第3章 不良賢者スターク

第1話 冒険者ギルドの穀潰し

 冒険者ギルドには、受付スペースの隣に、酒を飲める場所がある。簡易的な食堂みたいな場所で、酒メインよりも軽食が楽しめる場所、と言った方がいい。


 スタークは、そんな場所で酒を飲んだくれていた。

 もう酒をボトル3本ほど空けて、机に突っ伏している状態である。よだれで机をベタベタにしながら。


「……もう、スタークさん、また飲んでるの!?」

「んん? おーう、エリーシャちゃん。元気ぃ?」


 ぷりぷりと怒りながら話しかけてくる聞きなじみのある声に、酔っぱらいはぐらりと顔を向けた。

 桃色の髪に、赤い冒険者ギルド指定の帽子。緋色の目をした、スタークよりも若い少女。冒険者ギルド受付嬢の、エリーシャという女性だ。


「こんな昼間っから……やだ、よだれ拭いてよ! 汚い!」

「ああ? 何、もう昼休憩かいお前さん?」


 スタークはゆっくりと起き上がると、袖で口元のよだれを拭う。ぎこちないしぐさにエリーシャは溜め息をつくと、机据え置きの手拭きで机をさっと清めた。


「……もしかして、朝から飲んでるの?」

「だったらどうする? 金はちゃ~んと払ってるぜぃ」


 こないだ博打で勝ったからな、とスタークは大笑いする。


「……査定、もうすぐでしょ。ランク、下がっても知らないわよ」

「平気平気ぃ。ちゃ~んと、ノルマは達成してるよぉ」

「……私としては、いい加減昇格してほしいんだけどね……!」


 冒険者ギルドには、ランク制度が設けられている。


 所属している冒険者は、定期的に査定が行われ、該当する「ランク」を決定されるのだ。評価は、下からEから上がっていき、最終的にはAの次に、Sランクとなる。

 ランク付けによって何が変わるか。それは、受けられるクエストの内容。該当するランクの冒険者がいないと、受けられないクエストというのが存在するのだ。


 クエストは難易度が高ければ高いほど、報酬も高くなる。つまりは収入も増えるわけで、低ランクのクエストでは日銭稼ぎに近い生活を送ることになってしまう。


「俺としちゃ、生活はできてるから、現状維持で全然いいんだよなあ」


 姿勢を正したおかげか酔いも少し冷めてきたスタークは、無料の水を一息にあおる。


「……はあ。そういう人だってのは、わかってるけどさあ……」


 エリーシャは目の前の自堕落な担当冒険者に、がっくりとうなだれた。


 スタークも冒険者であり、ランクはC。ちょうど真ん中あたりの、中途半端なランク。

 このCランクとその上のBランクは、雲泥の差がある。「ダンジョン」への挑戦権を得られるかどうかの境界線だ。


 このグランディアはダンジョン都市。冒険者たるもの、ダンジョンに入ってなんぼのもの。むしろダンジョンに入れずにいる冒険者など、ただの日雇いに等しいとまで言われる。なので、大体どんな冒険者も、Cランクなぞすぐに昇格しようとするものだが。


 この男、スタークだけは、もう3年もCランクを維持し続けている。普通なら、到底信じられない事例だった。どんな奴でも、大体1~2年でBランクには昇格できるのに。


「俺はよ、面倒ごとが嫌いなんだよ。Bランクになったらあれだろ? 査定のノルマに、ダンジョンへの挑戦が最低1回入っちまうじゃねえか」

「それが冒険者ってもんでしょ!? あなただって冒険者じゃないのよ!」

「小銭稼ぎでやってるだけだよ? 一緒にすんなよな」


 のらりくらりと耳をほじるスタークに、エリーシャはむくれる。そして、頼んでいたプレート料理を、もくもくと食べ始めた。


「……にしても、君も飽きないねえ。そんなに俺に昇格してほしいのかい?」


 スタークは、にやりと笑みを浮かべる。彼女は上目で、酔っぱらいを睨んだ。


「……当たり前でしょ」

「お、何? もしかして脈ありな感じ? 俺の胸に飛び込んできちゃう?」


 そう言って、エリーシャに顔を近づけた瞬間。


 ――――――スタークの顔面に、エリーシャの鉄拳が飛び込んだ。

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