第2話 王女と真実の口【王宮の腐敗】

 半年前……


「お母様! 」

 突然倒れたフローリア女王のところに、アンヌが駆け込んできた。


 ここ最近、王室には不幸が続いている。

 女王の夫でアンヌの父親は、ニ年前に落馬する不慮の事故で死亡し、王太子の兄は死斑病と言われる不治の病にかかり一年前に死亡した。


 その矢先、女王のフローリアも同じ死斑病にかかり、現在は意識が朦朧とした状態で、かろうじて食事をしているが、かなり痩せて余命半年もないと言われている。 


 しかし、この病気は伝染病ではないため滅多に発症することはなく、ここ数年発症の事例はない。それが息子に次いで母が立て続けにかかるとは、偶然の不幸とは言えない状況だった。


 女王が倒れたあと、王位継承権筆頭のアンヌは悲観に暮れる間もなく女王代行となった。

 快活で賢いアンヌだが、国政をべる重責はその若さでは務まらず、執政を行っているのが


 カルロス公爵


 カルロス公爵はアンヌの叔父にあたり、国家の警察と軍、さらに財政まで掌握している宰相でもある。


 カルロス公爵は、がっしりした体に髭を蓄え、普段はやさしいおじさんといった感じだが、父親の元王の命令を受けたときなど、たまに見せるくぐもった眼光を、アンヌは子供の頃から不気味に思っていた。


 そんなカルロスは政務のノウハウがわからないアンヌに代わり、過剰ともいえる干渉を行い、アンヌはカルロスの意見に従わざるを得ない。

 しかし、政務は滞りなく進め、特に王都の軍や警察を掌握し、組織の綱紀粛正や治安維持に力を入れ、アンヌへの報告にも頻繁に来ている。


今回は、町で最近横行している不正賭博の取り締まりの成果を報告にきた。

「そんなに、不正な賭博が横行しているのですか」

 アンヌが驚いていると


「はい。それで家財を失い、自殺する者もでています。そこで、町の賭博会場を抑え、そこで行っていた者達を逮捕しました」

「そうですか、ご苦労様です。いつもすみませんね、けいがいなければ何もできません、頼りにしています」

 アンヌの言葉にカルロスは胸に手をあて


「とんでもない、代々王家に使えている我がカルロス家。当然のことです。今後も、このカルロス、身命をしてアンヌ王女を、お助けいたします」

 そう言って点頭するカルロスに、アンヌも深く頭を下げた。 


 このように、カルロスはアンヌを助けて精力的に王宮の政治や雑事まで対応し、カルロスのおかげでアンヌは、ほぼ何もしなくてよかった………いや


 何も出来なかった。



◇閑話休題

 

 アンヌは『真実の口』を借り受けると、ラルクを連れて、やよい姫の骨董店から城に戻った。


 ラルクは王宮の大きな部屋に圧倒されながら、来賓を招く女王の間に入ると、真実の口の石像を部屋に入った横の壁にかけた。

 その位置は、奥に座るアンヌからは見えるが、謁見に来た者は背後になるため見えない。


 念のため、他にも骨董品を数点かざり、真実の口のことをぼやかそうとしたが、そもそも、この世界の人は真実の口のことは知らないので、見つかってもなんとも思われないだろう。


◇ 

 しばらくして、高官が謁見にやってきた。

 謁見の間は、教会の聖堂のようにステンドグラスがあり、絵画や彫刻が飾られた、ルネッサンス調の荘厳でおごそかな大広間で、アンヌは正面の一段高い玉座に座り、ラルクを広間の隅に立たせ

「さっそく、試してみるわね」

「はい」

 ラルクは広間の端で、真実の口を横眼にできる壁際に控えた。


 最初に来たのは、国の公安局で軍部の局長だ。

 警察や軍の長官にも関わらず、太った体でよたよたと歩き、分厚い大きな口でニタニタと意味もなく笑いながら


「これは、アンヌ姫、いつも見目麗しゅうことで」


「……そう、私はそんなに美しいのですか」

「はい、それは飛ぶ鳥も羽ばたきを忘れて見惚れ、夜空に輝く月も恥じらい、姿を隠すほどでございます」

 歯が浮くような美辞麗句に、真実の口が閉じる。


 アンヌは肩を落として

「ところで町の治安はどうですか。以前、カルロス公爵の御尽力で、違法賭博は根絶したと聞きましたが」


「そのとおりで、ございます。カルロス公爵のおかげで、今は賭博をするものは、ほとんどおりません」 

 再び真実の口が閉じ、アンヌは怒りを抑えながら。


「ところで、母上の病気について、何か知ることはありませんか」

「いえ、私には。しかし、早く快癒することを願っております」

 これには、真実の口は閉じない。


◇ 

 次に来たのは王室の広報を担当する大臣だった

「最近の王室の評判はどうですか。特に私のことを民はどう思っているのでしょうか」


「はい、それは万民に慕われておりますよ」

 真実の口が閉じ、アンヌは少しショックを受けたようだ。


「して、母上の病気について、何か知ることはありませんか」

「残念ながら私には、わかりません。早くご病気が治るとよいですね」

 真実の口は閉じない。


 その他にも、数人の高官と話をしたが、知る者はいなかった。


 ラルクは、謁見者が去ったあとアンヌのそばに来て

「母上の病気については、今のところ全員が知らない、と答えて真実の口は閉じませんでした。偽りを言った者はいませんでしたね」

 アンヌがうなずくと、沈んだ表情になり


「それより、口先ばかりの奴が多い」

 ラルクは苦笑いして

「社交辞令ですよ、アンヌ様も言うでしょ。気にしたらいけません」

「そうだが………」


「でも、母上の病気のことは心底心配されているようで、部下には慕われているのですね」


「母上はな」

 少し妬むように言うアンヌに、やれやれと言った表情のラルクだが


「アンヌ姫は、これからですよ、でもおわかりになったでしょ。人の本心をのぞくのは心が折れますよ」

「上から目線で言うな! 」と少し声を荒らげて憮然とするが、考え直し


「だから、弥生姫はこの魔具を売り物にしないのか」

 ラルクもうなずいた。


 その後、先ほどでたらめを言った高官達の話が気になるアンヌは、さっそくカルロス公爵を呼んだ。

 気が進まないが、一応公爵にも聞いておこうと思ったのだ。


 入ってきたカルロス公爵は戸口で拝礼したあと、広間の隅に控えているラルクに気が付いて

「おや、小姓をお雇いですか」


 奥に座るアンヌは

「ええ、半月ほど骨董品の修繕に雇ったの」

「そうですか……そういえば、装飾品が増えましたね」

 そう言って注意深く広間の調度品などを見回した。


「ええ、その者の骨董店で買ったの」

 アンヌが答えると、カルロスはそれ以上聞かず


「ところで、女王のご溶体はいかがでしょうか」

 カルロスなりに女王を心配しているようで、来るといつも最初に聞く言葉だ。


 アンヌは沈んだ声で

「変わりありません。それより、母上の病気は何者かによる呪い、呪詛じゅそだと思うのですが。何か心当たりが、ありませんか」


 憶測で話しているアンヌだが、真実の口でカルロスを試してもいる。

 公爵は手を顎にあてて少し考えたあと


「はい、この王宮の者に該当者はいないと思います」


「それなら、王宮の外に」

「なんとも言えません」

 壁にかけている真実の口を見たが、口は開いたままで嘘は言っていないようで、アンヌは本題に入った


「カルロス公爵、公安局長や、広報大臣におかしな動きはありませんか」

「どうされたのです」

「どうも、私に嘘の報告をしているような気がするのです」


 するとカルロスは怪訝な表情になり、アンヌは息をのむ。

「アンヌ王女、どうしてそのことを」

 詰問されたように聞こえたアンヌは、気に触ったかと感じ、焦るように


「従者たちが話していることから、漏れ聞く噂です。単なる噂ならよいのですが」

 真実の口を見ると、閉じている。

 カルロスからは見えないが、自分が嘘を言っているのを、胸のうちで苦笑いした。


 一方、カルロスはそのまま黙しているので、アンヌは再度

「カルロス公爵はご存知ないですか」


 遠巻きにカルロスのことも試しているアンヌは、自然と真実の口に目線がいく。

 カルロスはその様子を一瞥いちべつし、しばらく考え込んだあと言葉を選ぶように


「実は、聞いたことがあります。姫にご心配をかけないよう黙っておりましたが」

 意外な答えに、身を乗り出し


「ほんとうですか! 」

「はい。数名の者が不正を働いております」


 カルロスは申し訳なさそうに、うつむいている。アンヌは横眼で真実の口を見ると、口は閉じていない。


 真実の口が閉じていないことに安堵したアンヌだが、不正が行われている実態に落胆した表情で

「カルロス、よく言ってくださいました。調査して相応の処罰をしてください」


「御意」

 頭を下げ踵を返したカルロスは、部屋を出る前


「ところで……その小姓は、どちらのご出身ですかな」

「パリスの村のものです」


「そうですか」

 ニコリと微笑んだカルロス。

 その横の、真実の口は嘘の返答のため、閉じていた。


 カルロス公爵が帰るとラルクは


「カルロス公爵は、アンヌ王女の質問に相槌をうっただけのようですが、答えとしては、嘘でないので真実の口は閉じません。それに部屋を見回すのも不自然です。もしかして真実の口のことを知っているでは」

 納得のいかないラルクに


「カルロス公爵は。血縁でもあり、唯一信じられる人です、私や重鎮の目の届かない、末端の不祥事を暴いてくださっています」


「末端の、ですか……」

 ラルクはふと以前、弥生姫が言っていたことを思い出した

(組織の腐敗は、必ず上から起こるもの。末端のものから生じることは、まずない)


 だとしたら、王宮は末期症状だ、腐敗が末端にまではびこっているということは、上層部はひどい有様だろう。

 アンヌが見るべきは民草のまえに側近だ。


 押し黙るラルクにアンヌは

「どうしたの」

「いえ……」

 答えないラルクに、アンヌは少し苛立つが、落ち着いて。


「なにか、気になることがあったら、すべて私に言うのだぞ。まあ、お人よしラルクのことだ、私を裏切ることはしないだろう」


「さあ。いざとなったら、生意気なお姫様など放っておいて一番に逃げますよ」

 少しとぼけるように言うと、アンヌは


「ほんとうか、真実の口は……と」

 二人が真実の口を見ると、その口は閉じている。

 アンヌは微笑み、ラルクは苦笑した。



 その数日後、アンヌのもとに思わぬ報告がもたらされた。

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