第3話 穴まで美味しドーナツ
――――――これも、引きずっていることになるのだろうか。
ギルドが非番の日、エリーシャは、馬車に揺られて街道を進んでいた。行先はグランディア近郊の農村。村の名前はリング村という。
エリーシャ以外は誰も降りない、ひっそりとした村だ。貧しいか富んでいるかと言われると、どちらかというと貧しい、くらい。だが、人々は充実した顔で田畑を耕し、汗をかいている。
顔を灼く日差しに、エリーシャはたまらず日傘をさした。年中曇り空のグランディアに住んでいると、太陽の光が苦手になる気がする。
農村を進んでいくと、小さい墓地があった。そこに、村に着く前に摘んできた花を持って、彼女は入っていく。
「……あら、エリーシャちゃん?」
「あ、お母さま……どうも」
目当てのお墓には先客がいた。冒険者ルイの母親。亡くなったルイの遺骨を取りにグランディアに赴き、その際に知り合った。
ルイの墓に花を置き、目をつむって祈る。それが、この世界の死者への弔いだ。
「来てくれてありがとうね、遠いところから」
「いえ、馬車で日帰りで来れますし」
「あの子も、こんな綺麗な方に良くしていただいて……」
ルイの母は、グランディアの人間に対する偏見というのはあまりない人らしい。よそだと、「悪党の街」ということで、結構ひどい扱いを受けたりするらしいのだが。
「ルイくんには、仕事手伝ってもらったりしましたから……」
「そう。困ってる人には、親切にしてあげなさい、と、ずっと教えていたから……」
息子の笑顔を思い出したのか、母親の目には涙が浮かぶ。エリーシャはなぜというわけでもなく、彼女の背中を撫でた。
「……ありがとうね。あ、これ。良かったら食べて」
「これ?」
母親がエリーシャに差し出したのは、お供え物の食べ物だ。
エリーシャは、その食べ物を、見たことがなかった。
「なんですかコレ? パン?」
「これね、うちの村の名物なのよ。『ドーナツ』っていうの」
パンなのだが、真ん中に穴が開いている。そして、上側にジャムがコーティングされていた。
「……じゃあ、いただきます」
エリーシャは一口、ドーナツを頬張る。食べた瞬間、彼女の目は見開かれた。
「……美味しい!」
「あら、そう? 良かったわ」
ドーナツはびっくりするくらい美味しかった。ふわふわの触感もさることながら、上のジャムもとても甘い。
「え、これ、すごい美味しいんですけど! 手作りですか?」
「そうなのよ。ちょくちょく作るんだけど、よかったら持って帰る?」
「え、いいんですか!?」
「もちろん。ルイがお世話になって、こんなもので悪いんだけど……」
ルイの生家に立ち寄ってドーナツをもらうと、エリーシャは少しほっこりした気分で、リング村を後にした。
********
翌日、冒険者ギルドに来た受付嬢たちは、更衣室に山盛りのドーナツが置いてあり、面食らっていた。
「……何、これ?」
「さあ……」
「あ、おはようございます。これ、差し入れです」
一足先にやって来ていたエリーシャが、ドーナツを受付嬢たちに手渡していく。
「昨日お休みで出かけたんですけど、そこでもらって。美味しいんだけど、私一人じゃ食べきれなくて……」
「へえー。……あ、ホントだ、美味しい!」
「あ、甘くていいね! ジャムも、物によって違うんだ!」
「そっちの、紫のジャムの奴一口ちょうだい! こっちあげるから」
あっという間に、ドーナツの交換会が始まった。みんなでもぐもぐと食べていると、アーネットも朝礼にやってくる。
「おはようございます。……なんですか、この香り?」
「あ、アーネットさん! エリーシャ地産が、差し入れですって」
「あの……リング村の名物の、ドーナツです」
「へえ、ドーナツ……」
アーネットは一口、ドーナツを手に取ってかじる。その瞬間、いつも張りつめている彼女の背後に、ふわりと花が咲いた……気がした。そう思った時には、すぐに消えたけど。
「……たしかに美味ではありますが。もうすぐ仕事です。気を抜かないようお願いします」
そして、ドーナツを数個カゴに入れると、そのまま出て行ってしまう。
「……持ってくんだ、アーネットさん……」
きっと、相当気に入ったのだろう。エリーシャは、なんとなくそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます