第3話 王都魔法騎士団の来訪者

 ドアを開けた人物の事は、その場にいた誰もが知らなかった。だが、何者なのかは、すぐにわかった。


 外套に、エンブレムが刻まれていたのだ。光と手を象るそれは、王都魔法騎士団の紋章。言ってしまえば、である証だ。


 そんな外套をまとっているのは、背が高く、見目も麗しい女性だった。金色の髪は短く、服の上からでも、身体の仕上がりの良さを感じられる。

 魔法騎士団の女性は、ぽかんとしているギルドの面々を、じろりと一瞥した。


「……ここに、スタークという男がいるはずだ」

「スターク?」


 ギルドの目が一斉に、エリーシャにエビ固めを食らっている男に集中する。彼女もそれで、いったい誰がスタークなのか、すぐにわかった。当のスタークは、締め上げられて全然見えてないのだが。


「え、何? 俺?」

「お前が……スタークか!」


 女性はつかつかと近づき、「邪魔だ!」とエリーシャを突き飛ばした。「きゃっ」

と倒れるエリーシャをよそに、彼女はスタークを見下ろす。


「……貴様が……貴様が……!」

「ん?」


 解放されて、ようやくスタークは女性を見やる。赤い瞳には激しい怒りが宿っているのが、目に見えていた。


「……誰?」

「私の名は、レイチェル。レイチェル=ウィズリーだ。……何か、思い当たることがあるだろう」

「いや。なんも?」


 即答だった。あまりの早さにレイチェルと名乗った女はぽかんとするが、すぐに怒りの炎に油が注がれていく。


「……貴様、私のにあんな非道な真似をしておいて、何も覚えてないというのか!?」

「兄?」


「リュカス=ウィズリーだ! 貴様と同じ、『アルム・サロク学院』の!!」


 レイチェルの叫びに、ギルドにいた全員が、言葉を失う。


「「「「「「……えええええええええええ――――――――――――っ!!?」」」」」」


 一歩遅れて、全員が驚愕した。


「……す、スタークさん……あなた、あの学院出身だったの!?」


 エリーシャですら、目を丸くして驚いている。

 当のスタークは、耳をほじりながら「リュカス……誰だったっけ?」と呟いていたが。


********


 アルム・サロク学院は、王国内随一の学問機関だ。初代学院長の名を冠するこの学院には、毎年国中から多くの入学希望者が訪れる。

 王国の政治を担う主要なメンバーは、基本的に学院出身であり、逆に学院という学歴が必須条件とまで言われる(一部例外もいないことはないが)。


 別名「賢者の学校」であり、この学院の一番の目玉である学科は「賢者学科」。ここに入学し、卒業したもので歴史に名を残したものは多い。創設500年で、数多くの賢者を世に輩出している名門校であった。


「……私の兄も、賢者学科だった。そして、貴様と決闘し……敗れた」

「……けっとう、決闘……?」

「まだ思い出せないの!?」


 レイチェルのヒントをもらったものの、スタークはどうにも思い出しきれないらしい。

 一方、エリーシャは、胡坐をかいて頭をひねる賢者を、呆然と眺めていた。


「……っていうか、スタークさん、そんな凄い人だったの!?」

「別に凄かねえよ。だって俺、中退だし」


 当たり前と言っちゃ当たり前だが、ここグランディア悪党のたまり場において、アルム・サロク学院など、天上の世界に等しい。というか、王国中でも入学できる者などそうはいないだろう。なので、レイチェルの兄とやらも、相当優秀なはずなのだが……。


「というか、なんでここまで言って思い出せないんだ、貴様!」

「しょうがねーじゃん。俺、学院時代、ほとんど決闘ばっかやってんだもん。それで単位足りなくて中退したんだし」

「そうなの?」


 あっけらかんと言うスタークに、レイチェルはわなわなと身体を震わせる。どうやらこれ以上のヒントは、相当言うのも憚られる内容らしい。


「……くじ」

「ん?」


「……ナメクジ責めされて、失禁した、リュカス・ウィズリーだぁ!」

「……あー! 思い出した! アイツかぁ!」


 ようやく頭のもやが晴れたスタークは、ぱん、と手を叩いた。その表情は、知識人が難問を解いた時に見せる、晴れやかな笑顔である。


「アイツ元気にしてんの? つーか妹いたんだ」

「どの口が言うんだ貴様! 兄にあんな事をしておいて!」

「……あんな事?」


 首をかしげるギルドの面々に対し、スタークは宙を見上げ、過去を振り返る。


「いやあ、懐かしいねえ。あの頃のことはよ」

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