第7話 不良賢者スターク
「いやー、よかった、よかった!」
手を叩きながら、スタークは勝利の美酒をあおっている。
「借りた金じゃない酒ってのは、美味いもんだねえ!」
「……本当に、何もしてないの? スタークさん」
「うん?」
一緒にテーブルに着いているエリーシャが、怪訝な目をしている。
「あたぼうよ。昨日は一晩中、準備してたんだぜ? 俺だって死にたくないしな」
正直、レイチェルが立ち去るとき放った一言で、こうなる予測はついていた。
『――――――私の宝石魔術で――――――』
これを言った時、スタークは「あ、こいつバカだ」と確信した。なんだったら、ほとんど何もしなくても勝てることすら、この時に理解している。
「――――――この街で『宝石』なんて持ってたら、奪われるに決まってるわな」
民度の低さに呆れるけれど、それがこの街なのだ。
「オイ、不良賢者! 決闘勝ったんだろ!? ご祝儀くらいよこせよ!」
「馬鹿言え、そんな金ねーよ! 全部持ってかれたわ!」
一緒に飲んでいる連中に、スタークは叫び返す。
レイチェルに決闘で勝利はしたものの、約束の金貨40枚など、到底支払えなかった。何せ、彼女の持ち物は纏っていた襤褸のみだったのだから。
「いっそ、身体で払ってもらうか? この別嬪さんなら、俺金貨出すぞ」
「俺も。ここにいる全員の相手してくれたら、それくらい貯まるんじゃね?」
「ひぃっ!?」
ギャラリーの発言に、うら若き乙女は恐怖に震えた。周囲の人たちも、「それが妥当だよなあ……」みたいな雰囲気を出し始める。
欲望がある、とかじゃない。「身体で稼げる奴は身体で稼ぐ」のが、この街では当たり前なのだ。
そんな空気を断ち切ったのは、同じくギャラリーだった糸目の青年だった。
「……あのー。良ければ、僕が賞金立て替えましょうか?」
「……へ?」
青年が言を発した瞬間、ギャラリーたちはピタリと押し黙る。彼の正体を、知らない者はいない。
だが、彼の正体を知らないレイチェルは、目を輝かせた。
「……い、いいのか? ほんとに?」
「ええ。なんなら、服とか、帰りの旅費代とかも工面しますけど」
「……あなたは、神か?」
「いえいえ。困っている人を放っておけないだけですよ。ちょっと色を付けて返してもらいたいなあ、とは思いますけど」
「は、払う! 必ず! 騎士の誇りに誓って!」
「じゃあ、この書類に、サインください」
巧みな手腕で、レイチェルはあっという間にサインさせられる。青年の笑顔に、街の人たちは戦慄した。王都の魔法騎士からも搾り取る気なのだ、この「金貸し屋」は。
「……というわけで、スタークくん。あなたの借金は、チャラでいいですよ」
「……え、そういう感じ? 旦那、ちょっとくらい現金もらっても――――――」
文句を言おうとしたスタークの喉元に、漆黒の鉄パイプが突き付けられる。金貸し屋の、取り立て係の女だった。
「――――――アンタ、現金あったら使うでしょ。酒に」
「いやいや、信用ねえなあ。ちゃんと返すって」
「ちゃんと返すなら、今全額立て替えても同じでしょ?」
金貸し屋の正論に、さすがの賢者も舌が回らない。結局、スタークの直接の実入りは、何一つなかったのだ。
「……ところで、一体いくらくらいになるのかしらね、あの魔法騎士さんの借金」
「そうだなあ。王都への帰りだけで、軽く10日以上はかかるから……」
少なくとも金貨40枚の、
「……ま、可哀想だが、しょうがねえわな」
なにしろ、「騎士の誇り」まで宣言して、借金返すって言っちゃったんだから。
「大変だねえ、騎士サマってのは、まったくよ」
誓いも誇りもない不良「賢者」スタークは、へらへら笑って酒をあおった。
<第3章 不良賢者スターク 完>
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