第10話 父と娘
おじさんの娘は少しづつおじさんのお見舞いに来るようになっていた。
元々悪い娘ではないのだ。
変に意地を張ってしまっているだけ、何かのきっかけがあれば関係は大きく改善する。
じゃあそのきっかけは、おじさんの入院ということでいいのか。
娘は病室に行く前にラウンジでちょとだけ佇む、そして意を決したように、立ち上がり病室にくる。
そしてほんのちょっとだけおざなりに言葉をかわす、そして病室を出るとまたラウンジで佇む、まるで反省をしているかのように。
娘は娘なりに関係改善を模索していると言うことだ。
おじさんは、微妙な娘の心理を理解せずに、先走ってしまった。
まあこの先走りが私の変な助言によるものなんだなと思う。
着替えを持ってきた娘におじさんは話しかける。
「パパが居なくて寂しくないか。ごめんな、早く治して少しでも早く家に帰るから」先走りだ、ゆっくり積み木を積み重ねて、崩れないように補強をする前に押してしまったようなものだ。
もう少し補強をしていれば、大丈夫だったのに。
早すぎた。
「別に、パパが居なくても全然困らないし、ママと楽しくやっているよ」おじさんもおじさんだけれど、娘も娘だ、言葉の選び方がなっていない。
安心させようと言う気持ちも、ないではないようだけれど言い方がある。
これではまるで帰って来るなと言っているようなものだ。
娘の先走りを理解してあげればいいのに、全く素直じゃないというか。
配慮が足らないというか。
愚かというか。
案の定おじさんは落胆したように「そうか」と言っただけで寂しそうに、下を向いた。
まずいと娘もわかったようだけれど、そこでどうフォローしていいのか分からないらしく、居た堪れまくなって、帰って行った。
あたしは絵に書いたような父と娘の行き違いに歯痒さを感じたけれど、でもチャンスでもあるなと、悪魔のような思いが湧いた。
おじさんが娘に落胆している今こそサラに合わせるチャンスと。
「大丈夫ですか」頃合いを見計って私はおじさんに声をかけた。
スタンスは娘を弁護したのに娘の反応が芳しくなかったことに対するフォローだ。
「えっ。いやまあ、いつもこんなもんですよ。まだ19だから。女性に歳を聞くのは失礼かもしれないけれど。紗羅さんはいくつ」
「今年、大学卒業なので22ですよ。ちなみにもう一人のサラも同じ22です」
「ああ、そうなんだ」とおじさんは考えるような素振りだった。
「うちの娘も、もう少し」と言ったところで言葉が止まった。
流石に、もう少しなんですか、とは聞けなかった。
まあここに続く言葉はわかるけれど。
本当のことをいえば、あんなの売り言葉に買い言葉なんで、娘さん、本心ではあんな風には思っていませんよ、と言ってあげればいいんだろうけれど、私はその言葉を言わなかった。
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