第2話 王女と真実の口【孤立】
「公安局長と、広報大臣が処刑された! 」
驚いたアンヌはカルロス公爵を呼んで
「そこまでしなくても」
不正な行為をしているとはいえ、処刑はあまりに短絡的で
困惑した表情のアンヌに、カルロスはさも当然なように。
「アンヌ王女に虚偽の報告をするなど、万死に値します」
「ですが……」
蒼白なアンヌに
「腐った果実は取り除かねばなりません、アンヌ王女のためでございます」
とは言うものの、恩着せがましく、どことなく突き放した口調だ。しかも、威圧的でアンヌは口答えできない。
カルロスはそれ以上答えず、一礼して憮然として退出した。
カルロス公爵が立ち去ったあと、謁見の広間の重厚な扉を閉めたラルクが、一段高い玉座のアンヌのそばに来て
「カルロス公爵に都合の悪い者への口封じかもしれません」
立ち去った扉をにらみながら言うと、アンヌはうつむいて
「まさか……」
さすがに、そこまではと思っているが……否定できない。
◇
その後、アンヌに謁見するものが極端に少なくなった。
重要な決済事項はすべて書面となり、しかも否決は許されない。
昨日も、某伯爵の噴水の修理に、公金を当てる上申書を否決しようとすると、官僚が数人で押しかけ、脅しに近い
ラルクも様子を見ていたが、弁舌が立つわけでもなく、いち小姓が女王の間にいること事態、場違いで割って入ることなどできない。
嵐が去ったあと、アンヌは疲れた様子で
「贅沢している貴族より、貧しい民にお金を回したいと思って否決したのに。あんなに大勢で来られたら、何も言い返せない」
唇を噛み締めている。
「どうも、アンヌ王女は嘘を見破る力があると思われて、大勢で押しかけてくるのでしょう」
ラルクは最近、王宮や街を散策して、それとなくアンヌの評判を聞いていた。
「そうかもしれないわね。真実の口のことを知っているのかも」
「いや、そこまではないと思いますが」
「いずれにしても、なぜ、それで会ってくれないの。本当のことを言えばいいじゃない」
「嘘の言えない相手と、まともに話すことができますか。すべて、正直なことを言わなければならないのですよ。逆に本心が言えなくなります」
「そんな、ものか」
そう言うとアンヌは急に疲れた表情で、椅子にだらしなく腰掛けると、ラルクは少し呆れた表情で
「お疲れのようで。そんな格好を他の者に見せられませんね、幻滅しますよ……ああ、もう幻滅しているかも」
「うるさい! ラルクにどう見られようと、余は気にせぬわ」
「それは、私のことを信頼されているのですねぇ~」
ニタニタと笑って見つめるラルクに、少しからかわれたアンヌは赤くなって
「そんなこと、ない! 」と言おうとしたが……
真実の口を見て、慌てて言葉を止め
「ううー、危うく答えそうになった」
ラルクは ”残念” と言った表情で苦笑いしながら
「でしょー。真実しか言えないとなると、逆に本心を言えなくなります」
アンヌは肩を落としてうなずくと
「でも、カルロスだけは、嘘を言っていないと思うのだけど」
「………」
ラルクはなんとも答えられない。
「どうしたの、カルロスを疑っているの」
「いいえ、そんなことはないです」
すると、アンヌは睨むような目で
「嘘をおっしゃい。真実の口、閉じてるわ。あんたも社交辞令を言うのね」
振り返ると、しっかり閉じている。
「あわわ! やっぱ、やりにくいなー」
「まあ、いいわ。それより、紅茶をもってきて」
「ええ! 僕は執事ではないです」
「いいじゃない、弥生姫がラルクの入れる紅茶は美味しいと言っていたし。それに……みんな帰ってしまったし」
最後は寂しげにいう。
「なんで、そんなに早く帰るのです」
「だって………」
何らかの力が働いるのと、厳しい取り締まりや言論弾圧、処刑などを行っていると思われ、恐れられてもいるようだ。
消沈するアンヌにラルクは
「わかりました」
紅茶を入れに出て行った。
◇
その後も、重鎮からの謁見はなく、呼ばない限り来ない。どころか、呼んでもあれこれ理由をつけて来ない者も多い。
「女王の呼び出しに来ないとは」
ラルクがぼやくように言うと、アンヌは広間を手持ち無沙汰に歩きながら
「軍や警察はカルロス公爵に支配され、租税の管理や分配などにまで対応している。私が
投げやりで、あきらめ口調のアンヌに、ラルクは
「なんとかしないといけませんね。しかも、あの処刑はアンヌ王女が指示したことになっているようだし」
それは、アンヌも耳にしている。粛正を断行する暴虐な王女と思われているようだ。
「誰も私の話を聞いてくれない。しかも、今の私は勝手に王宮の外に出ることすら、安全を理由にできない。実質、私は孤立している」
あの気丈なアンヌが震えるように言う。
「いえ、私がいます」
と言いたいところだが、ラルクには何もできない。
いずれにしても、今のアンヌはかなり危険な状況だ。
国民はカルロス公爵への信頼が厚く、逆にアンヌ王女への不平が
クーデターとまでいかなくても、ここで、アンヌ王女が殺されても、だれもアンヌ王女のことを思うものはいない、それどころか、暴君を討ち倒したとして英雄視されるかもしれない。
そして、実政権はカルロスに移る、単純明確なシナリオだ。
アンヌ王女が襲われるのは時間の問題だろう。
そこまで言わないが、何か方策を立てておきたい。しかし、ラルクにこれと言った妙案は浮かばない。
◇
次第に使用人や護衛の数が少なくなり、夕方早くに帰ってしまう。
そのような状況で、ラルクはできるだけアンヌ王女のそばにいるようにした。
「ラルク、あなたも部屋に戻れば」
どことなく投げやりなアンヌに
「いえ、いろいろありますので」
真実の口があるので具体的に話さないが、理由をつけて執務室や、謁見の間を警戒している。
「ラルク、私に気を使う必要ないのよ。使用人も夕方になると帰ってしまう。私だって今の状況はわかっているつもり」
「逃げることはお考えにならないのですか」
「どうやって、どこに逃げるのです。監視され幽閉状態です」
言葉が震えている。
確かに、王宮はもちろん、街の中にも逃げ場所はないだろう。
「ラルク、どうしたらいい。もう、あなたしかいない」
と言ってくれればいいが、気丈なアンヌ王女はその言葉をださない。
おそらくラルクの身を案じているのだろう。
いざというときを考えるべきだが、ラルク一人で事態を好転させることはできない。
「
と言っても、頼りになる人はいない。
肝心のカルロスは貴族側で、首謀者の可能性が高い。
こうなったら時間を稼いで、弥生姫の骨董店が開く時、強引に王宮を突破して逃げ込むしかないと考えているが、満月にはまだ一週間以上ある。
「それまで、待ってくれるか」
ただ、破滅への時間が過ぎていく。
そして数日後、事態は予測した最悪の枝道を駆け下る。
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