第2話 昔、短い列がありました
若い人は想像もつかないことだと思いますが…。
公衆電話って非常に便利なものでした。
お金さえいれれば、実家にも友達の家にも彼女の家ともつながることができました。
テレホンカードというプリペイドカードがあって、これができてから10円を連続的に電話に落とし込む、もしくは
「100円でかけちゃったからもう少し話そう」
などということはなくなりました。
まだヨット部の合宿所に電話がなかったころ。
夕食が終わり少し落ち着くと、
「ちょっと外いく…」
「俺も…」
「いっしょにいこうぜ…」
などと連れ立って何人かが出て行きます。
海辺などには当時コンビニもなくお菓子を買いにいくあてもありません。
みなさん電話をしに行くのですね。
ボックスではなく、電話機だけに小さい屋根のついているスタンド型の公衆電話が暗いくらーい夜道をしばらく歩いていくとジュースとたばこの自販機の横にポツンとありました。
海の近くで波の音が聞こえるその電話機の前に、僕らヨット部の先輩や同じく近くに合宿所がある他の大学の学生が硬貨を握りしめながらおとなしく並んでいました。
僕はそんな列を横目にジュースや先輩に頼まれた煙草をよく買いに行きました。
正直言いますと、その列、うらやましかったです。
並んでいる人たちは連絡する、連絡しないといけない人がいるのですから…。
変な言い方ですが、テレビもない隔離された合宿生活で社会と接することができ、外の世界を知ることができ、話せる相手がいる、そんな人達がうらやましかったです。
僕はもてなかったし、女性の友達もほとんどいませんでした。
寂しいですね…。
ある日の夜、僕はその列に並びました。
合宿中、一度も電話をかけにいかないなんて…本当に寂しいですから。
「堀…、めずらしいな…」
先輩が僕を先に並ばせてそう言いました。
勿論遠慮しましたが、譲ってくれました。
「ええ、まあ…」
順番がきました。
10円を入れてかけます。
真後ろの先輩はちょっと距離を置いています。
僕も前の人の電話中は近づかず、話もまったく聞きませんでした。
そうゆう気遣いってありますよね。
「ああ、俺、達也…」
「どうしたの…、家に電話かけるなんて…」
母がでました。
「まあ、元気にやってるからさ…」
「そう…、よかった…」
「天気もいいし…明後日帰るよ…」
「うん…、何か食べたいものある…?」
「揚げ物食べたいな…、から揚げ食べたい…。合宿所はね、揚げ物禁止なんだ…、危ないから」
「つくっておくね…」
「うん…」
「気をつけてね…」
「じゃあね…」
受話器を降ろしました。
「ありがとうございました」
先輩にお礼を言います。
「つながってよかったな…」
「はい…」
先輩、電話をかけはじめました。
待っているのが正解なのか、でも電話が終わるのをせかしているようでそれも悪い。
「先、帰ってます…」
先輩、ちょっと左手をあげました。
了解ということでしょう。
電話の列はあと二人。
暗い夜道、波の音を聞きながらゆっくり合宿所に帰りました。
若い人は想像もつかないことだと思います…。
公衆電話って非常に便利なものでした。
夜の海辺
その電話機の前に
昔々
列をつくっていた学生達がいました。
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