胸が晴れる

 付き合って半年、ようやく男は女をベッドへと誘うことができた。

 しかし女の様子がどうもおかしい。恥じらっているのかと思ったが、どうもそれだけじゃないらしく、男の一挙手一投足にことごとく反抗の姿勢を示す。


 それでも男は強引にことを推し進めようとした。北風が旅人を脱がすように半ば力ずくだ。だが、女はやはり身を固くし、男を拒んだ。

 耐えかねて、男は聞いてみた。


「どうしたんだい? 僕が嫌なのかい?」


 女は首を振った。しかしその顔は曇ったままでベッドの灯りと相まって表情に深い影があった。女は意を決して口を開いた。


「私、初めてだから……」


 大抵の男はこの言葉に喜び、いきり立って勇み立つ。この男もそうだった。女の意図とは逆に、男はより強引にことを進めた。それは貝を熱するのではなく、叩き割って中身を取り出そうとするほど野蛮なことだったが、それでも一応進んでいった。一枚、また一枚という具合に。


 男の手が女のシャツに伸びた。女は表情を強張らせた。男はお構いなしだった。

 なぜ男がノリ気でない女に対してこんなことをするのか? ジョージ・マロリーは言った、「そこにエベレストがあるから」と。同じことであった。

 男は待ち望んだ双峰を拝むべく、女のシャツを剥ぎ取った。瞬間、


 ピカッ!


 と女の胸が光った。女の双峰には黒々とした巨大な暗雲が立ち込めていて、雨が降り、風が荒れ狂っていた。登山するべき天候ではなかった。


「胸が晴れないんだね」


 男は優しい声で言った。女の胸が晴れないのは自分のせいだということが、この男にもよくわかった。気持ちよく山を登るためには、山という環境を気持ちよくしなければならない。クリーンに、清潔に、だ。男は反省した。


「悪かったよ。僕たちは今日限りというわけじゃない。だからまた今度にしよう。君の胸のもやもやが晴れたときにでも」


 ようやく女は笑った。ベッドで見せた初めての笑顔だった。晴れやかな笑顔だった。そして女の胸が晴れる。双峰に日が射し込み、頂上を美しく彩る。

 男はついついそこへ引き込まれた。元旦の富士を拝むように、彼は女のそこへ引き寄せられた。

 女は鋭敏にそれに気付いた。すぐにまた暗雲が立ち込めてきて、双峰は雲の彼方へと消えていった。女心と秋の空という言葉があるように、女心とはすぐに移り変わってしまうものだ。


 胸が晴れないのは、今となっては男も同じだった。気がつけば男の胸にも雲が立ち込めている。

 ベッド上、胸が晴れない男女が二人。

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