第2話 金貸し屋は、冒険者がお好き。

「あのう……お金、貸してほしいんですけど……」

「はいはい。いくら?」

「き……金貨、5枚……」


 見るからに若い少年は、クロガネの顔に少々ビビっているように見えた。

 初めてなんだろうな、と、そう感じるおどおどっぷりに、クロガネの笑みはさらに増した。


「ちなみに、使い道をお聞きしても?」

「え? えっと、僕、冒険者で。クエストを受けるんですけど。装備を買うお金がなくて……」


「へえ、冒険者!」


 クロガネの表情がパッと明るくなる。少年は、それでさらに怯えたようだった。


「どんなクエストを受けるんですか? やっぱりダンジョン?」

「え? い、いや、その……。近隣の村に出るっていう、ゴブリン退治です」

「なるほど、ゴブリン退治か! そりゃ大変だ」


 クロガネはうんうんと唸りながら、金貨を机から取り出す。少年は、金色に輝く貨幣を見て、思わず息をのんだ。


「じゃあ、金貨4枚と銀貨5枚ね」

「え?」


 にこやかな笑顔でお金を差し出すクロガネに、少年は首をかしげた。


「あ、あの……金貨5枚なんですけど……」

「ああ、言うの忘れてたね。これ、最初の利息を抜いているから」

「利息?」


「冒険者さんは、サービスで利息はトイチ(10日で1割)なんだよね」

「と、トイチ」

「クエストクリアしたら、とりあえず利息を返してくれればいいからね。元本は、余裕があるときに返してもらえばいいから」

「は、はい」

「僕はねえ、冒険者ってのが大好きなんだよねえ。夢があるじゃない」


 ダンジョンのある都市というのは、例外なく国が管理する「冒険者ギルド」が設置される。本来ならダンジョンに勝手に人が入るのを防ぐための仕組みなのだが、いつの間にやら、近隣の魔物退治や素材採集など、雑用を任せる日雇いみたいな役割を担うようになっていた。


 実際、冒険者になってもすぐにダンジョンに入れるわけではない。最初は近隣の村や町から依頼される「クエスト」をクリアして、ある程度信用を積まないとダンジョンに挑戦する権利も得られないのだ。


 一から信用を積める、ということで、こういう若者が冒険者を目指すことは非常に多い。そして、クロガネはそういう夢を見る若者は大好きだった。


「いつかねえ、貸した冒険者から出世払いしてもらうのが夢なんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「だから頑張ってね? あ、冒険者証見せて」

「は、はい」


 少年はクロガネに、新しく作ったばかりの冒険者証を見せる。名前を見検め、書類に控えると、少年に返した。


「じゃ、これで。最初の利息はもうもらってるから、20日くらいしたら来てね」

「は、はい!」


 失礼します、と頭を下げて少年は会社から出て行った。


 にこやかに手を振っていたクロガネだったが、入れ替わりに客が入ってくる。その顔を見るなり、その笑顔がかげる。


「よう、悪徳金貸し」

「……なんですか、汚職憲兵さん」


 国の憲兵団のエンブレムが刻まれた軽鎧をまとった、背の高い男。クロガネとは古い付き合いの、レグレットという男だ。


「ここに来たからにゃ、1つしかねえだろ? 金貸して♥」

「……何に使うんです?」

「あとちょっとで、ミーティアちゃんがオとせそうなんだよ!」


 はあ、とクロガネは溜め息をついた。ミーティアちゃんというのは、近くの高級酒場で働いている、給仕の女の子だ。


「あのね、酒場の女の子口説くなんて、もったいないことに使わないでくださいよ。大体オとせるわけないでしょ、向こうだって商売で構ってくれてるんだから」

「バカヤロウ、わかってるよそんなん。オとすってのはよ、「うまいこと言いくるめて抱く」って意味だよ」

「……だったら娼館にでも行った方が断然安いでしょ? なんだったら、その辺歩けば……」

「わかってねえなあ、慣れてねえ可愛い素人を抱くからいいんだろうが!」


 さいですか、とクロガネはあしらって、ごそごそと金貨を取り出す。レグレットに投げたのは、金貨10枚だ。

 どうせこっちがゴネたら、「お? いいのか? 国家権力に逆らうか?」とか言い出すに決まっている。


「おお、わかってんねえ。そうそう、それでいいのよ」

「……利息は10日後ね」

「はいよ」


 レグレットは満足そうに、会社から出て行った。クロガネは溜め息をつく。


「……ほんと、ロクでもないな、あの色ボケ憲兵」


 いったい普段の生活とか、どうしてるんだろうか。金貨10枚って、普通に暮らすだけなら1週間くらいは平気で賄えるくらいの額だというのに。それを、酒場の女の子に貢ぐってのは、クロガネには理解の外である。


 だが、今までもこんな感じで金を借りては、ちゃっかりと返済しているのだから、上客には違いない。


「……おい、そういやさっきのガキンチョだけどよ」

「はい?」


 戻ってきたレグレットに、クロガネは思わず姿勢を正した。別に、悪いことしているわけではないんだが。


「あれ、新人の冒険者か?」

「でしょうねえ。冒険者証も新品でしたし」

「こんなところに借りに来るとは、世も末だねえ。悪徳金貸しなのによぅ」

「とっとと行ってくださいよ。営業妨害ですよ?」

「憲兵がいて営業妨害とか、悪どい自覚あるんじゃねーか」


 そう言い残し、今度こそ本当にレグレットは去っていく。クロガネは再びため息をついて、天井を見上げた。


(……ま、実際悪どいからね)


 クロガネ自身、冒険者が好きだから融資にサービスしているのがウソ、というわけではない。


 ただ、それよりも冒険者ギルドで借りた方が絶対安上がりなのを知っているだけだ。

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