堕天(No.1)
ユザ
①
待ち合わせの30分前に到着した
共用洗面台の前に立った小春は鏡に映る自分の姿を見ながら前髪を整え、唇のツヤが足りないと感じると手に提げていたかごバッグからディオールのリップグロスを取り出した。彼女は鏡に顔を近づけて唇の中央にグロスを乗せる。その後専用のブラシでそれを中央から左右に伸ばしていき、ムラのないように唇の上下を馴染ませた。仕上げに持参していたポケットティッシュで余分な油分を拭き取れば完成だ。うん、今日も可愛い。と、自分に言い聞かせる。
新調したベージュのワンピースの上から太いベルトを巻いてウエストを強調させたそのコーディネートはこの前立ち寄ったアパレルショップの店員から聞いたアドバイスをそのまま実践していた。彼がワンピース好きだということは把握していたし、それにワンピースだと何かと勝手が良かった。
「よしっ」
ひと通り身なりのチェックが済んだ頃、つい先ほど女性専用個室から出てきたおばさんが眉をひそめてじっとこちらを見つめているのが鏡越しに見えた。小春は慌てて洗面台の前から立ち退き、水のペットボトルを一本買ってコンビニを出た。
自動扉が開いた途端に横風が吹き、今朝家を出る前につけてきた香水の香りが鼻先に触れた。彼はこの香りに一体どんな反応をしてくれるだろうかと想像し、期待してしまう前に考えることをやめた。
まだ待ち合わせの時刻まではまだ15分ほどあった。小春はコンビニの前でスマホを触りながらどこで時間を潰そうかと悩んだ挙句、結局は特にやることも見つかりそうになかったのでとりあえずは集合場所である駅の方角へと歩き出した。
その道すがら、一人で無言のまま歩いていると自然と頭の中には炭酸の泡のように次々底の方から余計なことが浮かび上がってくる。気合いの入りすぎな女は引かれてしまうだろうかとか、いい女は待ち合わせに遅刻するものなのかもしれないとか、そんなどうしょうもないこと。そのたびに小春の足取りは重くなり、やっぱり引き返そうかと途中でその足を止めてしまったりもした。でもやっぱり早く彼に会いたくて集合の10分前には時計台の下に到着してしまう。どうやら私はいい女にはなれそうにないのかもしれない、と彼に依存してしまっている自分自身を少しだけ哀れに思った。
だが、時計台の下で先に待ってくれていた
「そのワンピース可愛いね。似合ってるよ」
哲平くんはこの日もやっぱりかっこよかった。
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