第3話 心を伝える糸でんわ!


 ドジえもんが家のテレビを見ているとお母さんがチラシを持ってやってきた。


「ドジちゃん、見てちょうだい。本日お焼きセールですって」

「なにぃ!? お焼きセールだと!? そいつは本当か! ママ!」

「そろそろハナコも帰ってくる時間だろうし、二人で行ってきたらどうかしら」

「ハナコを待ってたら日が暮れるってもんだ! あたしが先にちょっくら行ってくらぁ!」


 どこにでも行きます社畜ドアを開き、ドジえもんが買い物を済ませた。


(むふふ! お焼きがこんなに手に入れられるなんて最高じゃねえか!)

「や、やめてよぉ!」

(おっと、遠くからハナコみたいな情けない声が聞こえてきたぜ。仕方ねえ。気分がいいから助けてやるか……)


 振り返ると、本屋の前でサチコとチヨコに連れられたハナコがいた。


(どんぴしゃハナコだったーーー!!)

「サチコさん! お願いだからやめてよ!」

「お黙り! ぼけハナコ! サチコさんに逆らったら痛い目にあうんだからね!」

(おうおう。あれは京都チヨコじゃねえか。んだよ。この時代からやってんなー)

「でも! よくないよ! こんなこと!」


 ハナコが叫んだ。


「誕生日でもないのに! わたしのほしい本を買ってくれるなんて!」

「お黙り! サチコさんが買うと言ってるのよ!」

「その代わり、倍にして返してもらうからな!!」

「倍のお返しが思いつかないからやめてよぉ!」

「(しょーもねー! けど、仲介入るか)ハナコー。こんなとこでなにやってんだ」

「はっ! あれは怪獣の被り物を被ったふしぎな女の子! ドジえもーん!」


 ハナコがドジえもんの背中に隠れると、サチコが殺気の目をドジえもんに向けてきた。


「なんだぁ……。てめぇ……こらぁ……」

「なにこの人! 怪獣の被り物なんて変なもの着て! わたくしを差し置いて失礼だわ! いいこと!? パパの買ってくる怪獣の被り物の方がすごいんだから!」

「へえへえ。そうかよ。相変わらずだな。あー、よかったなー」

「なっ! なんてこと! わたくしの自慢攻撃が! 効かないわ! こうなったら……サチコさん! やっちゃってくださいな!」

「ドジえもん! お願い! サチコさんを止めて!」

「わーわーわめくんじゃねえよ。怪獣かよ。ガキども。ご近所迷惑だぞ。おちついて、事の発端をきくから。ます最初に、なにがあったんだ。ハナコ」

「じつはね、きょうは月刊百合ちゃん姫さまの発売日だったから、買って家で読もうかなって思ってたら、急に二人が現れて、わたしの欲しいものを買ってあげるから、倍にしてお返ししろっておどしてくるの!」

「サチコさんが買うのよ! そんなのとうぜんじゃない!」

「見て! ドジえもん! サチコさんがおっかない目で見てくる! わたしこわい!」

(お前が得体のしれないあたしに隠れてるもんだから、そりゃあ、睨んでくるわな)

「どうしよう! ドジえもん!」

「まあまあ、とりあえず自己紹介といこうや。サチコ、木刀持ちながらそんな長いスカート穿くんじゃねえよ。歩きづらくないのか?」

「この野郎ぉ……」


 大変! サチコさんがとんでもない量の覇気を放っている! ハナコは恐怖でぶるぶる体をふるわせた。


「さっきから聞いてればわけわかんねーこと抜かしやがって! そこ退きやがれ! ごらぁ!」

「まあまあ! 落ちつきなって! あたしドジえもん! 未来からはるばるハナコの未来を変えるために、この時代にやってきたの!」

「あ!?」

「未来から……ですって?」

「サチコ、ちょっくらアドバイス。あんたさー、ちゃんと気持ちを言葉に出さないと伝わるものも伝わらないぜ? ハナコはこんなんだし、この間のリサイタルの件でなーんか言いたいことがあったんじゃねえの?」

「っ!」

「でもさ、それってのは言わないと伝わんねえからさ。特にこの小娘はほんとうにボケボケだから、言葉で伝えることを勧めるよ。おっとそうだ。すごくいい道具があったのを思い出した」


 ドジえもんがそう言うと、ショルダーポケットから道具を取り出した。


 たららら、ららら、ごまだれー!


「糸でんわー!」

「糸でんわー? なーに? それ」

「おう。こいつはな、糸をぴんと伸ばして、耳に当てれば相手の心の声がきこえる代物だ」

「えー!? そんな道具があるなんて! やっぱりドジえもんすっごーい!」

「ハナコ、耳に当ててみろ」

「うん!」


 ドジえもんが紙コップに口を当てた。


「どうだ。あたしの声が聞こえるか」

「えー! すっごーい! きこえるー!」

「ハナコ! わたくしにもきかせて!」

「いいよー」

「こんにちは。あたしドジえもん」

「まあ! 本当だわ! きこえる!」

「ほら、サチコ。これで言いたいこと言えや。心の声なら相手に伝わるはずだぜ」

「……」

「んな目で見るなよ。ほら、やってみー?」


 ハナコがコップを耳に当て、サチコが口に当てた。


「……ハナコぉ」

(あ、すごい! サチコさんの心の声がきこえる! すっごい声低い! 今にも人を殺しそう!)

「……あの」

(うん?)

「この間のリサイタル……お客さん……あつめてくれたのに……あんなこと言って……」


 ハナコがきょとんとした。


「……ごめん……」


 ハナコがコップから耳を離し、サチコを見た。サチコは敵意の目でハナコを睨んでいる。しかし、ハナコは笑顔でコップに口を当てたので、サチコはコップを耳に当てた。すると、ハナコの心の声がきこえた。


「もぉーいいよ!」


 サチコがハナコを睨んだ。ハナコは笑顔でサチコを見ている。サチコの目が――少しだけ緩んだのは、ドジえもんにしかわからない。


(……上手くいったな)


 あたしが暇つぶしで作った糸でんわが、こんなところで役に立つなんて。やっぱり人生なにがおきるかわからない。だからこそ面白い(笑)。


「さぁーて、一件落着かな。それで遊んでていいから、夕飯までには家に帰ってこいよ。ハナコ」

「あ、まって。わたしも百合ちゃん姫さま買って、ドジえもんといっしょに帰る!」


 ――サチコの木刀が、地面にめり込んだ。


「家に帰ってこいって……いっしょに帰るって……」


 サチコの目が光った。


「どういうことだ! ゴルァアアア!!!」

「まあ! サチコさんの堪忍袋の緒が切れましたわ!」

「ひいいい! 助けて! ドジえもん! こわいよぅ!」

「だーから、ハナコの未来を変えに未来から来てるんだってば! 家だっていっしょに住むに決まってんだろ!」

「ドジえもんんんんんんんん!!!」

「にげよう! ドジえもん!」

「うわったった!」


 ハナコに引っ張られて、ドジえもんがいっしょに走り出した。その後ろからものすごい速さでサチコが追いかけてくる。


「ドジえもん! なにか道具出して!」

「えーとえーと! これでもないあれでもない。あ、あった! 松コプター! 頭につけやがれ!」

「こう? ……わわっ!」


 サチコの足が止まった。空には一緒に飛んでいくドジえもんとハナコの姿。サチコが鼻を鳴らし、来た道を戻っていった。


「ふう。なんとかなったね! ドジえもん!」

「うわっ! やべ! さっきの本屋にお焼きの袋置き忘れた!」

「いいよ! 戻るのは危ないし、きょうは家に帰ろうよ!」

「ちくしょー。こいつはまたドジっちまったぜ!」


 二人が家へと向かって進みだした。


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