第11話 ハレルヤプレイス
「あっ、またサラを呼びますね」
「えっ、ああ」今かよというおじさんの心の声が聞こえたような気がするが、今がチャンスなんだよ、あたしは自分に言い聞かせた。
「サラのママの名前とか聞き損なっていましたからね。もしかしたら、知っている人かもしれないし」
「そうかもしれないですね」
無理やりサラを呼んだ。
サラはあまり乗り気では無かったようだけど、こう言うことは、たたみかけることが重要だ、パパが悩んでいる今こそ。
そんなことをサラに言うと病室に来なくなるかもれないが、でもここはこらえて貰うしかない。
サラは自分が生まれた場所を言う。
そしてママの名前、今までどういう生活をしてきたか。
なぜここにいるのか。
おじさんの表情がみるみる曇った。
きっとおじさんの中で、フィリピンに残してきた妻子のことは喉の奥の小骨のようにいつも頭の隅にあったのだろう。
だからサラのことを尋ねた。
でもそれが本当に娘との再会になるなんて思ってもいない、そんな偶然があるわけがないと思っていた。
でもそれが現実となった。
おじさんははじめは戸惑い、そしてどうしたら良いのか分からず機能停止に陥ている。
でもおじさんは最後に力を振り絞ってサラに尋ねる。
「パパのことはどう思っているの。会いたいかい」声が震えているような気がしたが、この人がサラのパパだと解って居るから気づける程度で、でなければ分からないくらいだった。
「分からないんです。パパには会いたかった。本当に会いたかった。ママはパパのことを決して悪くいうことはなかったんです、だから私もパパのことは大好きでした。何か辛い事があれば、パパならきっとこう言うだろう。そして優しく抱きしめてくれて、サラ大丈夫だよ。そう言って頭をポンポンしてくる。そんなことをいつも想像していました。
でも大きくなるにつれて分かることがあります。
パパには日本に家族がいる。
きっと私が会いに行けば迷惑なんじゃないかなって、でも、
一度だけで良いから会いたい。でも、あからさまに迷惑だと思われるなら。優しいパパの想い出だけで生きていく方がいいのか、思いは複雑です」
淡々と言うサラの言葉には一種独特の凄味があった。
それはサラが背負ってきた、これまでの人生なのかと思えた。
「あっ、すみません。なんかこんな話をして」とサラはおじさんに謝った。
おじさんはなんともいえない表情をしている。きっと考えがまとまっていない。でも気持ちを振り絞って言葉をだす。
「一つ聞いてのもいいかな」
「何ですか」
「サラちゃんは。日本に来て、よかった?、辛い目にとかあっていない」
「大変なことはたくさんありますよ、でも私にとってここは、ハレルヤプレイスなんです」
「ハレルヤプレイス?歓喜の地ということ?」
「はい」というサラの清々しいまでの返事におじさんは心底胸を撫で下ろしたようだった。
サラは思い出したように私に振り返って。
「じゃあ紗羅、私いかなきゃ」
「ああそうだね。またあとで」
「うん」
あたしはサラがいなくなってからのおじさんの表情を見ていた。
そして、それは智も同じだった。
表情からおじさんはサラが分かっていてあんなことを言ったのかといぶかったが、そもそもそんな偶然に自分自身も驚いているのに、目の前の娘たちがそのことに気付くことがあるわけないと思っているようだった。
自分が名乗りでなければ誰にも気づかれないと思っている。
仕方なくあたしがダメ押しをする。
「サラ、あの娘、パパに会いたいはずなのに。パパに冷たくされたらって、怖がっているんだと思います。会わなければ、パパが良い人という思いだけで気持ちよく帰国できる。でももし会ってしまったら。良い人ならいいですけれど」
あたしはひどいやつだ。
ここまで言って。
最後の判断はこのサラのパパに委ねている。
もしこの人が自分から名乗りっ出れば、サラは本当に幸せのうちに母国に帰る事ができる。
でももしこの人が何も言わず、そのままやり過ごせば、サラとってはこの国はとても嫌な国になってしまう。
サラには良い思い出を作って帰ってほしい。
暗い顔で考え込んでいるおじさんを私はひどく冷静に見詰めていた。
まあまあ分からなくもない。
日本の家庭を壊したくはないだろう。
でも。
でも。
さあ、どうするの、パパと心の中で叫んだ。
そこからおじさんのアクションは無かった。
かなり悩んでいるみたいなので、そっとして置いたけれど。
いよいよサラの帰国が近づてきた。
そして智とおじさんの退院も近くなる。
直前では怪しいので、早い段階から智が叔父さんの携帯とアドレスを聞き出して置いてくれた。
相変わらずいい仕事をしてくれる。
サラはというと、相変わらずで、なんか思いの丈をパパにぶつけて満足してしまったようにさえ見える。
いいのかサラ。
と何度心の中でつっこんだことか。
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