血が騒ぐ

「血が騒ぐぜ……」


 男は格闘家だ。格闘家とは血の気が多いのが普通だ。特に彼はその傾向があった。

 ありすぎたと言っていい。血の気が多くなければ格闘家には向かないものだが、彼はあまりにも血の気が多すぎた。今も彼の血圧は上昇傾向であり、目は鋭く血走り、毛の生えた心臓は高鳴り、額と二の腕には太く逞しく雄々しい血管がくっきりと浮き出ている。


 男はつい先日、因縁の相手との再戦が決まったばかりだった。ゆえに血が騒ぐのは無理もない。遠足を控えた子供のように、彼の血は容赦なく騒いでいた。


「戦いはもうすぐだな。安心しろ、俺がお前の健康をしっかりと守ってやるぜ」


 白血球が言った。


「どんなに激しい試合だろうと、全身の隅々までちゃんと酸素を運んでみせるさ」


 赤血球が言った。


「多少の出血くらいなら構わんよ。どーんといけ」


 血小板が言った。


「我々も順調に機能している。君の身体はパーフェクトそのものだ。安心してくれ」


 血漿が言った。


 血が騒ぐ。部屋が血の声で満たされる。血が男に話しかけ、血が血同士でおしゃべりする。とってもにぎやかな空間。


 男はうんざりしたように枕に顔を埋めた。

 決戦前夜、血がうるさく騒ぐせいで男は全く眠れなかった。


 今、男の血圧が上昇傾向なのも、目が鋭く血走るのも、毛の生えた心臓は高鳴るのも、額と二の腕の太く逞しく雄々しい血管がくっきりと浮き出ているのもすべて、寝不足のせいだった。

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