第3話 彼女の大嫌いな「場所」

「う、うわあああああああああ!!」

「にーげーんーなー! オラ!」


 鉄パイプを襟に引っ掛け、逃げる冒険者の動きを止める。そのままぐいっと引き寄せると、アドレーヌは容赦なく、背中を蹴り飛ばした。


「ぐえっ!」

「とっとと利息払えよ。たかが銀貨5枚だろーが。ケチってんじゃねえよ?」


 アドは肩を鉄パイプでとんとんと叩きながら、じろりと冒険者を見下す。所詮ギルド融資も受けられない、金にだらしないヤローだ。


「か、金ならねえよぉ!」

「ないなら!? 作るのが筋ってもんだろ、え? 知り合いからでも何でもいいから、金作ってこい!」

「……っ!!」


 アドの気迫に、債務者はとっさに駆け出す。自分はスピードを自慢とする冒険者のはずだが、追いかけるアドレーヌはあっさりと着いてきていた。


(……バケモノめ!!)


 舌打ちしながら、債務者は走る。このまま、このまま、まで逃げ切れば――――――!!


「……だああああああああああああっ!!!」


 債務者が必死こいて、血反吐はいて駆け込んだ場所。それは――――――冒険者ギルド。

 アドレーヌは冒険者ギルドに入るのを嫌っている。それは、周知の事実だった。飛び込んできた債務者に唖然とする中、債務者はしてやったり、という顔をする。


(ど、どうだっ!!)


 ぱっと振り返った、その先には。


「――――――オイ、?」


 すさまじく恐ろしい貌をしている狂犬が、債務者を見下ろしていた。

 狂犬は、ゆっくりと鉄パイプを持ち上げる。怒り心頭なのは間違いない。


(……他人の振り、他人の振り……)


 周囲の冒険者たちは、一斉に顔をそむけた。

 ギルド嫌いのアドレーヌ相手だからと言って、ギルドに逃げれば安全とは限らない。


 むしろ、さらなる怒りを買うだけだ。


「――――――ひぎゃああああああ”あああああああ”ああああああああっ!!」


 債務者はボロ雑巾のようにされた後、ギルドの外に棄てられた。

 もちろん、懐に隠していた、銀貨5枚をバッチリ毟り取られたうえでだ。


********


「騒がしいな、オイ」


 ギルドの上階から、にわかにプレッシャーが放たれ、ギルドマスターが下りてくる。ギルドの入り口前で、血まみれになりながら立っているアドレーヌと、ばっちり目が合った。


 ガルバニスは、ふん、と鼻を鳴らした。


「何しに来やがった、バカ娘」

「仕事だ、クソオヤジ」


 そう言い、踵を返して、アドレーヌはギルドから立ち去ろうとする。


「待て!」


 呼び止めるガルバニスに、アドレーヌはじろりと視線を返した。


「――――――何? アタシ忙しいんだけど」

「テメェ、冒険者資格の更新してねえだろ。……ついでにやってけ」


 そう言い、ガルバニスは部屋へと戻っていく。代わりに、彼の秘書であるアーネットが、アドの元にやってきた。


「ごめんなさいね。クロガネ社長には、私から言っておくから」

「……あっそ」


 しぶしぶとアドは、受付のカウンターに並ぶ。それだけで周囲はどよめいた。

 ふと、アドの目線に、見慣れないものが映る。屋台だ。


「……『ルイ・ドーナツ』……!」


 あの不良憲兵がちょくちょく持ってくる、最近流行りのドーナツ。ギルドの中でしか売っていないので、ギルドに入りたくないアドにとっては手に入りづらい代物だった。


 出来立てのドーナツの香りが、アドの鼻孔を刺激する。

 レグレットはあちこちぶらぶらするので、ドーナツはいつも冷めているのだ。


「あ、アドさん。良かったら……おひとつ、どうですか? 美味しいですよ?」

「……ん」


 ポケットから自前の銅貨を取り出し、出来立てドーナツをもらう。列に並びながら、ガツガツと、あっという間に食べてしまった。口についたジャムを指で拭うと、そのまま服で拭きとる。


「……うまっ」


 誰にも聞こえない程度に、ボソッとアドは呟いた。

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