告白

千恵子はレストランでの申し込みに返答をしていなかった。

二人で駅へ向かう途中に在る大きな公園の並木道を並んで歩いていた。

「他人が観たら私達、完全に恋人同士に観えるわね」

千恵子はそう思い、隣の浩二の顔を見上げた。

月明りに照らされた浩二の表情は、返答を待つ緊張のせいか、少し引きつっていた。


千恵子は浩二の仕事に対する情熱に尊敬をしていた。降格・左遷されても自信を失わずに真っ直ぐに突き進む姿勢に憧れを持っていた。部下として彼の仕事を支えたい気持ちもあった。

先ほど、「部下としてだけで無く一生の伴侶として私を支えて欲しい」と言われた時も、「もちろん、喜んで」と返答したかった。

しかし、返答は出来なかった。


千恵子は速足で浩二の前に出て立ち止まり、月を背にして振り向いた。

真正面の浩二の顔は「ついに来たか」と、わかる表情をして、彼女の返答を待っていた。緊張で唾を飲み込む喉仏の動きが千恵子には見えていた。


千恵子はゆっくりと静かに語りだした、目には既に涙が溢れていた。


「私は、あなたの申し込みを受ける事が出来る人間ではありません」

「私は四年間、あなたがここへ来て三ヶ月後に異動した支店長の愛人でした」

「愛人と言うより、肉体関係だけの爛れた間柄でした」

「支店長に妻子がいるのは知っています、別に取って代わるつもりはありませんでした」

「私は失恋後の傷心の、支店長は単身赴任の、心の淋しさを埋め合わす為にお互いの体を求めあいました」

「二人の間には愛情などなく、体だけの関係で四年も経ってしまいました」

「やがて、支店長はあなたの成績のおかげで家族の待つ本店へ異動しました」

「二人は後腐れなく関係を解消しました」


「私は、あなたの仕事に対する姿勢や生き方に尊敬をして憧れています」

「私の隣に立っている人が、あなただったらと思う時もあります」

「あなたの申し込みを受け入れたいとも思いました、でも…」


千恵子は黙って浩二の顔を見た、浩二の表情は変わらずに千恵子の顔を見ている。

その表情には失望や嫌悪・憐みの感情は読み取れず、真っ直ぐに千恵子を見つめている。千恵子は顔を伏せて、先ほどより大きな声でまた語りだした。


「私のお腹の中に支店長の子供がいます…」

「私の妊娠がわかったのは、支店長が異動して少し後でした」

「支店長には知らせていません、知らせる必要もありません」

「最初は堕胎も考えましたが、もう二度と子供を授からない気がしたので、シングルマザーとして産んで育てる覚悟を決めました」

「それなのに…」


「それなのに、あなたからの交際の申し込みを受けて、私はどうしたら良いのかわからなくなりました」

「私に幻滅したでしょ、私は不義の子を宿し、それを相手に知らせず一人で産み・育てる覚悟をした愚かな女だと…」

「もう、私に関わらない方が良いわ」


千恵子はそう言い、後ろを向くと歩き出した。

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