第4章 受付嬢エリーシャ

第1話 公開処刑

 エリーシャが冒険者ギルドに出勤すると、入り口前に人だかりができていた。いったい何だろうと思うと、男女が裸で、ギルド前に鎖につながれている。


 女の方は見覚えがあった――――――というか、同僚だ。男の方も見覚えはないが、顔が良いので、おそらくは男娼なんだろう、と想像がつく。


「おはようございます、レグレットさん」

「おお、エリーシャちゃんかい。おはよう」


 鎖でつながれている男女と観客の境界に立つ、見覚えのある憲兵に、エリーシャは話しかける。40代前半のこの憲兵は、女にだらしないことで有名だが、同時に女に優しいことも有名であった。


「何があったんですか? あれ」

「ああ。憲兵ウチの事件じゃねーぞ。ギルドマスターのご要望でな」

「マスターが?」


「あの嬢ちゃんが、ギルドの金で男に貢いじまったらしい」


 なるほど、それは命知らずな。ギルドの金ということは、つまりギルドマスターの金である。この街で絶対に逆らってはいけない存在である彼の懐金ふところがねに手を出すなど、自殺行為もいいところだ。むしろ、この程度で済んでいることが奇跡に近い。


 憲兵のおじさんの元を離れ、ギルドの中へと入る。出勤用の私服から制服に着替えると、エリーシャ以外の女性たちも、続々と入ってきた。


「おはよーございまーす」


 どれもこれも、見目麗しい美人ばかり。さすがは、「顔面接」とまで言われる冒険者ギルドの受付嬢の面々だ。これも、ギルドマスターの采配である。


「どうせろくな女なんぞこの街にいねえんだから、顔くらいしか採用基準がない」というのがギルドマスターの言い分だ。確かになあ、としか言いようがない。この街では、教養や特技など、アピールポイントがある人の方が少ないのだ。


「だから、バカかテメーら! こんなもん、こうすりゃ勝ちだろーが!」

「うわ、そうか! 全然気づかなかった」

「はい、俺の勝ち。じゃ、銀貨いただきな」

「くっそぉ、やっぱり強いなお前……!」


 教養があるといえば。

 職場であるギルドの待合室に行くと、冒険者崩れの連中が卓を囲んでいた。


「何してるの?」

「おお、エリーシャちゃん! コイツに勝ったら、金貨もらえるんだよ!」


 コイツ、と呼ばれているのは、大量の銀貨を抱える、スタークという男である。国内最高峰の学院を中退という、この街では異例の経歴の持ち主だ。

 今までは学歴を隠していたのだが、ひょんなことから明るみに出た。以来、彼は冒険者に様々な知恵を貸したりして金を得るやり方を取り始めたのだ。


 ちなみになんで黙ってたのかと聞くと、「だって俺が自分で言ったってお前ら信じねーじゃん」と返ってきた。ぐうの音も出なかった。


「エリーシャちゃんもやる? 挑戦料は銀貨1枚。俺に勝ったら、金貨になって返ってくるよ?」

「……アホらし。仕事戻るわ」


 ため息をついて、エリーシャは受付に戻った。私たちみたいなバカが、賢者に勝てるわけがない。

 デスクにつき、朝の書類を整理していると、コツ、コツ、と音がする。その音を合図に、他の受付嬢も含めて一斉に立ち上がった。


「――――――みなさん、おはようございます」

「「「「おはようございます!!!!」」」」


 受付嬢が、一斉にお辞儀をする。やってきたのは、このギルドで最も地位の高い女性。

 すなわち、ギルドマスター秘書の、アーネットさんだった。青く長い髪をなびかせ、眼鏡を光らせている。


「今朝見てもらえばわかる通り、シェリアさんがギルドのお金に手を付けてしまいました。ギルドマスターと面談の上、損失分は即刻返済するということで、ギルド前に晒すことで手打ちとなっています」


 アーネットは、あくまで淡々と、業務連絡を続ける。受付嬢たちはみな、話を聞きながら共通の思いにふけっていた。


(……マスターと面談、かぁ……)


 おそらく、どんな処罰よりも、これが一番きついんじゃなかろうか。彼女たちの見解は、おそらく、「裸で晒されるよりも厳しい」だった。


 ダンジョン都市グランディアにおいて、根幹たるダンジョンを管理しているのは冒険者ギルド。そのマスターであるということは、この街のトップ。つまりは市長であり、都市運営のために議会というものも一応存在しているのだが。


「ギルドマスターがあまりにも恐すぎて、議会が運営できない」からと、なんとマスターが出禁を食らっているのだ。代わりに、ここにいるアーネットが議会に出席している。つまりは実質、彼女が街の市長でもある。


「んなアホな」と思うかもしれないが、このグランディアのゴロツキどもを支配するには、これくらい必要なのもわかる。だから、誰も何も言わない。それがこの街のルールだ。


 なので、ギルドマスターが「手打ち」と言えば、それはもう手打ちである。一番偉い人が許したのだから、何の文句も言えない。

 きっと、シェリアはこの後、受付嬢の仕事に復帰するだろう。ただし、街中の人たちに裸を想起されながら、その視線に当分の間は晒されながら仕事をすることになる。


「――――――以上が今日の業務連絡です。それではみなさん、今日もよろしくお願いします」

「「「「よろしくお願いします」」」」

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