第4話 アルム・サロク学院での過去

 アルム・サロク学院の生徒は、大半が貴族である。ほか、息子を官僚にしたい金持ちたちが、こぞって学院に金を払い、裏口入学を果たしていた。


 こんなやり方が横行している学院だが、原因としては入学試験の難しさが上げられる。初代学院長の言いつけで難易度を変えることができないらしく、結果合格ラインに到達する人数は定員割れを起こしている、というのが現状らしい。


 学院だって運営に金が要る。生徒も欲しい。なので、試験を受けた貴族を裏金で合格させることが常となっていた。なので、毎年多くの貴族の子息令嬢がこの学院に入学する。


 そんな中、実力で合格する猛者へんたいどもも、当然いるわけで。信じられないことに、実力で合格する奴らは、大半が平民だ。独学で学び、自力で試験を突破できてしまう、そんな奴らが、毎年一定数居る。


 そして学院内に限らず、身分や主張が異なる者が集まれば、できるのは「派閥」だ。


 アルム・サロク学院において、主となる研究テーマはもっぱら「魔法」となる。その魔法の使い道において、大きく2つの派閥に分かれていたのだ。


 魔法こそが自然法則の頂点であり、すべてにおいて魔法を優先する「魔導派」。そして、魔法も数ある自然法則の一つにすぎず、融和的な技術を高めていく「科学派」。


 貴族というのは、体内に含有している魔力量が多い。これはそもそもの貴族の成り立ちが、強い魔力を持つ者の「武力」を称えて貴族としたわけで。

 血統を重んずる貴族たちは、その魔力の強さを誇りとしてきた。ゆえに、魔法至上主義の「魔導派」を主張する連中が多いのである。


 一方魔力の低い平民は、「科学派」を主張している。平民は数も少なく、派閥も小さいのだが、学院での勢力はいたく拮抗していた。

 おかしな話は何もない。「科学派」の連中は裏金入学なし、生え抜きの天才どもの集まりである。加えて貴族の坊ちゃん嬢ちゃんに対し、反骨心も剝き出しであった。


 スタークを含んだ当時の「科学派」も、リュカス=ウィズリー含む「魔導派」との決闘に明け暮れていた。


「実際のところは、一方的にケンカ吹っ掛けられてただけなんだけどな」

「……私の兄は、その時の敗北で、心に深い傷を負ってしまったんだ!」

「スタークさん、いったい何したの?」

「え――――――っと、確か、あんときは……」


********


「スターク! 今日こそわれら「魔導派」の力を認めさせてやろう!」


 魔法用の細剣レイピアをぴし、と向けて、金髪の少年が叫ぶ。一方、呼ばれたスターク(当時17歳)は、面倒くさそうに頭をガシガシと搔いていた。


「わかった、わかった。いいから、はよかかってこい」


 この決闘のせいで、また講義の出席がオシャカである。しかも、今日の講義は興味のある学院長の講義。せっかく、出たい講義だったのに。当時のスターク少年は、若干不機嫌だった。


 ゆえに、あんな事をしでかしたのかもしれない。


「……行くぞ! スターク! わが魔法剣で――――――っ!!!?」


 突撃しようとしたリュカス――――――だったが。


「――――――ぬぁいったぁああああぁああ!?」


 突如苦痛に顔をゆがめ、勢い余って倒れこむ。囲っていたギャラリーも、何が起こったのかわからないようだった。

「魔導派」の連中はさっぱりだったが、「科学派」、そしてスタークの人となりを知っている面々は、何が起こったのかをすぐに理解する。


 リュカスの靴の中に、詠唱すら不要なレベルの小さな結界を作ったのだ。彼の結界魔法は座標に固定されるものであり、生成速度、座標の正確さ、ともに抜群のものだ。


 そしてその結界は、靴の中の、リュカスの足の小指との隙間に存在する。つまりどういうことか。

 不意打ちで現れた結界に、足の小指を強打してしまったのだ。突撃の勢いもあったから、余計にたちが悪い。


「ぬふううううううううううううっっっっ……!!」


 倒れこむリュカスだが、所詮は足の小指。ぶつけたところで、痛痒ダメージはさほどでもない。すぐに起き上がろうと顔を上げる。


 スタークはその時には、第二の矢を放っていた。

 持っていた、白い玉を、彼に向って投げつけたのである。


「……な、なんだこれは!?」


 べとべととまとわりつく白い液体に、リュカスは顔をしかめる。粘性に加えて、なんだか質量が所々に見受けられた。

 その白い質量が、鼻先にたどり着く。より目で、その正体を、リュカスは目の当たりにしてしまった。


「……うひゃあああああああああああああああああああああああああ!?」


 触角をみょんみょんと動かすのは、白いナメクジ。その瞬間、手や首と言った素肌の部分に、うようよとまとわりついているものの正体を、直感で悟ってしまった。


「わああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 倒れこんだままだったせいか、制服の中にナメクジが入り込む。ぞわぞわと身の毛のよだつ感触が、背中やわき腹などの敏感なところを這いまわり始めた。

 倒れて起き上がることもできないまま、リュカスはバタバタともがき始めた。ナメクジの感触を、早く振りほどこうと躍起になっていた。


 そこに。


「はい、終わり」


 頭を振るリュカスの頭に、銃口が押し付けられた。後頭部を圧迫するものの正体を知ったリュカスは、思わず体の動きを止める。


「3数えたら撃つ。いーち」


 状況を呑み込めず、身体を恐怖にリュカスを強張らせる。決闘を見守る「魔導派」の学生たちも、一斉に固唾をのんで見守ろうとした。


 その瞬間。


 パァン!!


 乾いた破裂音が響き、その場にいた全員が目を見開いた。銃声は、言うまでもなくスタークの持つ銃から発せられた音である。なお、スタークの持っていた銃は空砲だ。


 だが、頭に押し付けられた音の衝撃は、恐怖に強張る寸前だったリュカスの脳を、激しく揺らしてしまった。


「―――――――――――――っ」


 リュカスは、ぐるりと白目をむくと、そのまま泡を吹いてしまった。元々倒れていたので姿勢は変わらなかったが、股間はみるみる間に湿っていく。


 スタークは銃口をふっと吹くと、気絶したリュカスを見下ろして、一言つぶやいた。


「……あー、ごめん。指が滑っちゃった」

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