明日っから一緒にお出かけできるからね〜」

 最後にアズリィルの頭を撫でながら、のんびりと完成予定を告げるラグナ。一晩あれば出来上がるとか。整備班はすごい。


———でもできればもう少し時間を掛けてほしかったかなぁ。


 ラグナからアメちゃんを貰い、再度わしゃわしゃと頭を撫でられて満更でも無さそうな幼女を見ながら、僕はこっそり息を吐いた。


「そういやキミたち、アーちゃんのポッドはどうしてるの?」

 一通り幼女の髪を堪能した後、ラグナが作業台に向き直る。作業台の天板の下から引き出しのように板を引っ張り出し、その右上をタップ。台の中央より手前側の1M四方がボウッと起動した。立ち上がりを示すアイコンと『WELCOME BACK, LADY.』の文字が中央に表示されて消える。微かな稼働音。

 その間に彼女は端末を再び立ち上げ図面の所までスクロールすると、出て来たそれに二本指で触れた。

「ああ、僕のポッドを一緒に使ってる」

「へぇ……一緒に」

 彼女の二本指で触れられた図面は、端末のモニター内を移動し、立ち上がった作業台の画面を滑るように移動し———パッと手を開くと空中に立体投影された。立体図面がゆっくりと回転を始める。

 しばらく『ふむふむ』と腕を組んで図面を眺めるラグナ。


「うん?いっしょに……? えっ まじ?」

 彼女はたっぷり間を空けてから椅子ごとぐるんと回った。

「うん、ドクターに言われて。下手に離したら危ないからって」

 アズリィルを再び抱え上げながら僕が頷くと、ラグナが勢いよく自分の額を叩いた。さらに叩いて両手になり、そのまま天を仰ぐ。

 その態度で、やっぱりおかしな状況だった事を再認識した。そりゃそうだよなぁ。


「ドクターったら変な所で横着なんだから・・・女の子は心の成長が早いんだぞ……」

 ガックリと肩を落とすラグナ。再び腕を組んで頭をぐらぐらと前後左右に動かして考え込む。爆発ヘアもそれに合わせてゆっさゆっさと揺れた。ちょっと面白い。


 やがて『パンッ』と小気味好い音が部屋に響いた。

「よしわかった。有り合わせでアーちゃんサイズ作っちゃうよ〜。予備用の在庫もあるしね」

「本当!?」


 ———これで!朝! 蹴り転がされなくて済む!


 まさに今朝、目を覚まして目が合った瞬間の事件だった。幻痛が追撃となったのは言う迄もない。

 喜びに沸いている所で肩をつねられた!地味に痛い!

 思わず呻くと「やっぱり仲良いねぇ」と言って笑われた。解せない。


「まあ流石にポッドは1日じゃ作れないからねぇ。その間は悪いけど———」

「てぇへんだ姐さん!」

 バタバタと慌ただしく奥の扉から現れたのは、ラグナの率いる整備部の連中だった。

 ラグナと同じくツナギ姿のヒトと、副主任のベンジャミンと同じオーバーオール姿のヒトがいる。整備部は設備・装備担当とプラントでの食料管理や倉庫管理を受け持つ班に分けられる。ツナギとオーバーオールはその住み分けだろう。色は全員同じ色みたいだけど。

 それにしてもこのヒトたち、何だか全員ガッチリした体格してない?


「例の野郎がプラントでやらかしやがった!」

「キノコ植えてあった木材が食品保管庫に紛れ込んじまったんだよ!」

「側にあった物が発酵しかけてやす〜」


 僕の肺からヒュッと空気が抜ける。


 ———ナニこの既視感。


 ラグナは引き出し板の右上をタップし、閉じた。図面が消える。


「ホシは」


 僕は震え上がった。

 地の底を這うようなドスの効いた声だった。


「捕まえやしたぜ姐さん!」

 別の扉から新たなる刺客———じゃない、ツナギ姿の男が現れた。片腕で高々と首根っこを捕まえられてぶら下がるのは、やや痩せたオーバーサイズの白衣の青年———ラドンだった。


 瞬間、耳元を風の音が掠める。

 ラグナが初期仮想現実世界映画のヒロインばりに跳び上がっていた。


 そのまま空中でオリンピック選手もかくやと回転。体勢を整え、両足で着地する。ラドンに。


「貴様ぁああああ!一度ならず二度までも!! どこじゃあワレェ。何処ォ削ぎ落としてほしぃんじゃあ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 顔面にデカデカと靴跡をつけたラドンが、されるがままにガクガクと揺すられながらエンドレスで謝る。謝る。


 拍手喝采を上げる整備部一同。

 恐怖で立ち尽くす僕。


 この件で僕は覚った。


 整備班の身体能力が意外と高い。

 居並ぶ面子のは伊達じゃない。

 ラグナのあの筋肉はガチだ。


 僕は整備部の連中を怒らせない事を、心に決めた。



 ≪見た目の通り ほんに爆発娘よのぅ≫

 アズリィルの声が聞こえる。僕は半ば無意識に頷いた。


 初めて意見が一致した瞬間だった。



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