②
「めっちゃ久々だよね。会うのって成人式ぶりじゃない?」
向かいの席に座った
「急に連絡きたから私もびっくりしたよ。杏里はもう就活終わったって言ってたっけ?」
「そうなのよ。だから先月からこっちに戻ってきてるんだよね」と杏里は言った。「卒業に必要な講義はネットでも受けられるし、週一あるゼミの集まりも期限までに卒論の提出さえすれば出席しなくてもいいっていう緩い教授だからわざわざ向こうに居る理由もないかなって。借りてる家も来月末で解約するように手続きを済ませてるのよ」
杏里は東京の大学に通う高校の同級生で、3年間ずっと同じクラスだったこともあって割と仲の良い方だったような記憶がある。ただ、高校を卒業した後はたまに互いのSNSに反応し合ってはいつも『今度遊ぼうね』『おっけい。じゃあまた連絡するね』というやりとりを終わらせるためだけの形式的な口約束を交わすだけで、実際に会うのはさっき彼女が口にしたように二年前に行われた成人式以来これで二回目のことだった。
だから私は少し戸惑っている。高校時代、私は彼女とどんな風に喋っていたっけ──と過去の記憶を辿ってみるが、やっぱり日常的な会話までは覚えていなかった。私は彼女に「なんか変わったね」と言われないように慎重に言葉を選び、当時の私が周りから抱かれていたイメージを想像しながら会話を続けた。
「就職したのは向こうの会社?」
杏里はううんとかぶりを振る。「関西にある広告系のベンチャー企業なの。サークルの先輩が紹介してくれた会社でさ、去年から何回かインターンにも行かせてもらってたのよ」
「ベンチャー企業かあ。なんか杏里っぽくていいよね」
特にその言葉に深い意味はなかったのだが、直後に杏里が目の前で苦笑いを浮かべたこともあって、きっと自分がまずいことを口にしてしまったんだなと察した。
「まあ、みーちゃんみたいに頭良くないから大手にはどうせ受からないってわかってたからね」
「いや別にそういう意味で言ったんじゃ──」
ちょうどその時、私の言葉を遮るように先程と同じ若い男性店員がテーブルにオレンジジュースを持ってきた。「お待たせいたしました。以上でご注文のお品はお揃いでしょうか?」
グラスを受け取った杏里は「はいっ」と満面の笑みを浮かべ、店員が席を離れていったのちにやはりさっきと同じように「やっぱりあの人めちゃくちゃイケメンだよっ。みーちゃんもそう思うでしょ?」とこちらに意見を求めてきた。今度こそ私はそれに「うん、確かに」と肯く。実際、その男性店員はこれまでに何度か芸能事務所にスカウトされているんだろうなと思わせるくらいに顔立ちが整っていて、背も高かった。
ただ、そんなこと今はどっちでもよかった。とにかくいち早く杏里の誤解を解くことを優先しないと私は彼女の中で高校時代の友達からただの嫌な奴に成り下がってしまうような気がして、「で、さっきの話なんだけど」と話題を引き戻そうとした。
しかし、またもやその声が杏里の発した「でもまあ、みーちゃんの彼氏もあの店員さんに負けてないくらい格好良いもんね」という言葉と重なってしまい、必然的に申し訳なさと不安とで控えめな声量で出してしまった私の声はそれによって掻き消されてしまった。
「ん、なんか言った?」と杏里はオレンジジュースに挿さったストローを咥えながら言った。
「ううん。なんでもないよ」
ついつい首を振ってそう答えてしまう。やっちゃったなあ、と途端に溜息を吐きたくなった私はその小さな後悔を誤魔化すようにストローを咥えてグラスの中でブクブクと泡を作った。「そういえば、私に何か話したいことがあったんだっけ?」
杏里はそのことを直前まで忘れていたかのように「あっ。そうそう」と何度か肯き、今度はその表情に路頭に迷ったような困惑の影を落とした。それは明らかに何かを私に言いたげで、それを口にするかどうかを悩んでいる様子だった。
「何かあったの?」と私は聞いた。
それに彼女はうんと肯く。「実はね、これ言っていいのかどうかわからなかったんだけど……」
「全然気にしないで。どうかした?」
「実はこの間、哲平くんを駅で見かけたのよ」と杏里は言った。「
私はうんと肯いた。その名前を聞いた瞬間に山下小春の顔も声もはっきりと頭の中に浮かんだ。
「私、哲平くんがあの山下と二人きりで歩いてた現場を見ちゃったのよっ」と杏里はまるでそれが一大事であるかのように目を見開き、力強い口調でそう言った。
その顔を見て私はそういえばこんな人だったかもなあと今更ながらに懐かしさを覚えつつ、高校時代の竹本杏里の姿と目の前に座っている竹本杏里とを重ね合わせていた。彼女は昔から世話焼きな性格でその大半が余計な心配だったが、どうやらそれは今でも変わっていないらしい。私は今度こそ堂々と深い溜息を吐いた。
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