第2章 汚職憲兵レグレット
第1話 サボり魔、病気、袖の下。
「……うん、病気もらっとるな、お前さん」
「は?」
妙に股間がかゆいので病院に行ったら、とんでもない診断を下されてしまった。納得のいかない憲兵レグレットは、たまらず医者に食い下がる。
「お、おいおい待てよ! 前はそんな診断無かったろ? どうせいつもの藪診断だろ?」
「そうだな、前はこんな症状なかった。だから直近で抱いた女からもらったんだろ」
藪、という単語を華麗に無視して、医者はあっさりと答える。レグレットの心当たりは……あった。酒場の女の子、ミーティアちゃんだ。ついこないだ、とうとうこぎつけたばかりの。
「……確かに、妙に慣れてるとは思ったけどさあ……」
「ああ、普通の酒場の女に入れあげてるという噂は本当じゃったか。ミーティアはうちの常連じゃよ。もちろん、お前さんと同じでな」
その言葉を聞いて、レグレットはげんなりする。俺のセンサーも鈍っちまったもんだ。まさか●ッチと清純の区別もつかんとは。
「……どうすりゃ治る?」
「薬塗っておとなしくしとけ。そんで間違っても、女に手出したりするな。そうすりゃ、1週間もあれば治るわい」
「ほんとかよ? 藪医者がよ」
「そう言ってちっともワシの言うこと聞かんから、お前ら病気が治らんのだ」
薬を押し付けられて、診療所から追い出されてしまった。レグレットは溜め息をつく。
「先輩、どうでした?」
「やーっぱりミーティアちゃんが原因だった。1週間は我慢しろってさ」
見回りの仕事の時間を利用して、後輩とともに病院に診察にかかる、憲兵の時短テクニックである。仕事もさぼり、休日に病院に行く手間を省くには、仕事中に診察に行くのが一番だ。
「さーて、じゃあぼちぼち見回りすっかー」
「そーっすねえ、言うて、もうそろそろ交代の時間ですけど」
なんて言いながらのんびりと歩いていると、とある露店の前に差し掛かった。レグレット行きつけの、串焼きの店だ。
「おう、オヤジ」
「あ、レグレットの旦那!」
「景気どうだい」
「いや、ぼちぼちですよ」
「ふうん」
そう言いつつ、屋台から串焼きを引き抜くと、無造作にほおばる。そして袖の下から銀貨を一枚取り出して、オヤジに手渡した。
「いいんですかい、旦那?」
「あー、いいのいいの」
どうせ他の店に寄ったときにもらった袖の下だから、懐は痛くもかゆくもない。
お気に入りの屋台だから、これくらいのサービスするのもやぶさかではないのだ。単純に、袖の下の貨幣など見てすらいないだけだけど。
********
「レグレットさん! あなた、まーたノルマ未達ですか!」
「それだけ街が平和ってこってしょ。いいじゃないですか」
「ここはグランディアですよ! 平和なわけないでしょうっ!」
憲兵の詰所で、レグレットは兵士長に随分と詰められている。このやり取りは、もはや詰所では日常茶飯事だ。
「ど~~~~せあなたの事だから、もらってるんでしょ! 袖の下! 出しなさい!」
「え~~~~~~……」
言われて仕方なく、袖の下を渡す。だが、兵士長は「まだあるだろ」という目でこっちを見てくる。
「はいはい」と、レグレットは反対の袖の下も渡す。兵士長は満足そうにうなずくと、「まあ、いいでしょう」と言って去っていく。結局あの上司も、袖の下が欲しいだけなのだ。管理職は、現場に行く機会が少ない。
「ったく、がめついねえ、兵長も」
靴の底に隠した銀貨を袖の下にしまいながら、レグレットはべっと舌を出して、後姿を見送る。
その瞬間、突如として兵長が振り返ったもんだから、慌てふためいてよろけてしまった。
「……忘れてました。皆さん、明日からの警邏ですけど、念入りに頼みますよ。最近、人さらいが横行しているって噂ですから」
「人さらい?」
「こんな街ですからね。実際、さらいやすい子供なんか、いくらでもいます。いいですか皆さん、地位ある方の子供の人さらいだけは、絶対ないように!」
そう言い、兵長は今度こそ去っていく。
(あっぶねえ……聞こえたのかと思った)
ほっと胸を撫でおろして、詰所を出ようとすると、兵長が立っていた。
「うわああああ!?」
驚きと同時、袖の下でチャリンと音がする。さっき移した袖の下。
兵長は、おほんと咳払いをした。
「ええ、私はがめついですからね。没収」
哀れ、レグレットの今日の稼ぎは、すべて兵長に毟り取られてしまうのであった。
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