一肌脱ぐ

 蒲田喜造かばたよしぞう、四十三歳バツイチ。二年前に離婚し、別れた女房の元に二児あり。今は六畳一間の安アパート暮らしをし、わずかな給料から養育費を別れた家族に払い続ける毎日。貯蓄なし、趣味なし、生活に張りもなし。周囲の人間は彼を不幸せな存在と見ていたが、本人は今の生活に不満を感じていない。


 今朝も彼はいつものように朝食のカップ麺食べ、最低限の身だしなみを整えて出社のために家を出た。

 そこで、一人の女性と出会った。女性は二十代後半のOL風だった。道端でさめざめと泣いていたので、蒲田喜造は声をかけた。


「どうかしましたか?」


 蒲田喜造の言葉に女性ははっと顔を上げた。可愛らしい顔だったが、涙で化粧が崩れてひどい有様だった。


「なんでもないです」


 女性はそう言ったが、泣き止むどころか一層泣き始めた。蒲田喜造はこういうのをほっとけない性質だ。


「もしよろしかったらお話聞かせてくれませんか? 何かお力になれるかもしれません」


 女性は頷いた。蒲田喜造はうらびれたおっさんだが無害な見た目だから、女性も心を許す気になったらしい。二人は近所の公園へと移動した。そこで、


「私、婚約者に二股かけられてたんです。それで捨てられたんです。同棲までしてたのに、相手がいいところのお嬢さんだからって、そっちに乗り換えたんです」


 言って、また大泣きした。蒲田喜造は心底同情した無害な表情で、女性の話に相槌を打ち、ときには理解を示したように頷いた。うらびれたおっさんだが、意外に聞き上手なのだ。

 それが余計に女性の感情を焚き付けた。話し始めると口も感情も止まらなくなったのだろう、大泣きしながらこんなことを言い出した。


「私、もう死んでしまいたい! こんな人生嫌だ! こんな人生さっさと終わらせて、次はもっと幸せな人生を送りたい!」


 大げさな、そう思う方もおられるだろうが、このぐらいの年齢にはよくあることでもある。若い頃はとかく周りが見えないものだし、たかが恋愛がこの世の全てだと勘違いしがちである。

 蒲田喜造は大きく頷いた。そして己の締りのない胸をドンと大きく叩いた。


「この蒲田喜造が一肌脱ぎましょう」


 女性がキョトンとしている間に、蒲田喜造は文字通り肌を脱ぎ始めた。蛇が脱皮するように蒲田喜造の皮がつるんと向けた。中から緑色のグレイタイプのエイリアンが現れた。


 あっという間のことだった。エイリアンは女性に蒲田喜造の皮を素早く着せた。すると、女性は蒲田喜造になった。


「これにて一件落着!」


 蒲田喜造改め、エイリアンは満足げに言った。エイリアンが空に向かって指をふると、どこからともなくアダムスキー円盤型宇宙船がやってきて、エイリアンはそれに乗り込んでどこかへ去っていった。


 女性改め蒲田喜造は別れた家族に養育費を払うため、今日も元気に出社すべく、駅へと歩いていった。


 


 ありがとう、エイリアン!

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