第3話 胸刺す痛み、煌めく刃
「ネリア、ネリア……。ああ、ありました。捜索願が出てますね。お手柄ですよ、レグレットさん」
「はあ、どうも」
親にはチクらなかったが、兵士長にはチクった。というか、下手に隠してバレたらクビだし、正直に言うしかない。
「近くのニアリーって町の、道具屋さんの娘さんですね。結構大きい商店みたいです。お礼もそこそこもらえそうだ」
「へえ。オヤジとお袋のケンカが絶えなくて、嫌で逃げて来たって言ってましたけど」
「年ごろの子供だったら、そう感じることもあるでしょう。いずれにせよ、無事に見つかってよかった。ご両親には、私から連絡しておきますね」
「どーも、すいませんね」
「こっちはやっとくので、あなたはとっとと警邏に行ってらっしゃい! 人さらいを捕まえるなり、手がかりを得るなり、何かしらの成果を出してくださいよ!」
兵士長の厳しい叱咤(激励)を受けて、レグレットは詰所を出た。折角手柄になる情報をタレコんだのに、気分はブルーである。
さらに、この気分に追い打ちをかける要素が2つほどあった。
1つは、クロガネローンへの支払い。今日中に、金貨1枚と銀貨3枚を用意して返さないといけない。あのクロガネも相当怒っていたから、ちょっと遅れただけでもあの狂犬女を集金に投入しかねなかった。あれから逃げるのは骨が折れる。
そしてもう一つ。
(……めっちゃくちゃ、股がいてえ……!)
昨日塗った薬が、スース―することのやばいことやばいこと。外では普通の面を装っているが、内心、股を押さえて悶絶して転げまわりたい気持ちでいっぱいである。
まあ、とりあえず、憲兵として最低限の、ネリアの行方不明事件は解決としたわけだし、ぼちぼち袖の下集めに街を回らないとならないのだが。
(……ん?)
――――――ふと、憲兵としての勘が、すれ違った男に反応した。
ぱっと振り向けば、もう男はいない。だが、確かに、子供の手を引いていた。
(人さらいが、ねぐらにしそうな場所……)
町の地形と、建物の分布を、ざっと頭の中で組み立てる。なんだかんだでこの街で憲兵として勤めて10年。大体の地理は、頭に入っている。
(……東の倉庫群)
グランディアの外からの輸入品や、輸出品を集める倉庫の集まる地帯。あの辺りか。
歩を進める中、兵士長の言葉が脳裏によぎった。
――――――さらいやすい子供なんか、いくらでもいる。
そして、次に浮かぶのは、ネリアの顔。あの、無防備で寒さにただ震えるしかできない、か弱い少女。
……ちくりと、胸の奥底で、何かが痛む気がした。
憲兵の彼が歩を進めるには、それは十分すぎる理由である。
********
東の倉庫群の中でも、使われているものと使われていないものの差は大きい。使われていない倉庫は、ほとんど部屋のようなものだった。
案の定。使われていないはずの倉庫なのに、ごろつきがうようよいる。まるで、「隠している何かを見つけられたくはない」と言っているようだ。
(……随分と、堂々としているな)
嫌な予感が、レグレットの脳裏をよぎる。この街で、こんな堂々とあくどいことをするのは、2パターンだけだ。1つは、極端にバカなやつ。
そしてもう1つは、後ろ盾をかさに着ている奴。
どっちも嫌いだが、特に後者は厄介だ。憲兵が逮捕することができない可能性もある。
子供も助けられないし、後々憲兵としての立場すら危うくなりかねない。それは非常にまずかった。
……ならば、と。レグレットはすぐさま思考を切り替えた。
憲兵の紋章が入っている鎧を脱いで、物陰に隠した。そして、首に巻いていたスカーフを、ぐい、と口元まで上げる。
見張りの数は、合計で6人。どいつもこいつも剣や斧を持っている。冒険者なのか、装備はいっぱしのものだ。
レグレットは剣を握ると、ゆっくりと彼らの方へと歩いて行った。見張りたちは、剣を持った男の姿に一瞬面食らう。
「……だ、誰だ? お前……」
彼らの間には迷いがあった。敵襲か、それとも見張りの交代か。自分も武器をむき出しで構えているのだ、見たことのない交代相手が武器を構えていても、何ら不思議はない。
その一瞬の油断が、見張りの一人の命を奪うこととなった。
「……がぼっ!?」
いつの間にやら、口を隠した長身の男の剣が、見張りの一人の喉に突き刺さっていた。自分の動脈血が気管に入り込み、男は自分の血で溺れる。そのまますぐに、気管が血で満ちて死んだ。
「……なっ……!」
「て、敵しゅ……」
何か言おうとしたところで、二人は死んだ。それぞれの眉間には、刃物が突き刺さっている。一つはレグレットの剣、もう一つは死んだ見張りが持っていた手斧だ。
一息に3人が死んだことで、見張りはパニックに陥る。
「う、うわああああああ!」
「こ、殺されちまった!」
「に、逃げ……!」
狼狽し、動き出そうとするときには、すでにレグレットは動いている。
今度は隠し持っていた投げナイフだ。正確に、3人の首に突き刺さる。やはり1人目と同じように、口から血を溢れさせて溺死した。
自分の剣を引き抜き倉庫の中へ入ると、目隠しされた子供たちがいた。その首には、黒い首輪が着けられている子もいる。奴隷にするときに使用する、奴隷用の首輪だ。
本来は魔法を使い、奴隷を逃げられないよう強固な契約を施すための触媒になるのだが、これはまだ魔法を刻む前。鍵さえあれば、簡単に外せる。鍵だけ拝借し、いったん倉庫から出る。
ほかのメンバーがいないことを確認して、憲兵用の信号弾を撃った。これに気づけば、憲兵たちがここにやってくるだろう。
憲兵の軽鎧をまとい、他の憲兵が来るまで待機。憲兵が来たことを確認すると、鍵だけを置いて、そのままその場を立ち去る。
「お、おい! 人が死んでるぞ!」
「なんだこりゃ……あっ! 子供たちだ!」
「鍵がある……これで、首輪外せるぞ!」
憲兵たちが騒ぎ出したところで、ようやく彼はスカーフを下げた。息を整え、憲兵たちの後ろにすっと混ざる。
「おーい、信号弾が見えたけど。なんかあったのかい?」
しらじらしい大根芝居も、目の前の大惨事に集中しているおかげで気づかれなかった。
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