ピグマリオン・ロミオ・ジュリエット・その3
岬としても、ミハルノについて誰かに相談したい気持ちはある。
誰に、というのが難しい。霊能者や占い師や陰陽師は違うと思う。ミハルノはぼんやりとした心霊現象とかいうものではなくて、確実にまあ、そこにいる。データをロードすれば出てくる。そういう意味では怪奇現象というよりはランプの魔神あたりに近い。別に岬はお祓いをして欲しいわけではなくて、ただ中身が別人になってくれればそれでよい。
「またまた」とミハルノは言うが岬は本気だ。
岬としては「自分は何を相談したいのか」がだんだんとわからなくなってきていて、そういう意味では、ミハルノがどうこう以前に、自分が正気なのかを確認したいのかもしれない。
「別に正気じゃなくてもいいんじゃない?」というのがミハルノの意見で、「岬が正気じゃないとしてさ。正気に戻ったらこっちの姿が見えなくなるんだとしたらどうする?」
と意外に鋭いことを言う。
「そのあたりは程度問題」というのが岬の意見で、害のない妄想が心を支えてくれるならそれはそれでよいと思う。世の中には花に挨拶する人もいれば、車を恋人にする人だっているだろう。
「いや、だから」と岬。「これは妄想じゃないんだって」
「わたしもそう思います」とアシスタント。
「ありがとう」と礼を言ってはおくが、相手はPCに備えつけの対人インターフェースであって、所詮はプログラムにすぎない。
「……あなた、本当にいる?」
と岬はついアシスタントに訊ねている。
ミハルノが喋るという事実には未だに納得のいかない岬だが、アシスタントとの会話に違和感を抱いたことはない。アシスタントとは喋るものである。それはよい。「ではどうやって」の部分は知らない。
「そうだよ」とミハルノが話にのっかってくる。「アシスタントだってこっちみたいに、実は幽霊が喋ってるかもしれないじゃん」
と自らを幽霊と自認するキャラクターが言う。
「失礼な」というのがアシスタントの意見であり、「わたしはきちんと、ルールにのっとって働く実直な機械です。証明だってできます」と言い、現在実行中のジョブのリストをディスプレイに表示する。CPUの占有率を示すグラフが激しく上下して踊る。
「わかんないな」と岬。
「そういうのを出せば、こっちも幽霊じゃないって認めてもらえるわけ」とミハルノ。
アシスタントは何ピコ秒か詰まったあとで、今度は自分を構成するプログラム相互の連携を図にして表示しはじめた。「わたしはこうして機械的に実行されている疑似意識にすぎません。わたしが意識を持つわけではなく、あなたがたが『アシスタントは意識を持っている』と認識しているだけのことです」
「自分には意識がないって、そんな熱心に言われてもな」とミハルノは「こわい」の表情を選択している。「『呆れた』の顔が欲しい」と言う。
動作原理がもはやわからないという意味においては、ミハルノとアシスタントの違いはあまりない。岬としては、専門家なら違いがわかるだろうと思うくらいだ。その専門家の説明がまたわからなかったりしたら、やっぱり違いはわからないということになりそうだった。幽霊も人工知能も似たようなものかと岬は考え、やっぱり違うなと思う。
「やはり確認するべきは」とアシスタントは言う。「ミハルノの『声』がわれわれ以外の第三者にも聞こえるかではないですか?」
「そりゃわかるけど、誰にきく?」と岬。
「それはやはり」とアシスタントが一人の人物の顔をディスプレイに表示する。「専門家にではないでしょうか」
ミハルノには歩行が難しい。
移動くらいのことはできるが、幽霊が風に漂うというくらいの風情である。仮想空間の中で漠然と脚を動かし、地表面をすべっていくように見える。3Dモデルではあるものの、アクションを想定したつくりではない。WASDで前後左右に移動して、スペースキーでジャンプするようにはできていないし、中に人が入って外装とするという用途にも向いていない。なにとなくただよい現れては規定の台詞を喋らせるくらいのつもりでいたのだ。
「今からでもいいから、骨入れてよ骨」と軟体動物のようなことをミハルノは言う。
点やら線やら面やらという抽象構造で構成されたモデルを、様々な整合性を保ちつつ運動させる場合にもっとも手っ取り早いのは、体の中に骨格を入れてしまう方法である。その上に筋肉を盛り、物理エンジンを利用して動かす。髪の流れや特定部位の脂肪の弾力の再現に血道を上げる職人も世の中にはいるが、基本的には骨が第一となる。
その点、ミハルノはまず皮からつくられた。どこの筋肉がどこにつながり、骨と骨がどうつながるかなんかは全然考慮していない。腹筋は六つに割ったが、それぞれの腱がどの骨とつながっているかは知らない。
岬の理想を一身に体現しているミハルノは、実空間以前に三面図に耐えられないのだ。正面から、横から、上から、ミハルノがどう見えるのかをそれぞれ描くことはできる。正直、少し角度はつけさせてもらいたい。それはともかく、そうした見た目を実現するひとつに統合された「立体像」というものはない。
「そこはほら、ピカソみたいなもので、見えを一つにまとめ上げる意味みたいなこと?」
と言ってはみるが、岬の腕では各方向からの見栄えをそれぞれ最大化することが精いっぱいということになる。右側から見たときと左側から見たときで、髪の分け目の位置が変わっていたとして、誰が不幸になるというのか。三次元的な整合性とかいうものよりも、ぱっと見のカッコよさを岬は選んだ。そういう意味で、ミハルノにはひとつの姿というものはない。特定の角度から見た3Dモデルがいくつか、個別に存在しているにすぎない。
もしお手軽ツールを利用してミハルノを統一的なモデルとして起こしてみたら、きっと人間とは異なる動きをするだろう。
「あんたは、角度依存性が高すぎるんだよ」と岬。
ミハルノの方ではいい顔で「ひどいな」と笑うだけである。
岬の外見上の理想の恋人は、三次元には耐えられない。
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