第6話 戦う前に勝つ(ただの自滅とも言う)
翌日。決闘場所である河原に、スタークは立っていた。その他、大勢のギャラリーが集まっている。
当のレイチェルは、まだ来ない。
「……約束の時間から、もう1時間くらいたってるよな?」
「逃げ出したのか?」
「まさか。天下の魔法騎士サマだぞ?」
そんなざわめきの中、スタークはうっすら生えたあごひげを触っている。
「……ち、ちょっと、通して……」
か細い声が、群衆の中から聞こえた。
男たちをかき分けて、よろよろと、決闘上に、一人の女性が現れる。レイチェル=ウィズリーであることは、金髪と顔、そして
そう、露だった。昨日まで着ていた、魔法騎士の制服はどこへやら。彼女の姿は
「……こりゃ、一晩で随分とやつれたなぁ」
「……スターク……!! 貴様の差し金だろう……!!」
寝不足で血走った眼で、レイチェルはスタークを睨みつけた。
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「――――――悪いが、出て行ってくれ。有り金全部持ってだ」
「――――――は?」
ぽかんとするレイチェルに、宿屋の主人は冷徹に言い放った。
「な、何を言い出すんだ? 有り金、だと?」
「言葉通りだよ。……嫌なら、今すぐ有り金全部、よこしてもらおうか」
「なっ!?」
突然の発言に、レイチェルは動揺を隠せない。少なくとも宿泊するときは、笑顔で迎え入れてくれたというのに。
「……いったい、なんで……!?」
「あんたにここに居られると、迷惑なんだよ。後ろ、気づかないのかい?」
主人の言葉に、レイチェルははっと振り返った。
背後にいる人々が、ギラギラと目を輝かせている。それも、邪悪に。
(……えっ?)
いったい、なぜ? 街の人に狙われる理由が、彼女にはわかっていなかった。それを悟ったであろう宿屋の主人は、ため息をつく。
「……アンタ、宝石魔法を使うんだろ? 街中の噂になってるよ」
「そ、それが、なんで……」
「わかってないな。ここは、グランディアだぞ?」
――――――まさか。レイチェルの背筋が、ぞわっと震えた。
「うちの宿を乱痴気騒ぎの会場にされても困る。だから、どっちか決めとくれ。有り金全部出して泊まるか、全部持って出てくか」
その言葉に、レイチェルへのこの街の、すべてが詰まっていた。
「――――――おい、宝石が逃げたぞ! 追え!」
「――――――魔法騎士っつっても、所詮は一人だ! 囲んで体力を奪え!」
「ちょっと、魔法使われたら、宝石粉々になるでしょーが! うまく取り押さえてよ!?」
「い、いい匂いなんだな。ちょっとくらい、仲良くしても、いいんだな?」
その夜は、もう散々だった。休む間もなく、街中の悪党が、矢継ぎ早に襲い掛かってきたのである。彼女の宝石(ついでに身体)を狙って。
「う、うわああああああああああああああああああああ!!」
男も女も関係ない。自分を見るなり、「宝石ぃ!」と言ってとびかかってくるのだ。恐ろしいことこの上ない。
ましてや、グランディアとはいえ、彼女は魔法騎士で、相手は市民。魔法で吹き飛ばして、というわけにもいかない。というかそもそも、決闘用の宝石を、こんなところで使うわけにはいかない。相手はあの卑怯なスタークだ。十全に揃えておきたい。
――――――と思っていたら、宝石を子供に盗まれた。ショックで呆然としていたら、路地裏の娼婦たちに身ぐるみを剥がれた。襤褸をまとって、ようやくレイチェルが仮眠を取れたのは、ほんの30分前の出来事である。
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「貴様の差し金だろう、スターク……! 街の人に私を襲わせるなど、なんて卑劣な……!」
「卑劣なのはこの街の連中だろ。俺ぁ何もしてねーよ」
そして、スタークは銃口を構えた。かつて、リュカスを気絶させたのと、同じ見た目の魔銃である。
「……で、やるか? 決闘」
「……う……ぐ……っ!」
スタークの言葉に、レイチェルはたじろいだ。相手は十全。対して、こちらは……。
(――――――一番の武器の宝石はない、体力も、一晩中逃げ回って……昼から、何も食べてない、おまけに、身ぐるみ剥がれて、寒い)
レイチェルの目に、涙が浮かんだ。
「……うっ……ぐうぅうぅぅぅううぅぅぅう……!」
歯を食いしばり、こらえようとしているが、自分の情けなさに、涙が出てくる。誇り高き魔法騎士は、その場に崩れ落ちた。
「――――――やれるわけが、ないじゃない……!」
スタークは息を吐いた。正しい判断だ。アホな騎士だと、「騎士道精神こそがわが武器!」とか言って突っ込んできたりするし。
「じゃ、言わなきゃいけないことがあるよな?」
スタークは銃を構えたまま、座り込むレイチェルに、にやりと微笑みかける。
「――――――――――――参り、ました……」
魔法騎士サマは戦うこともできず、賢者に敗北したのだった。
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