第2話 金なし憲兵と家出少女

「つーわけだ、金貸して」

「嫌です帰ってください」


 帰り際、立ち寄った金貸し屋に、レグレットは居座っている。「貸して」「嫌だ」のやり取りを、かれこれ5回は続けていた。


「頼むよ。マジで、このままだと晩飯が昼食った串焼きだけだぜ?」

「あなたよくそんな金遣い荒いですよね、むしろ尊敬しますよ」


 金貸し屋の社長、クロガネには、この憲兵の金遣いは到底信じられない。彼は娼館にも行かないし、酒も飲まなければ煙草も吸わない。贅沢よりも倹約を楽しむタイプの人間だ。


「むしろおめーさんはよ、なーんでそんなに金を使わねえんだ?」

「僕はね、倹約してお金を貯めるのが好きなんですよ」

「出たよ、経済回すのに非協力的な奴」


 レグレットは確かに金遣いが荒い。酒、煙草、賭け事、女。あらゆることに金を使っている。だがそれは、経済の担い手であるという自覚あってものだ。


「物は言いようですね。浪費家なだけでしょ?」

「いいじゃねえかよ、俺とお前の仲じゃねえか」


 ねーねー、とごねるレグレットに、クロガネは呆れて金貨を1枚放った。キャッチして、まじまじと眺める。


「……こんだけ?」

「今日の分ならそれだけあればいいでしょ。明日には返してくださいね」

「え、明日? 利息は?」

「レグレットさんは、利息一律3割です」

「冗談じゃねーぞ、ヒサン(1日3割)かよ!?」


 クロガネは、騒ぐレグレットをじろりとにらんだ。思わずレグレットは黙る。普段糸目のこいつが、目をうっすら開いているのは、相当怒っている証拠だ。


「――――――なんか文句でも?」

「アリガトーゴザイマス」


 金貨をポケットにしまい、レグレットは金貸し屋を出る。クロガネはその姿を見送り、がっくりうなだれた。


「はあ。……なーんで、関わりのある憲兵があんなのなんですかね、ウチは」


********


 どのダンジョン都市でもそうだが、憲兵には通常、宿舎となる屯所がある。基本的には、働く憲兵およびその家族は、そこに集まって生活する。


 ……が、グランディアの場合、それは成立しない。グランディアにも屯所はあるのだが、誰も住んではいなかった。屯所の個室は、各憲兵専用の倉庫と化している。

 理由は単純で、こんなところに集まって住んでいたら、悪党どもに一網打尽にされるからだ。悪党の対極の位置にいる憲兵、恨まれることも多い。


 ――――――というのは、建前で。本当の理由は、女を囲うためであった。


 大勢の人が暮らす詰め所で女とイチャイチャしていると、他の部屋の奴が「おう、俺も混ぜろよ」とか平気で言ってくるので、誰の邪魔もされず楽しみたいなら、個室を借りるしかなかったのである。


 そんなわけで、レグレットの家も、当然個室だった。ぼろっちい、月金貨2枚の家賃の宿舎。


 晩飯用に買ってきた食材の袋を手に提げている彼は、階段前で突っ立っていた。

 なんで突っ立っていたかと言えば、階段を塞ぐ者があったからだ。


「……なんだ、お前さん」


 体育座りしている、少女。体つきはそれなりに成熟しているが、顔が幼い。推定15歳。


 ちょっとレグレットのセンサーが反応する。


(……いやいやいや、待て待て)


 自分のセンサーをたしなめて、彼は首を横に振った。


(1週間我慢しろって言われたばっかりだぞ)


 とりあえず、こいつを何とかしないと。自分は飯も、ベッドにもありつけない。


「あー、君、どこの部屋の子? 風邪ひくよ、こんな時間に」


 少女は答えなかった。レグレットは頭をぼりぼりとかきむしる。これは、あれだ。いわゆる、「家出少女」だろう。


「……うち、来るか?」


 ポツリと出た言葉だったが、それが少女の求めていた言葉だったようで、彼女は小さく頷く。

 部屋に彼女を招き入れるべく、ともに階段を昇るのだが、臭い。少女はとにかく臭かった。きっと、何日も風呂に入っていない。


 部屋に入ると、レグレットは荷物を置き、少女をにらんだ。


「よし、脱げ」


 少女は頷くと、そのまま上着を脱ぎ捨てる。全部脱いだところで、レグレットは彼女の肩をつかんだ。

 少女は目をつぶる。何をされるのか、覚悟しているつもりなのか。いじらしく震える小さい体に、思わずため息が出た。


「……勘違いすんな。風呂入れってことだよ。服は洗っといてやるから。着替えは……とりあえず適当に用意しとくから。臭いんだよ、お前」


 背中を突き飛ばして風呂場に放り込むと、彼女の服を手洗いし始める。もっと洗濯が便利になる何かがあればいいのだが、残念ながらそういう発明の話は聞かない。


(……村、って感じじゃねーな。この服は、もうちょっと町の、少しだけおしゃれって感じだ)


 グランディアの外にも町はある。曲がりなりにもここは都会の部類なので、あこがれる田舎の少年少女も多い。まあ、大半は来てすぐに絶望して帰るんだけど。


 なかなか落ちない匂いに苦戦しつつも、ようやく服は洗い終わり、干した。着替えは適当に、自分のものを放っておく。

 自炊しようと思っていた気分も、疲れですっかり萎えていた。結局、酒のつまみに買った干し肉をかじって、夕飯は終わり。金まで借りたのに、大層な夕飯だ。


 腹が少しばかり膨れたところで、少女が居間にやってきた。レグレットのシャツはやはりというか、かなり大きいようで、胸の谷間はバッチリ見えている。逆に、シャツ1枚で十分に、下は隠れるほどだった。


「……あ、ありがと」

「おー。飯は、袋から適当になんか食え」


 そう言いつつ、レグレットはおもむろにパンツを脱いだ。もちろん、少女におぞましいものを見せるつもりは、一切ない。後ろ向きである。


「……や、やっぱり、その……!」

「違うっつーの。お薬塗るんだよ、オジサン、ビョーキだからな」


 そして、医者からもらった薬を塗りたくる。なんとも情けない光景だ。いい年こいて、ガニ股で何をやってるんだろう。


「あ、あの……」

「うん? どした?」

「だったらなんで、私を入れてくれたんですか……? そういうこと、する気もないのに」

「オジサン、憲兵だからな。家出少女を保護するのも仕事なんだわ」


 家出少女、と言った瞬間、彼女は強張る。ビンゴか。


「ま、とりあえず話だけでも聞こうか。心配すんな、親にチクったりはしねえからよ」


 レグレットの言葉に少女はすとんと座ると、ぽつぽつと話し始めた。


「……私の、名前は――――――」

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