ピグマリオン・ロミオ・ジュリエット・その2
なあんで。
「3Dモデルに魂が宿っちゃったかなあ」というのが岬のぼやきで、「いや、困ったな」と続く。
「深く考えなくてもいいんじゃない?」というのがミハルノの見解であり、ミハルノ自身もどうして自分がここにいるのかはわからないらしい。わからないが気にしていない。あまり思慮深いタイプではない。
岬の作業場であるPCのアシスタントからみても、ミハルノの存在は意味不明というに尽きるらしい。逐次シミュレーションされているのはその外見だけ、ということになる。
「でも、声は聞こえるでしょ」と岬。
「聞こえますね」とアシスタント。
「そりゃ聞こえるでしょ」とミハルノ。「だってここにこうしているわけだから」
そこに確かにそうしているのに、外見を構成するジョブ以外は走っていないというところが謎だ。
「実際問題」とアシスタントは言う。「スピーカーからの出力はありません」
「でも聞こえてるじゃん」と岬。
「そりゃ聞こえるでしょ」とミハルノ。
岬としても、ミハルノが現にそこにいることを、いまさら否定しようと思わない。話しかけられるのもよしとする。でも、その「声」はスピーカーを通してのものではないとアシスタントは言う。さらにはミハルノの思考を構成しているはずのジョブも見当たらない。つまり、ミハルノの思考は仮想環境において電子的に実行されているものではない。
「なんだか怖くなってきました」とアシスタントは言う。
怖くなるタイミングが遅いというのが岬の意見で、それとも科学技術の集積物であるアシスタントが恐怖を感じるという方がよっぽど不思議な現象なのか。岬にもアシスタントにもミハルノの「声」が聞こえる以上、ミハルノはただの夢よりはしっかりとした存在だ。ミハルノは物理実体を持たないならば、正体の候補としては一つしか思い浮かばない。
「同感です」とアシスタント。
「なあんで3Dモデルに幽霊がとりついちゃったかなあ」と岬はぼやく。
「全くです」と、もしかして世界ではじめて幽霊を目撃しているアシスタントも言う。
ミハルノには十種類の表情がある。
ふつう。うれしい。かなしい。おどろく。あわてる。
てれる。こわい。ねむい。すねる。こっちにおいで。
「なんか偏ってない?」というのがミハルノの意見であって、岬は自然と視線を逸らしている。
「いや……その辺に落ちてた表情のテンプレートを埋めただけだから……」
「この最後の」とミハルノ。「『こっちにおいで』っていうのは?」
「あったんだよ、テンプレートに」
と岬。自分好みのキャラクターを造形するにあたっては、既存のテンプレートを参照した。様々なテンプレートから当然、気に入るものだけを選択した岬である。だってただの趣味なのだ。だから「怒る」とか「嫌い」とかいった表情はない。「こっちにおいで」は手を差し伸べるポーズとともに、やさしく微笑みかける形である。一人で作っているときはなんとも思わず、ミハルノの姿態を眺めてはほくそ笑んでいたものなのだが、相手が喋るとなると話はまた変わってくる。
「わたしもいますが」とアシスタントが話しかけてくるのは無視する。作業用のPCに遠慮したり照れたりして創作なんてできるわけがない。
「なんで3Dモデルに幽霊がつくかなあ」と繰り返す日々である。
ミハルノ自身に言わせると、人形だとか屋敷とかに幽霊がつくことだってあるわけだから、データが口を利いたからなんだ、ということになる。そんなことより退屈だよ、と不平を言う。
「岬はこっちが幽霊だって決めつけてるけど、そんなの誰にもわかんないわけで、魂みたいなものかもしれないし、ひょっとしたら天使みたいなものかもしれないわけで、岬自身も人間として扱われてるだけで、自分の意識がどこにあって、岬を岬にしてる部分がどこなのかとか知らないわけでしょ」
「脳だよ、脳」と岬はこたえる。「脳を壊せばこの自分がいなくなるって自信があるよ」
「変な自信」とミハルノは「てれる」の表情で笑っている。「もっと表情が欲しい」と文句を言う。
ミハルノは3Dのデータである。
基本的にはガワしかない。皮でしかない。外骨格しか存在しない。殻しかない。そういう意味では甲殻類に近いが、中身はない。空っぽでガランドウでスカスカだ。
「そこ、強調しなくてもよくない?」
とミハルノ。
そんな相手のことを、というのが目下、岬史上最大の悩みとなっている。
「どうしてこんなに好きなのか……」
ふとしたときに、その場でごろごろ転がり回りたいくらいに好きなのだ。気持ちを抑える術はない。
「それはさ、自分の好み全部盛りでつくったからだよね。自業自得ってやつ?」とミハルノ。
「性格も設計したかった……」
「可能な範囲で対応するよ」とミハルノ。「料金次第で」と「うれしい」の表情で言う。
「もっとこう、理知的なタイプがよかった」
「それは無理」とミハルノの返答ははやい。
岬としては、こう、見た目にきれいであって、賢いキャラクターというのを想像していた。ちょっと間が抜けているとか残念要素は不要であって、別に始終一緒にいるわけでなし、ただ気が向いたときにとりだして、短時間観賞できればそれでいいのだ。日常の遊び道具ではなくて、ご褒美。向こうから話しかけてくる必要などはなくて、呼びかけても、「……」くらいの反応がいい。瞳に思わせぶりな光をたたえる寡黙なキャラクターを所望だ。
「そんな奴いなくない?」
とミハルノは言い、
「いないからつくるんだよ」
と岬。自分はただ、想像の中で遊びたかっただけなのに、想像の方が理屈を言う。放っておくと文句を言う。退屈である、もっと表情が欲しいと要求も多い。
「ひとりにしておかないで欲しい」とミハルノは言う。
自分でも不思議なのだが、岬もついその要求に応えてしまう。なんだかんだと気がつくと、あいた時間でミハルノの表情やポーズをつくってにやけていたりする。
「別にあんたのことが気になるとかそういうわけじゃなくて……」
と歯切れは悪い。
「顔が好きなんだよ、しょうがないじゃない」
と開き直る。
「いい顔でしょ」
と涼しい顔でミハルノは言う。
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