第5話 ドーナツ屋エリーシャ
翌朝。ギルドに一足早く出社したガルバニスは、入り口前にアーネットの姿を検めた。
「おう」
「おはようございます。マスター」
「……用意、できなかったみたいだな」
そういうガルバニスに、アーネットは袋を差し出す。怪訝な顔して手に取ると、甘い香りがした。
「……今朝ぎりぎりまで作ってたんです。材料が足りないからって、冒険者さんまで駆り出して。大騒ぎだったみたいですよ?」
一つ取り出し、つまみ食いをする。以前食った時より味が整ってはいないが、大味な分
自分には好みだった。
「……へえ、美味いもんだな」
「みんな中で寝てるので、荷物はこちらに。行ってらっしゃい」
「なんだよ、俺を入れないためにここにいたのかお前」
舌打ちして、ガルバニスは踵を返す。向かうはこのまま、王都だ。アーネットは背中を見送り、ふう、と息を吐く。
ギルドの扉をそっと開け、中の様子をうかがう。大量の冒険者と受付嬢たちが、甘い香りの中、爆睡していた。厨房は所々焦げたり、爆発の跡があったりする。一筋縄ではいかなかったのは、目に見えて分かった。
起こさないように中に入ると、アーネットはふっと笑った。
材料まみれで真っ白のエリーシャが、今まで見たことない笑顔で眠っていたのだ。
********
「おう、金貸し屋。金貸してくれぃ」
「またですか、レグレットさん」
汚職憲兵レグレットは、『クロガネローン』を訪れていた。目的はもちろん、金を借りるためである。
「毎度毎度、懲りない人ですねえ、あなたも」
「そう言うなよ。ほら、差し入れ」
レグレットは、袋に入ったドーナツを、机に置く。
「あ、『ルイ・ドーナツ』ですか」
「そうそう。ようやく買えたんだよ。これがなぁ、美味くてなあ」
********
エリーシャは、冒険者ギルドの受付嬢を辞めた。そして、新しい職場で働いている。
それは。
「いらっしゃいませー!」
「エリーシャちゃん、ドーナツ1つ!」
「はーい、銅貨3枚! 毎度あり!」
冒険者ギルド内の、売店スペースだった。そこに、小さい屋台と厨房を用意して、ドーナツを作っては売っている。
冒険者ギルド総長の「美味しいね、コレ」のお墨付きもあってか、評判は上々……というか、想像以上に売れている。銀行から受けた融資の返済も、このペースなら予定よりもだいぶ早く終わりそうだ。
「社長、ドーナツできました!」
「はーい! そこ、置いといて!」
先日、ギルドの面々を巻き込んでドーナツ作りをしたとき、彼女は今まで感じたことがないくらい充実感を感じていた。受付嬢の仕事と比較して、これを新しいお仕事にしてもよい、と感じたのだ。
そこから、彼女はいろいろな人に相談した。経営については賢者スターク、法律については憲兵レグレット、そして、金銭面に関しては……金貸し屋クロガネ。
「僕のトコから借りるより、普通の銀行で借りた方が絶対良いですよ?」
「……そりゃそうですよね……」
そうして、彼女は銀行からの融資をもぎ取り、ドーナツ屋を始めたのである。まさか、事業開始3日で従業員を雇うことになるとは、思ってもなかったが。
ドーナツ屋を始めるにあたり、ルイのお母さんのところへも伺った。というか、そもそも
あのドーナツは彼女のレシピである。何か文句の一言でも言われても仕方ない、そう思っていたのだが。
「……皆さんに喜んでもらえるなら。こんな、一農家の粗末なドーナツですけど」
と、快く快諾してくれた。本当に、なんで彼女の息子はグランディアなんかに来てしまったのか。
そして、最後にエリーシャが決めたのは、ドーナツ屋の名前。だが実は、割と最初からこれだけは決まっていた。
――――――それが、『ルイ・ドーナツ』。太陽のような彼の名を冠した、ドーナツ屋である。
********
「いやぁ、それにしても、ある意味伝説になりましたねえ。彼も」
クロガネは『ルイ・ドーナツ』を頬張りながら、のんきに呟く。
初めて会った時は、まさかこんな形で名を遺すとは、かけらも思わなかった。
「まさか、死んでから有名になるとは、本人も思わんだろうな」
同じくレグレットも、ドーナツを食べながら警邏の仕事をサボっている。
ただ一人、アドレーヌだけがドーナツを食べながら、複雑な表情をしていた。
「あれ、アド。お前、好きじゃないのか?」
「ああ、違いますよ。ほら、あれ売ってるの、ギルドの中でしょ」
「……ああ、お前さん、買いづらいのか」
――――――アドレーヌは冒険者ギルドに入るのが嫌いなのだ。
図星を突かれたアドは、クロガネとレグレットの脛を蹴り飛ばした。
<第4章 受付嬢エリーシャ 完>
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