第2話 受付嬢の怒りの理由(わけ)は

「ぎへぇえっ!」


 スタークはもんどり打って倒れる。エリーシャの行動は素早く、すぐさまスタークの後ろをとると、背中にまたがり、三角締めで、そのまま上体を持ち上げる。

 首と腰を、同時に攻撃する恐ろしい技だった。


「……ア・ン・タ、が、いつまでたっても昇格しないから! 私のインセンティブまで、上がらないんでしょうがああああああああああああああ!」

「ぎゃあああああああああああ!」


 ギルドの受付嬢の給料は、月給サラリーに加え、歩合ボーナスがある。彼女らは複数の冒険者を担当するのだが、その冒険者の昇格などにより、サポートしている彼女たちの査定も影響されるのだ。

 特に担当冒険者が昇格したときのプラスは高く、逆に降格したときのマイナスも大きい。それほどまでに、冒険者のランクは受付嬢にとっても大事なものなのである。


 スタークは万年Cランクを維持しているので、まあ降格のマイナスがあるわけではないのだが……。最低限のクエストしかしないので、ギルド内での評価は低い。

 そんな冒険者を担当しているエリーシャも、相乗して良い評価を受けられないでいるのだった。つまり、「もっと発破かけろ」と言われているのである。


「死ぬ! 死ぬって! 俺酔っぱらいだぞ! 吐くぞ!」

「もう、いっぺんゲロぶちまけて死ね、このナマケモノ!」


 スタークの顔色が悪くなり、エリーシャは拘束を解く。こういう勝気なところは、やっぱり彼女もグランディアの女であった。


「はあ~あ。ルイ君が生きてくれてればなあ。向上心もあったから、きっとすくすく成長してくれて、今頃ダンジョンにも挑んでたんだろうなあ。……誰かさんと違って」


 倒れるスタークのケツを執拗に蹴り飛ばしながら、エリーシャは宙を見つめる。蹴られたスタークは、よろよろと起き上がるしかなかった。


(……ちくしょう、すっかり元気になりやがって)


 今でこそこんな様子のエリーシャだったが、ちょっと前までは、信じられないくらいに落ち込んでいたのだ。


 担当していた新人冒険者のルイ。誠実で真面目な少年で、エリーシャとはすぐに打ち解け、接していた。それは同担だったスタークもよく知っている。


『あの、スタークさん! これから薬草採取に行くんですけど、この近辺の植物について教えてくれませんか!?』


 食堂で飲んでるときにいきなり名前を呼ばれて、大層驚いた。見やれば、ルイが目を輝かせながら、地図を眼前に広げていた。


 とにかく人怖じしないというか、なんというか。人懐っこいこともあり、割とすぐにギルドの面々に顔を覚えられていた……と思う。


 だが、そんな彼も、冒険者になって半年足らずで死んだ。パーティのメンバーに裏切られ、ソロでクエストを受け、魔物に襲われて死んだ、と、ギルドの噂で聞いた。


 聞けば彼は、あの『クロガネローン』から金を借りていたという話だ。あそこの恐ろしい取り立ての事は、この街の者ならだれもが知る。きっとあの狂犬に痛めつけて殺されたのだ、という噂も飛び交った。


 エリーシャはそれ以来、元気がなかった。先ほどのようにスタークに食って掛かることも、ましてや殴りかかってくることもない。査定の件に関しても、「近々、査定だから」くらいにそっけなく言うだけだった。


(……まあ、光みたいな奴だったからなあ)


 スタークも認める、彼は人に好かれる才能があった。だが、冒険者の才能はなかったのだ。そして、そんな彼の光に照らされたものは、急にいつもの闇に突き落とされて、一瞬何も見えなくなり、少し戸惑った。時間をかけて、また暗闇に目が慣れてきた。それだけだろう。


 まあ、元気なのはいいことだ。これくらい暴力的な方が、軽口も叩きやすい。


「とにかく、次の査定はちゃんとしてよね!?」

「えー……」


 やっぱめんどくせえ、と言うなり、エリーシャのドロップキックがスタークを吹き飛ばす。ギルドの中は相当な喧騒に包まれているのだが、もはや名物なので誰も気にも留めていない。


「――――――頼も――――――――――――――――――――――っ!!!!」


 それよりも、勢いよくギルドのドアが開けられた音に、全員が注目していたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る