第4話 確執
ギルドマスターは、多忙な仕事だ。
無数の冒険者の書類申請の最終承認から、王都にいる総長とのやり取り。さらにこのグランディアの街では、市長としての役割まで果たさなければならない。
家庭とのバランスなど、到底取れるわけもなかった。
ただでさえ疎遠で、街に染まり、素行の悪さが目立った娘との亀裂は、日々増していく一方だった。
――――――それが決定的になったのは、4年前。彼の妻、つまり、アドレーヌの母親が、病気で死んだ時だ。
自分は定時報告のために、王都に行っていた。妻の体調がすぐれないのは知っていたが、軽い風邪だろうと、高を括っていた。
結果、病は彼女の臓器を炎症させ、帰った時には、すでにこの世から、彼女は去っていた。
「――――――テメェ、何してんだよ! なんで、母さんほったらかして王都になんか行きやがった!」
涙と怒りでグシャグシャの娘に、自分は何も言えなかった。「バカヤロウ」とでも、怒鳴りつければよかったのか。粗暴な自分には、それくらいしかできなかったろう。結果としては、同じになったと思う。
アドレーヌは、ガルバニスの住む屋敷から姿を消した。家出したのだ。
ほどなく、「彼女を見かけた」という情報は、すぐにガルバニスの耳に入った。
「――――――『クロガネローン』だと?」
「ええ、そうみたいです。お嬢様、あそこに転がり込んだみたいで」
アーネットの調べで、家出娘の居所はすぐにわかった。彼女は優秀な秘書だ。
「……迎えに行かないんですか?」
「――――――今行ったところで、余計こじれるだけだろう」
「でも、
「しばらく様子を見る。あのクロガネのところだ、悪いようにはせんだろう」
そうして、娘の動向は把握しつつ、自分は仕事に勤しんだ。ギルドの荒くれ冒険者をまとめ上げつつ、王都へ予算を回してもらうよう手配したり。
そんな風にして、2年。時間が経てば、娘との溝も勝手に埋まるだろうと思っていた。
それが、甘かったことを、彼は身をもって思い知ることになる。
「――――――ふざけんな、このクソオヤジがぁ!」
クロガネローンにアドを迎えに行った矢先、コップを顔面に叩きつけられた。
「今更帰ってこいだ!? バカかよ! 父親面もいい加減にしろよな! 散々ほったらかしやがった癖しやがってよ!」
「……テメェ、親に向かってバカとはなんだ!」
怒りで、『クロガネローン』の会社が入っている建物が揺れる。互いに一触即発。血のつながりを感じる短気な父娘は、思い思いの武器を、その場で振り上げた。
「はい、スト―――――――ップ」
手をぱん! と叩く音に、糸目の青年がにこやかな笑みで立っている。その表情は柔和だが、背後には若干、死神が見えていた。
「よそでやってください。会社壊されるのは、さすがに見過ごせないんで」
こうして、父と娘は、あの荒野で正真正銘、マジの喧嘩をすることになったのである。
********
壮絶な
「――――――お疲れさんです」
「……「
入り口で待っていたのは、クロガネだった。自分の従業員を迎えに来たのだ。
ガルバニスは、アドを放り投げ、クロガネに引き渡す。そのまま、ギルドへと歩を進め始めた。
「おや、いいんですか? 大事な娘を、僕なんかに預けて」
「勘違いするな。ほかの連中より幾分かマシなだけだ」
それと、と。ガルバニスは、アドの首を指さす。
「定期的にギルドに顔を出させろ。そうすりゃ、違法なてめえの店は見逃してやる」
アドの首には、いつの間にやら、冒険者証がかかっていた。しかも、いきなりAランクの代物である。
「Aランクって……いいんですか? そんな前例ないでしょ?」
クロガネの問いに、ガルバニスは手を挙げて、振り返らなかった。
「――――――俺の指を砕けりゃあ、資格相応だろう」
彼の指が、赤く腫れあがっている。クロガネもその結果に、「なるほど」というほかなかった。
すぐれた冒険者を発掘するのも、ギルドマスターの仕事の一つなのだ。
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