第5章 ギルドマスター ガルバニス

第1話 ギルドマスターと狂犬

王城内に、異様なまでの緊張感が走っている。城の中を歩き回る文官たちも、秩序を守る衛兵たちも、皆緊張に満ちた面持ち。


 その理由は、場内を歩く、大戦鎚を持った大男のせいだ。王城内でこんな奴がいたら、普通は即刻戦闘ものなのだが。


 大男はこの城にいる、冒険者ギルド総長の客人である。無下にするわけにもいかない。というか、こんなのと戦い出したら、周囲の被害がわかったものじゃなかった。


 そんなことを当の大男は気にもせず、ギルド総長の執務室へと入る。執務室では、ギルド総長が書類整理に飽きたのか、自分の剣を磨いていた。


「――――――やあ、ガルバニス。よく来たね」

「エンゴウの旦那、どうも。これ、土産な」

「お! 『ルイ・ドーナツ』じゃないか! これ、好きなんだよねえ」


 磨いていた剣を傍らに突き刺すと、ギルド総長エンゴウはドーナツをごそごそと取り出し始めた。雑に扱われている剣は、どうせ貴族から付き合いでもらったものだ。たたき上げの、元冒険者である彼にとっては、さほど価値は感じられなかった。こんな派手な剣よりも、腰にいた細い馴染みの剣の方が、彼には愛着があるのだ。


「……相変わらずドーナツそれ好きだな、旦那はよ」


 ガルバニスは、そういって応接用のソファに座る。

 王都に来たのは、いつもの定時報告だ。グランディアの現状を、支部長として本部の総長に伝える義務がある。


 とはいえ、グランディアであることなど、いつも通りバカどもの喧騒ばかりだ。とりとめのない話ばかりになり、定時報告は終わった。


「――――――そう言えば、この間、魔法騎士団から正式に抗議が来たよ」

「魔法騎士団?」

「うちの団員を、よくも借金の型に嵌めてくれたな、ってさ」


 先日、王城内を騒がす大事件があった。エリートである魔法騎士団員が、グランディアに訪れた際、決闘に敗北して借金を背負わされたというのだ。かろうじて事件の情報は王城内に留めたものの、魔法騎士団はメンツを潰されてかなりご立腹らしい。


「なんでも、泣いて土下座しながら「お金貸してください」と頼まれたそうでねえ。かわいい妹になんてことをしたんだ、と、部隊長殿から怒られてしまったよ」

「それは……まあ、あの街の連中だからなぁ」

「まあ、部隊長お兄様に直接相談だったから、まだ穏便に済んだんだけどね。知り合いに駆けずり回って、とかだったら、噂は広がったろうからねえ」

「しかしまあ、決闘なんじゃ、こっちには何の落ち度もねえな」


 一応、コソ泥どもは処罰しているが。当の本人も公に言わない以上、こちらは何の手も出せない。


「それでね、そういえば、と思ったんだけどさ」


 エンゴウはドーナツをかじりながら、ガルバニスを見やる。


「その時、僕、王都で見かけたかもしれないんだよねえ」

「見た。……何を?」


「君の、だよ」


 その途端、ガルバニスの表情はかつてないほど険しくなった。


********


「――――――シャチョー、集金行ってくる」

「はーい、行ってらっしゃい」


 鉄パイプを片手に出かけるアドを見送りながら、「金貸し屋」クロガネは金貨を数えている。その傍らにはすでに金を借りに来ている、汚職憲兵レグレットの姿があった。

 消えていくアドの背中を見やりながら、押収したエロ本を丸めて、自身の四十肩を叩いている。


「いやあ。アイツも、すっかりここに馴染んだなあ」

「そうですかね。そんなことないと思うけど」

「いやいや、この3年で、すっかりお前さんの相棒だろう」


 アドが『クロガネローン』で働くようになって、3年が過ぎていた。街では元から手の付けられない暴れん坊だったのだが、クロガネの元で働くようになってすっかり「狂犬」の異名が板についてしまった。


「女の子としてどうなんですかね、あれは」

「まあ、この街で生きてくなら、アレも一つの正解だろう」


 このグランディアで生き抜くために、必要なものは主に3つ。金、暴力、色気セックス。力の「ガルバニス」、金の「クロガネ」。色気は、娼館街の女王「ラディア」。有名なのはこんなところか。


「しっかし、あのじゃじゃ馬も、これでも丸くなったんだなあ」


 当時のアドの荒れっぷりを知るレグレットは、しみじみと人の家の茶を(勝手に)啜っている。


「……まあ、その、アレだな。あの親にして、娘ありといったところか」

「ですかねえ……」


 狂犬アドレーヌと言えば、このグランディアでは有名な逸話がある。


 それこそ、2年前。クロガネローンに入社したての、アドレーヌが起こした大事件。


 ダンジョン近隣の荒野の地形を大きく変えてしまった、壮絶な父娘おやこ喧嘩の話だ。

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