第2話 王女と真実の口【END】


 外れてほしい予感ほど、当たるものだ。 


 新月……

 つごもりにもかかわらず、なぜか篝火かがりびも焚かれず、王宮の周りは闇に没していた。

 女王の広間は多数のシャンデリアで明るいが、窓は黒曜石をはめ込んだような漆黒で、冥府の中にいるような雰囲気だ。


 玉座に座るアンヌはカルロスを待っていた。

「遅いわね。時間に正確なカルロスが、三十分もまたせるなんて」

 広間の隅に置かれている大きなゼンマイ仕掛けの時計は八時半を指している。王宮の従者や警護の騎士達は帰ってしまい、広間にはアンヌとラルクだけだった。


「女王がいるのに護衛なしとは」

 いきどおるラルクは、あまりに静かな王宮に違和感を覚えている。


「しかたありません。私は形だけの女王ですから……」

 最近、弱気な発言の多いアンヌだった。

 

 しばらくして、カルロスが入ってきた。

 めずらしく、杖のようなものを持っている。


「遅れてすみません。準備に時間をとられましたもので」

「準備とは」

 通常、連絡なしに、女王を待たせるなどありえない。


 カルロスは白々しい口調で

「急な用事がありましもので」

 女王の用事を差し置くほどの案件などありえない。アンヌはカルロスに向かい、柳眉を少しつりあげ

「どのような、ご用事ですか」


 カルロスは下を向いてニヤニヤしながら

「持病の、腰痛が悪化したもので」

 ふざけているとしか言いようがなく、もちろん真実の口は閉じる。

 しかし、アンヌはそのことは押し殺し。


「ところで、このような夜更けになんの用でしょうか」

 カルロスは、しばし黙したあと鋭い眼光で


「そろそろ。ご退陣を促そうと思いまして」

 思わぬ発言に、アンヌは一瞬息が詰まったあと

「なんの、ご冗談を……」


 唖然とするアンヌのそばに、危機を感じたラルクが駆け寄って身構えると、広間の外に気配がする。


 カルロスは不敵な笑みをうかべ

「真実の口は、閉じていないでしょ」


 アンヌは蒼白になり

「なぜそれを」

 カルロスは黙している。


 思わずラルクが

「お前、いったい何者だ」

「ほほーう。私が誰かだと、その前に貴様も異世界人だろ。来た時、すぐにわかったわ」


「ということは。カルロスも異世界人」


 カルロスは答えずニヤリと笑い、杖で床を叩いた。

 その音を合図に、部屋の外から三十人ほどの大柄のフードを被った者がなだれ込んでくる。


「どういうことだ! 」

 ラルクが叫ぶと

「もうおわかりでしょう。すでに、実権は私が握っている、このまま、王国をいただくのです」


 さらに、入ってきた者がフードをとると、大きな体に角が生えた獣人が、斧や鉄の棍棒を持って構えた。

 二人の少年少女を殺るには、あまりに過剰な人数と武器だ、しかも相手は人間ではない怪物だ。


「魔族なのか」

 ラルクは真っ青になり、後ろのアンヌは震えながら

「公爵が魔族……」


 カルロスは不敵に迫りながら

「フローリア女王が死ぬまで待とうと思ったが、アンヌ王女が真実の口を持ち込んだとき、もう猶予がないと考え、急いで事を進めたのだ。もう逃げ場はないですよ。万一、ここを切り抜けても王宮は封鎖している」

 そう言って、逃げ場を包囲するように広がり、ゆっくりと、慎重に迫ってくる。


「だとしたら、お母さまの病気もお前が」

 カルロスは不適に笑っている。

「………どうして」

 アンヌは怒りというよりなげかわしく、胸がつまる。 


 ラルクは小声で背後のアンヌに 

「アンヌ様、弥生姫の箱を私に」

 アンヌは椅子の後ろに置いている箱をラルクに渡した。


 すぐに箱をあけると、


 バシッ‼

 

 突然、まばゆい閃光が炸裂する。

「なんだこれは! 弥生姫、へんな仕掛けを」


 ラルクも知らなかったようで驚いているが、魔獣達も怯んでいる

「この隙きに逃げろということか」


 そう思って、アンヌの手をとって部屋を抜け出ようとしたが、すでに魔獣が戸口周辺まで包囲して逃げ道がない。


(単なる目眩しめくらまじゃないか……また、弥生姫の悪ふざけか)


 やむなく、ラルクは箱の中の棒のような物を握り、アンヌを背にして魔獣達と対峙した。


 アンヌは震えてラルクの後ろにしゃがみ込んで。

「ラルク……もうだめだわ」

「まだ、この箱の中身があります……」


 ラルクが箱の中から出したのは、細身の鞘の剣。

 少し躊躇したが、意を決して柄を握り、鞘から白銀に輝く刀身の日本刀を抜き放った。


 柄を両手で握ると血走った目に豹変し、強い殺気を放ちながら正眼に構え、迫る魔獣に切っ先を向ける。

 さらに、声音こわねが変わり

「娘、そこを動くな」


 急に大人びた口調のラルクにアンヌが唖然としているが、今までのひ弱な感じと異なり、背筋が伸びて頼もしい。


 抜刀したラルクに刺激された魔獣が一気に襲いかかる。

 斧や、棍棒を振り回して迫るが、その打撃を可憐にかわし、ラルクは次々と舞うように切り裂いていく。


「ラルク……いったい」

 豹変したラルクにアンヌが驚いている。

 鋭い光の軌跡が舞い乱れ、気がつくと五体の魔獣の首が床に転がっている。


 それは、王宮の剣闘士のように突いたり叩いたりするのではなく、刀の反りをいかして振りおろすと同時に引いて、まさに切り裂くという動きだ。

 しかも、切るばかりでなく、突きもあるのであらゆる攻撃が可能で、次々と倒されていく。


 カルロスは、後退あとずさ

「小僧と思っていたが、護衛の切り札にしていたのか」

 カルロスは思わぬ伏兵に苛立ちながら、魔獣たちの背後に隠れている。無論アンヌは知らぬことだ。


 ラルクは、迫る魔獣を何とか倒すが多勢に無勢、相手はラルクの背後に回り込むように動き、アンヌと時々離れてしまう。


「これでは……」

 ラルクは目の前の魔獣に傾注しなければならず、アンヌに迫る魔獣を優先に相手にしつつも、次第にアンヌと引き離される。


 そこに捨て身で、数体が一気にラルクに襲いかかってきた。

 ラルクはなんとか倒したが、すでに二十体を斬り裂いた刀は刃こぼれし、倒すまでに時間がかかる。

 その時、背後に密かに回り込んだカルロスがアンヌを捕まえた。


「そこまでだ! 」


 アンヌ王女を羽交い締めにして、喉元に剣をあてている。

「ラルク……」

 苦しそうに、か細い声でうめいている

 ラルクは苦々しい表情で

「卑怯者め! 」


 カルロスは勝ち誇ったように

「その刀を捨てろ。どうやら、貴様のその豹変は、その刀の力か、刀を持ったときに変わるのか、いずれにしても武器がなければ終わりだ」

 アンヌを捕まえたカルロスを守るように魔獣が立つ。


(刀をすてたところで、やつはアンヌ王女を殺す。どうする………)

 ラルクは、逡巡しているが答えはでない。さらに、まだ十体ほど残っている、そもそも、刃こぼれした刀ではとても全部を倒せない。

 

 負けは確実だ……ならば、死なばもろとも

 苦渋の決断をしようとしたとき


 グワッシャン! 


 頭上で、ステンドグラスの割れる大きな音がする。

 次の瞬間、人が飛び降りてくると、ラルクの前に着地した。

 着地したのは二人。


 一人は、大剣を背負い、腰に出刃包丁をさした見覚えのある露出の多い女性剣士。さらに、もう一人は黄金の盾を持った剣闘士。

 

「チルチルとミチル! 」


 唖然とするラルクに

 ミチルが腰に手をあて周囲を見渡し

「なんだ、この状況は」

 横に立つチルチルは、ミチルをあきれた表情で睨んだあと


「見てわからないか。お姫様が人質にとられて、いまや絶体絶命だ」

 危機的な状況なのに、笑いながらチルチルが言う。


 一方、突然躍り出た二人を見たカルロスは蒼白になり

「精霊の大剣に抜き身の出刃包丁、まさか戦闘精霊チルチルに、殲滅の人間要塞ミチル! 」


 名前を呼ばれたチルチルはカルロスをにらみ

「なぜ、私達の名を知ってる………そう言えば、この感じ。姿は違うが」

「どうやら、カーズだな」

 ミチルが補足する。


「カーズか、異世界で何度か出会った姑息で臆病者の三下か。こんなところで、また何を企んでいる」

 チルチルは腕を組んで、上目遣いで見下している。


 そこにラルクが

「刺激するでない。アンヌ王女が捕まってござる」

 口調の違うラルクに、チルチルが訝り


「なんだ、その言葉は」と言ったあと

「………そういうことか」

 ラルクについて、なにか納得したチルチルは、人質をとるカルロスに向かい


「アンヌ王女とは、そこの人質か。ラルク心配するな、ミチルたのむぞ」

 ミチルに振り向くと

「えらそうに、命令するな」

 不満そうに言ったあと


「スキル! 身代わり! 」


 次の刹那、突然アンヌがミチルのいた場所に立ち、カルロスの腕にミチルが捕まっている。


「アンヌ王女と、ミチルが入れ替わった! 」

 ラルクが驚いていると。


「身代わりは、危機的な状況の者とも代わることができる。しかし、良い思いをしているやつとは代われない、不憫ふびんなスキルなのだ」

 チルチルが笑いながら言う。


 一方、捕まっているミチルも余裕の表情で

「おい、チルチル貴様の与えたスキルだぞ」

 カルロスは一瞬慌てたが、首に匕首あいくちを突きつけている状況に変わりはない


「ならば、このまま、ミチルの首を」

 そう言って、刃を突き刺そうとするが、チルチルは笑って


「おい、カーズ……いや、今はカルロスか。ミチルは防御特化だ。その程度の刃物が通用すると思うか」

 次の瞬間、ミチルは前かがみになり、首を締めているカルロスをそのまま柔道の一本背負いのように投げ飛ばす。


 間髪を入れずチルチルが動き出す

「ラルク、姫を守っていろ。こんな雑魚、秒で片付けてやる」

 そう言うと、両手に出刃をもち、戦闘開始だ!


 魔獣の群れに一気に突っ込むと、相手は構える間もなく、切り裂かれていく。

 死語かもしれないが、電光石火というべき、まさに秒殺だった。


 ラルクも、チルチルとミチルの攻撃から漏れて襲いかかる魔獣を切り裂いて、アンヌを守っている。


 その、背中にアンヌは必死で隠れている。

 普段は同じ小さいラルクの背中が、今は大きく、たくましく見えて、アンヌが見惚れていると。


 カルロスが捨て身で迫ってきた。

「この上は、アンヌだけでも」

 叫びながら、ラルクとアンヌに、杖から抜いた刀をふりかざしてくる


「姫、下がっておれ! 」

 アンヌがあわてて後ろにさがり、ラルクが見事にカルロスを両断する。

 すると、切り裂かれたはずのカルロスは、倒れるカルロス自身と、その背後に黒の魔導士にわかれた。


 奥で戦っているチルチルが

「その魔導士を斬れ! 」

 叫ぶが、一瞬早く魔導士のカーズは魔法陣の中に消え去った。


 戦闘が終わると、周囲には倒れている魔獣と、抜け殻となったカルロスも倒れているが、まだ息はしている。


 一方、ラルクも肩で息をして、刀を納めるとその場にへたり込んで、いつものラルクに戻った。数カ所怪我もしている。


 チルチルが、倒れているカルロスのそばにくると

「カルロスに取り憑いたカーズは、心の闇につけ込む奴だ。こやつも何か鬱積うっせきしたものがあったのだろう」

 

 座り込んでいるラルクは

「ところで、なぜチルチルとミチルさんがここへ」

「弥生姫に借金を半分にすると言われて、夜に城の周りをグリホンで飛んでいたのだ。閃光が見えればそこに行けと」


 よく見ると、城の外でグリホンが飛んでいるのが見えた。 

(それで、箱にあんな仕掛けを、言ってくれればいいのに。それより、弥生姫、この二人に借金させていたのか……)

 なんとも言えないラルクだった。


「だが、ラルクも、なかなかやるな。弥生姫に聞いたが、さすがムサシの転生者だ」

 チルチルが言うと、ラルクは小声で

「そのことは……」

「ああ、すまない。口止めされていた」


 そこに、アンヌが来て

「ありがとうございます。皆様」

 そう言って一礼すると、ラルクに向かい、羨望の眼差しで


「ラルク……。そのー……余の、騎士ナイトになってくれぬか」

 めずらしく、恥ずかしそうに言う


 ラルクは微笑んで

「そうしたいところですが。私もしなければならないことがありますので」

「わかった。ならば、それを終えれば考えてくれ。それまでの間は、遊びに行くし、来てくれるか」


「はい。またぜひ、ご来店ください」

 アンヌが微笑んで頷くと


「次は、本当に可愛いとおもわせてやるからな」

 聞こえないようにつぶやいた。


◇数か月後

 店に戻ったラルクが、弥生姫に顛末てんまつを話すと

「そう、大変だったわね」

 いつものように、そっけない。


「はい、今は女王様の呪詛が解け、次第に元気になっているそうです。カルロスも忠臣にもどったようです」


「それは、よかった。ところで、姫様はまた来てくださるかしら。上お得意さまだし。結構、恩義を売ったのでしょ」

 ラルクは、したたかな弥生姫に呆れるが、窮地を助けてくれたのは事実。


 そのとき、店の扉があき。

「ラルク! いるか」

 元気な声のアンヌ王女が入ってきた。


「いらっしゃい、アンヌ姫。何がご所望で」

 店内を見渡すと。

「そうだな……未来を見通す魔具……いや、相手の本心が聞こえる魔具とかないか」

 ラルクは、あきれて

「懲りないですね。それより、紅茶飲みますか、アールグレィを用意しましょう」


「そうだな」

 アンヌは笑って、弥生姫と一緒にテーブルについた。 

 


 ところで、返却され、壁に飾られている『真実の口』はというと……


 マスクをしている。


<第二話 了>

 



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