第4話 この街に似合わなかった男
「本人、だよな?」
「間違いないですね」
憲兵の詰所にやってきたクロガネたちは、眠るように安置されているルイの遺体を見やっていた。身体から血や老廃物が排出されているのか、最後に見た時よりもはるかにやせ細っている。
「近くの森で発見されてた。血まみれだったし、クエストに失敗したんだろうな」
「……ほかのメンバーは? パーティだって聞いてたんですけど」
「知らね」
レグレットはとぼけたようにそう答えた。まあ、無理もない。きっとこの件は、「クエスト失敗による不幸な死」として片づけられる。正確な裏取りなど、する必要もない。
「ま、オタクの身元確認が済んだから、事故死ってことで片付くからよ」
「……そりゃどうも、お勤めご苦労様で」
レグレットがちゃんと仕事をしているのを見たのは、初めてかもしれない。
「じゃ、ご足労どーも。お帰りはあちらで」
憲兵団の詰所から追い出されたクロガネとアドは、街を歩いている雑多な人たちを見やっていた。
「……で、あの子の分の回収、どーする気?」
「そーだなあ」
近くの屋台で買った串焼きをほおばりながら、今後の方針を考え始めた。
ルイに貸していたのは、金貨5枚。利息はトイチだから、1回あたり10分の1の貨幣である銀貨5枚。それを今まできっち払ってくれていた。
払わなくなったのは、4回。その分の利息をジャンプで、元本に回すとすると……。
「――――――金貨8枚くらいですね」
目算を済ませたクロガネは、すぐさま別の思考に移る。つまりは、どう回収するか、だ。
「とりあえず冒険者のパーティをあたってみるのが一番だろうね」
「えー、嫌だよ私、ギルド行くの」
アドは露骨に舌を出して、拒否の意を示す。彼女は冒険者ギルドに行くのが、大の嫌いなのだ。クロガネもわかっているので、首を縦に振る。
「わかってるよ。じゃ、ギルドには僕が行くから」
アドに会社に戻るように伝え、クロガネは重い腰を持ち上げた。
********
「ルイ君、ですか?」
「そうそう。新人の。知ってるかな?」
「そりゃ、まあ。この街で新人なんて、珍しいですからね」
冒険者ギルドの受付嬢は、クロガネの問いかけに応える。その手には、銀貨が1枚握られていた。この街で情報を得る時には、欠かせないテクニックだ。
「クロガネさん、どうしてルイ君の事を?」
「あー……まあ、ちょっとね。個人的なお付き合いを、ね?」
「そう、なんだ……」
受付嬢はそれだけで何かを察したらしい。クロガネがこの街で金貸し屋をやっていることは、ギルドに所属している面々及び町中周知の事実である。
「それで、最初の頃は羽振り良かったのね、彼……」
「何? 贅沢でもしてたの?」
「彼がじゃないけど……その、彼のパーティがね」
遠い目をしながら、受付嬢は頬杖を突く。この感じ、彼女は彼の事を悪く思ってはいないようにも感じられた。
「……実を言うとね、彼の担当だったの、私」
「そうなんだ?」
「この街に合わないくらいまっすぐな子でねー。見てるこっちがヨゴレすぎててつらくなっちゃうくらいに」
きっと育った農村でも、実直に育ったのだろう。本当に、この街に来て冒険者になったことだけが、彼にとっては最大の不幸である。
「パーティってのは、どんな?」
クロガネは懐からさらに1枚、銀貨を受付嬢に渡した。
「何の変哲もない普通のパーティよ。前衛2人に後衛2人。戦士と魔法職のパーティね。ルイ君は、装備が良かったから前衛に入ってたわ」
「ああ、いい装備買ってたんですね」
「ただ……ちょっと、ね。ほら、こんな街だから」
受付嬢が片付けたその一言で、クロガネはすべてを悟った。
(……パーティに裏切られたのか)
冒険者同士のトラブル、裏切りなど、この街では日常茶飯事だ。基本的に、騙される方が悪い、というスタンスである。
「ルイ君、元々パーティ内の雑用とかやってたから、一人でクエスト受けに来るのもおかしくはなかったんだけど……クエストの内容がね」
ある時から、一人向けのクエストに内容が変わっていったらしい。受付嬢自身も気にはなっていたのだが、これと言って何か言うこともなかった。
その結果が、これだ。
「……直接の死因は、オオカミに襲われたこと」
改めて伝えられた検死の結果を、受付嬢に告げる。そもそも、登録している冒険者の死亡は、冒険者ギルドが把握してしかるべきものだ。
「……うん、やっぱり慣れないなあ」
受付嬢の目から、一筋の涙が頬を伝う。
「大変そうだから」と自分の仕事を手伝ってくれた、お人好しで優しい少年の顔が、彼女の脳裏によぎっていた。
「いい子だったから……特に、ね」
彼女はそう言い、1枚の資料をクロガネに手渡す。涙を切ったその瞳こそ、この悪党の街にふさわしい、強い光を宿したものだ。
「……回収、きっちりやって頂戴ね」
「もちろん」
資料を手早くしまうと、クロガネはカウンターを後にする。糸目だった彼の目が、ほんの少しだけ開き、碧の眼光が垣間見えた。
「――――――僕は、金貸し屋だからね」
冒険者ギルドの戸が閉まり、受付嬢は人知れずうつむいて、嗚咽を洩らした。
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