第2話 受付嬢のお仕事

 朝礼を終えて、受付嬢としての仕事が始まる。

 彼女たちの主な仕事は、ギルドにやってくる冒険者たちの新規登録、クエスト斡旋、そして、各種申請の手続きだ。窓口に立ち、様々な人たちの発言を聞きながら、適切な対応をしていくのだ。


「なんか、楽で報酬のいいクエストない?」

「そうですねえ。あなたの冒険者ランクはDですから……。今だと、ドライアードの討伐なんかがおすすめですね」

「冒険者登録したいんじゃが……」

「年齢は何歳ですか? 新規冒険者は、30歳未満でないと登録できないんですが」


 事務的に、受付をこなしていく彼女たち。エリーシャもまた、そんなギルドの歯車の一つであった。


 だが。


「――――――パーティ登録情報を更新したいんだけど」


 受付の内容により、エリーシャという歯車は、わずかな軋みを見せることがある。


「……は、はい。更新ですね。では、この書類に更新情報を記載してください」


 誰にもわからない程度に引きつった笑みで、エリーシャは書類を手渡した。受け取った冒険者は彼女の様子に一切気づくことなく、さらさらと書類を書き進めていく。


「はい、できたよ」

「ありがとうござい、ます……」


 受け取った書類を、ざっと眺める。パーティ更新事由――――――『死亡』。


「――――――はい、オーケーです。では、少々お待ちください」


 エリーシャは立ち上がり、書類を持って後ろに下がった。これらの書類は、ギルドマスター、その代理であるアーネットの承認が必要となる。


「……アーネットさん。パーティ更新申請です。お願いします」

「うん。……うん、うん。……エリーシャさん」


 アーネットは眼鏡越しに、鋭い目で書類を見検める。さすがというか、確認のスピードがほかの受付嬢の比ではない。


「ここ、日付間違えてるわ。あと、チェック欄埋まり切ってない。大体あなた、自分のサインもしてないじゃないの」

「え? ……あっ!!」


 信じられない、初歩的なミスだった。エリーシャだってギルドで働いて3年、もうケアレスミスからは卒業してほしい経歴である。


「す、すみません……」

「すぐに直して、持ってきてちょうだい」


 慌てて書類を受付に持っていき、冒険者に平謝りして、修正箇所を記載してもらう。そして自分のサインをして、急いでアーネットのところへと持って行った。

 自分が悪いのだから仕方ないのだが、この一連の動きの最中、ずっと頭を下げ続けていた。それが何とも惨めで、悔しくて。


(……なんで、受付嬢なんてやってるんだっけ……)


 昼休憩になり、売店で買ったパンを頬張りながら、エリーシャはぼんやりと考えていた。この街に限ったことではないが、いろんなお仕事がある。憲兵だったり、冒険者だったり、娼婦だったり、あとは……「金貸し屋」なんて、変わり種もあったりする。


 自分が受付嬢を始めた理由は、正直「なんとなく」だった。学もない、戦うこともできない、かといって身体を売る自信もない。ダメ元で顔面接のギルドを受けたら、通ってしまった。

それで、3年もこの仕事を続けている。給料はそこそこに良いので給料面での不満はない。だが……。


「……お疲れ様。エリーシャ」

「あ、アーネットさん」


 たまたま休憩の時間が被ったのか、料理のプレートを持ったアーネットが、彼女の横にやってきた。自然な流れで、彼女はエリーシャの隣に座る。


「……さっきは、すみませんでした」

「ああ、あれ? 別にいいわよ、書類の記載漏れくらい、誰だってするし」


 そうは言うものの、「でも」とアーネットは続けた。


「――――――あなた、パーティ更新の時だけ、ミスする確率が高いわね」


「えっ?」

「ここ半年くらい。パーティ更新で事由が『死亡』の時、あなた、特に元気ないわよ」


 長年、受付嬢を見ていると、それぞれの得意不得意なんかも見えてくる。大体どの仕事なら得意で、どの仕事なら時間がかかるか。そういったことを管理するのも、アーネットの仕事の内だ。


 そして、エリーシャが「パーティ更新」で精細さを欠く理由も、当然把握している。


「……まだあの子のこと、引きずってるの?」

「……自分でも、おかしいとは思ってるんですけどね。死んじゃう冒険者さんなんて、それこそいっぱい見てきたはずなのに……」

「いや。あなたの担当で、初めての死亡者だったはずよ、彼は」


 半年前、新人冒険者として担当した少年、ルイ。自分よりも年下で、まるで弟のように思っていたところがあったのかもしれない。明るく、誠実で、人懐っこかった彼と仕事をしているときは、エリーシャも心が弾んでいたのは間違いなかった。


 身近に接していたはずの人間の、突然の死。冒険者としての厳しい現実を、受付嬢である彼女も突き付けられたことが、いまだにショックとして残っているのかもしれない。


「印象的だったことはわかるけど……慣れないと、この仕事はやってけないわよ?」

「……わかって、ます」

「まあ、無理にとは言わないわ。あなたもまだ若いから、いくらでも道はあるしね」


 アーネットさんは食べるスピードも一流で、話しながらもあっという間に食べ終わっていた。そして、もう仕事に戻ってしまう。


「……あなたの、本当にやりたいこと、見つかるといいわね」


 そういうアーネットが仕事に戻る背中には、一切の迷いは感じられなかった。

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